優しい顔をして、檻の外を通り過ぎる
「ーーその仕事は、〇〇さんが当番です」
私が無機質に、冷徹な事実だけを告げて少し待つと、目の前のリーダーは気まずそうに立ち尽くした。
自らの杜撰なスケジュール管理のせいで、部下の仕事が翌日にずれ込んだというのに、その尻拭いを本来の当番に頭を下げて頼む勇気すらないのだ。
自分の仕事の遅さを指摘され、強い口調で言い返されるのが何よりも怖いのだろう。
私の職場には、こうして自らの保身のためにルールを捻じ曲げ、都合の悪いタスクをコソコソと他人に押し付けるリーダーがいる。
その人間の生態は不気味なほど一貫している。自分の席の周囲には、優しい人や、黙って尻拭いをしてくれる「都合のいい人」だけを配置して、保身の防壁を作っているのだ。
そして、本来の当番からの追及を逃れるためならば、自らその保身の防壁の外に配置した私にまで、どんな手段を使ってでもタスクを押し付けてくる。その小心者ぶりと浅ましさは、もはや一つの滑稽な生態として完成している。
「嫌ならはっきりと断ればいい」「きちんと言わないから、いいように使われるんだ」と、思う人もいるだろう。だが、それは言葉と理屈が通じるまともな相手にのみ有効な手段だ。
自らの破綻したタスクを押し付けてくるような者に、いちいち「あなたのマネジメントはおかしい」と教育する義理などない。相手がすり寄ってきても、こちらからため息の一つすら返すつもりはない。
ただ普通の顔をして、他人の仕事を受け取り、淡々とその業務をこなすだけだ。
私にとってこの作業は、搾取でも、人助けでもない。ただの「生態系の観察記録」の一部に過ぎない。
もちろん、私とてただ黙って受け流しているわけではない。
以前、私がプリンターの稼働音が苦手だと事前に申告していたにもかかわらず、その人間が平然と私をプリンターの真横の席に配置したことがあった。その時は、思い切り「正論の牙」を剥いた。
だが、私が牙を見せるのは、そうやって本当に自分の尊厳や心身が脅かされた「いざという時」だけだ。
日常的に、軽々と牙を見せびらかすことはない。
優しい人に甘え、自らの足で立つことを放棄し、静かに落ちぶれ続けていく生き物を、ただ「檻の外」から眺めていること。
逃げ場のない気まずさの中で立ち尽くし、自分の無能さと卑怯さという檻の中でゆっくりと腐敗していく様を、ただの風景として通り過ぎること。
いざという時まで決して見せることのないその「隠された牙」の重みこそが、私を静かに防護しているのだ。
だから私は今日も「優しくて無害な都合のいい人の顔」をつけて、淡々と、そこにいる。

Photo by 満月の夜の住人 🌝
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