【制度×人間|イベント①】一部の違反者のために、誰が締め出されているのか― 転売対策が生む、静かな排除について
1.理念に共感してきたからこそ生まれた違和感
あるバンドの音楽に、長く共感してきました。
歌詞や姿勢からは、
「分け隔てなく、排除しない」
「誰かの居場所でありたい」
という価値観が一貫して感じられました。
だからこそ、
ライブの制度設計を読んだとき、
違和感が残ったのです。
2.子どもの来場を「想定している」制度設計にもかかわらず
そのライブでは、
・年齢条件は比較的緩やかで
・未就学児や小学生の来場も制度上は想定され
・家族向けのチケット設定も用意されている
つまり、
子どもを含む来場を前提とした商品設計になっています。
ところが同時に、
次の条件が課されているのです。
年齢を問わず、
来場者1人につき1台のスマートフォンが必須
この条件は、
論理的に見れば矛盾を含んでいます。
子どもの来場を想定しながら、
その子どもが、大人と同じデバイス環境にあることを前提としている。
未就学児はもちろんのこと、
小学生、特に低学年が日常的に
スマートフォンを所持している家庭は、
現時点ではまだ多数派とは言えません。
3.ここで、運営側の立場に立って考えてみる
ただし、
ここで一度、運営側の立場に立って考えてみます。
ライブ運営は、年々難易度を増しています。
・転売やなりすましへの対策は不可避
・名義貸しや同行者入替への批判は強い
・現場判断の差は即座に可視化され、炎上の火種になる
・例外対応は、運営とスタッフの疲弊につながる
こうした状況の中で、
運営が選びやすいのは、
・例外を設けない
・全員に同一条件を課す
・判断を人ではなく仕組みに委ねる
という、管理コストとリスクを最小化する設計です。
「1人1端末」
「個人情報登録必須」
という電子チケット運用は、
この文脈では非常に合理的で、
現場を守るための「安全な解」
であることも理解できます。
つまりこの設計は、
怠慢や悪意から生まれたものではありません。
むしろ、
トラブルを減らし、現場を守り、
運営を破綻させないための苦渋の選択
だったのだろう、
ということは想像がつきます。
4.それでも残る、拭えない違和感
それでもなお、違和感は残ります。
なぜなら、
その合理性の結果として、
制度上は子どもの来場を認めながら、
その成立条件を家庭側の自助努力に委ねているから
です。
家族連れは、
・SIMの入っていない端末を探し
・使わなくなったスマートフォンを用意し
・ライブ当日専用の表示端末として子どもに持たせる
こうして、
制度の歪みを来場者側で吸収する
ことになります。
そして、
その負担は、
制度上は存在しないものとして扱われています。
5.この問題は、ライブに限った話ではない
しかし、この問題は、
ライブ運営に固有の話ではありません。
一部の違反者の存在によって制度が厳格化し、
その結果、
本来正当に利用できたはずの人が排除される。
これは、
今の社会全体で繰り返されている構図
です。
・不正転売
・ルールの抜け穴を突いた利益追求
・自己都合による制度の悪用
そうした行為への対策として、
・一律ルール
・例外なき管理
・デフォルトでの締め付け
が導入される。
だがそのとき、
排除されるのは、
違反者ではなく、
制度を善意で利用していた人たちであることが少なくありません。
6.転売問題の本質は「不正」そのものではない
ライブの電子チケット設計も、
まさにこの構図の中にあります。
転売やなりすましといった問題の「本質」は、
誰かが不正に得をしたこと
ではなく、
その結果として、
本来アクセスできたはずの人が排除される構造が生まれること
にある。
7.「できない」のではなく、「選ばれていない」
しかしながら、
同じ目的(転売防止や本人確認)を、
・家族席という別導線を設け
・保護者の端末でまとめて入場させ
・子どもがスマートフォンを持っていない前提で設計する
という方法で達成しているライブが、
実際に存在する以上、
これは「不可能」ではなく、
どこにコストを置くかという選択の問題でもあります。
主催側には、選択する自由があります。
・例外を設けない自由も
・ファミリー対応にコストを割かない自由も
ただし、その選択が、
一部の違反者への対策として、
善意の利用者を排除する結果になっている
のであれば、
その事実をきちんと説明した上でチケットを販売することが、
誠実な対応ではないかと思うのです。
8.私が問いかけたいのは、ルール変更ではない
私は、ルールを変えてほしいと言っているわけではありません。
ただ、
・何を守るために
・どこを厳格化し
・その結果、誰が外に出されているのか
それを言葉にしないまま、
「安全」「公平」という語だけで
覆ってしまうと、
理念と実装の距離は、
静かに、しかし確実に広がっていきます。
これは批判ではなく、
運営の苦悩を理解した上での、
構造への問いです。
一部の身勝手な利益追求のために、
善意の利用者が排除される社会を、
私たちはどこまで許容するのか。
ライブの話を通して、
その問いが、少しはっきり見えた気がしました。
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