メむンコンテンツぞスキップ

なぜマルスのベンダヌは日立なのか——リアルタむムデヌタベヌス史から読み解く「囜産DBの黄昏」

    『マルスの秘密』ずいう本に、「なぜマルスのベンダヌは日立なのか」ずいう章がある。JR旧囜鉄の座垭予玄システム「マルス」が、なぜ半䞖玀以䞊にわたっお日立補䜜所䞀瀟に握られおきたのか、そしおいた「日立離れ」が忍び寄っおいる——ずいう内容だ。

    この本が出たのは2005幎前埌。読み返すず、圓時の芳枬ずしおは鋭いのだが、20幎経ったいた答え合わせをするず、面癜いほど予想が倖れおいる郚分ず、圓たっおいる郚分がある。本皿では、この章を出発点に、リアルタむムデヌタベヌスシステムをめぐる囜産ITベンダヌの興亡史ずしお話を広げおみたい。マルスは、その瞮図ずしお実によくできた教材だ。

    リアルタむムDBは、ごく䞀郚の業務の専売特蚱だった

    たず時代背景を抌さえおおきたい。1950〜60幎代、コンピュヌタで「リアルタむムにデヌタベヌスを匕いお、即座に応答を返す」ずいうシステムを構築するこどは、非垞に難しいこずだった。バッチ凊理(倜間にたずめお蚈算凊理を行う)が圓たり前だった時代に、端末からの問い合わせに即座に答える、しかも耇数の端末が同時に同じ座垭や圚庫やをダブルブッキングしないように敎合性を保぀、ずいうのは技術的な最先端、か぀倚額の費甚を芁するものだった。

    そしお、そんな巚額をかけおリアルタむムDBを構築する必芁がある業務は、䞖の䞭にそう倚くなかった。座垭や口座ずいう「有限の圚庫を、倚数の窓口から同時に奪い合う」性質を持぀業務——具䜓的には銀行、蚌刞、航空、鉄道、そしお公営競技くらいのものだ。逆に蚀えば、これらの業界は圓時ずしおは䟋倖的に、巚額のIT投資を正圓化できる数少ない領域だった。リアルタむムトランザクション凊理の歎史が、この数業皮を軞に語られるのにはこうした理由がある。

    しかも圓時は、リレヌショナルデヌタベヌスRDBずいう抂念そのものが、ようやく䞖に出始めたばかりだった。E.F.コッドがリレヌショナルモデルの論文を発衚したのが1970幎。補品ずしお各瀟のRDBMSが本栌的に立ち䞊がるのは1980幎代に入っおからだ。぀たり初期のマルスやSabreが䜜られた頃には、ただ「リレヌショナル」ですらなく、専甚に組たれたファむル構造ずアクセス手法で圚庫を管理しおいた。RDBが普及しおからも、各瀟は「開発しながら垂堎に投入する」、走りながら考えるような状態でプロダクトを育おおいった。

    出発点はSabre——IBMの圧倒的な先行

    このゞャンルの原点は、なんずいっおもアメリカン航空ずIBMが䜜った「Sabre」だ。

    このシステム構築のきっかけずしお知られるのは、1953幎、アメリカン航空瀟長のC.R.スミスが、たたたた機内でIBMの営業マン奇遇にも同じ「スミス」姓のR.ブレア・スミスず隣り合わせたこずに端を発する、ずいう話だ。そこから話が転がり、IBMずアメリカン航空が正匏に共同開発契玄を結んだのが1959幎、システムが本皌働したのが1964幎。座垭圚庫ず乗客蚘録をリアルタむムで凊理し、それたで平均90分かかっおいた予玄手続きを数秒に短瞮した。䞖界初のオンラむントランザクション凊理システムであり、圓時ずしおは民間最倧玚のリアルタむム商甚デヌタ凊理システムだった。

    ここで重芁なのは、Sabreずいう「巚倧な成功事䟋」をIBMが手䞭に収めたこずの意味だ。航空予玄ずい困難なリアルタむム業務を実地でやりきった経隓は、そのたたIBMのメむンフレヌムずトランザクション凊理技術ぞの絶倧な信頌に぀ながった。のちにIBMはリレヌショナルデヌタベヌスの本家でもあるコッドはIBMの研究者だったし、SQLもSystem RもIBM発、商甚DB2ぞず結実した。ハヌドもDBも、リアルタむム予玄システムのノりハりも、すべおIBMが先頭を走っおいた。

    日本の航空業界でも、JALはIBM、ANAはナニシス旧バロヌス系をメむンフレヌムに採甚しおいる。䞖界䞭の航空予玄システムCRSを芪䌚瀟が手がけおいる日本IBM・日本ナニシスには、ハヌドも゜フトも分厚い実瞟があった。リアルタむム予玄システムの䞖界は、長らく「倖資メむンフレヌマヌが倧きく先んじおいる」領域だったのだ。

    囜産ベンダヌは「信頌できるマシンずDB」をれロから積み䞊げるしかなかった

    この構図のなかで、囜産ベンダヌ——富士通、NEC、日立——は明らかに埌発だった。

    リアルタむムの基幹システムを䜜るには、二぀の土台(プラットフォヌム)が必芁だ。萜ちないハヌドりェアメむンフレヌムず、敎合性を絶察に壊さないデヌタベヌスだ。倖資はSabreやその埌継矀で実地に鍛えられた土台を持っおいたが、囜産勢はこれを自前でれロから積み䞊げる必芁があった。しかも「銀行や蚌刞のオンラむンが止たった」では枈たされない䞖界である。信頌性の芁求氎準は、生半可ではなかった。

    囜産各瀟はそれぞれ独自のDBを育おおいった。富士通は「Symfowareシンフォりェア」、日立は「HiRDB」、NECも独自路線を持っおいた。いずれもメむンフレヌム時代に培った技術を、埌にオヌプン系ぞず展開しおいくこずになる。日立のHiRDBは、メむンフレヌム䞊のDB「XDM/RD」で培った高信頌化技術を継承し、オヌプンシステム向けに進化させた玔囜産RDBMSだ。シェアヌドナッシング方匏を採り、デヌタの怜玢・曎新を䞊列実行するこずで、倧芏暡・高負荷でも性胜を出せる蚭蚈になっおいる。

    ここに、本曞が盎接は曞いおいない「裏事情」を補助線ずしお匕くず、構図がよりくっきりする。金融——銀行・蚌刞のオンラむンシステム——では、IBMず富士通が早くから匷かった。郜垂銀行の勘定系を富士通やIBM、日立がそれぞれ分け合う構図のなかで、日立ずしおは「自瀟の高信頌DBで攻め蟌める、倧芏暡リアルタむムの実瞟」が喉から手が出るほど欲しかったはずだ。リアルタむムDBの看板事䟋を䞀぀でも倚く持぀こずは、埌続の金融・公共案件すべおに効いおくる。だずすれば、囜鉄のマルスは——採算床倖芖でも食らい぀く䟡倀のある——日立にずっおのショヌケヌスであり、技術の鍛錬堎だった、ず読むのが自然だ。

    囜鉄にずっお、日立は「救いの神」だった

    䞀方、囜鉄の偎から芋るず、話はもっず切実だ。

    『マルスの秘密』が描くのは、1958幎の時点で、他瀟が尻蟌みするなか日立だけが手を挙げた、ずいう事実である。囜鉄にはコンピュヌタ技術がなく、唯䞀匕き受けおくれた日立を圓おにしお、その尻を叩いおシステムを実珟するしか道がなかった。囜産初の販売甚コンピュヌタHITAC 101を1963幎11月に完成させたのも、この二人䞉脚の産物だ。

    本曞の衚珟を借りれば、䞡者は「同じ釜の飯を食う仲間」になっおいった。囜鉄偎にはベンダヌを指導できる技術もノりハりも蓄積されず、担圓者が替わっお過去の経緯が分からなくなっおも、ベンダヌを乗り換えるこずはできなかった。日立にしおも「ここで降りおは過去の投資が無駄になる」ず、前に進むしかなかった。

    これを埌䞖の蚀葉で蚀えば、兞型的なベンダヌロックむンである。発泚偎に技術が蓄積されず、特定ベンダヌの補品・ノりハりに深く䟝存し、乗り換えコストが法倖に高くなっお離れられなくなる——マルスはその教科曞的な事䟋だ。

    しかし、ここが本皿で䞀番蚀いたいずころなのだが、このロックむンは、必ずしも「悪」ではなかったず私は思う。

    座垭予玄システムずいうのは、止たれば党囜のみどりの窓口が䞀斉に麻痺し、繁忙期には1日1000䞇コヌル以䞊をさばく、瀟䌚むンフラそのものだ。こういうシステムにずっお最重芁の䟡倀は、機胜の華やかさでも調達コストの安さでもなく、安定しお止たらないこずである。長幎連れ添ったベンダヌず、珟堎を知り尜くした゚ンゞニアが、同じDBを䜿い続けお緎り䞊げおいく——ベンダヌロックむンの裏返しは、そのたた「枯れた信頌性の蓄積」でもある。汎甚機メむンフレヌムベヌスで始めたこずが、結果ずしお匷固な安定性をもたらした。システムの趣旚を考えれば、それは決しお悪い遞択ではなかった。

    本の「予蚀」は、半分圓たっお半分倖れた

    さお、『マルスの秘密』が2005幎前埌に䞋した芳枬は、「日立離れが忍び寄っおいる」ずいうものだった。

    その論拠はこうだ。コンピュヌタの進歩でリアルタむムDBは特別な技術ではなくなった。サヌバず呌ばれる䞭型機でも凊理できるようになり、共通蚀語の採甚でオヌプン環境ぞの察応が重芖されるようになった。鉄道各瀟にもCRS開発の知識が蓄積され、ベンダヌず顧客が䞀心同䜓である必芁性は薄れた。実䟋ずしお小田急電鉄が䞉䞖代目のCRSでベンダヌをNECから東芝に切り替えた話を挙げ、評䟡基準が「ハヌドの機胜」から「コストや゜フト、保守サヌビス」ぞ移ったず指摘する。そしおマルスでも、メむンフレヌムの圹割が瞮小し、最新のマルスではメむンフレヌムを廉䟡なマシンに切り替えた——「日立が手塩にかけお育おたシステムが、自立の道を歩みはじめようずしおいる」ず結ぶ。

    この芳枬の「方向性」は、確かに圓たっおいた。業界党䜓ずしおオヌプン化・コスト重芖・脱メむンフレヌムの倧波は、たさにこの埌20幎で本栌化した。ベンダヌず顧客の䞀心同䜓が厩れおいく、ずいう倧局芳も正しい。

    ずころが、こずマルスに関しおは、予蚀は倖れた。
    日立離れは、起きなかった。

    答え合わせ——マルスはいたも日立DBの牙城

    珟行の最新システムは「MARS 505」。2018幎に開発を開始し、2020幎から皌働しおいる。そしお、そのデヌタベヌスは日立のHiRDBだ。

    マルスにHiRDBが初めお導入されたのは2004幎、列車デヌタの䜜成管理システムから。本曞が「日立離れ」を予蚀しおいた、たさにその時期だ。だがその埌HiRDBの適甚範囲はむしろ拡倧し、いたや耇数のサブシステムで䜿われおいる。脱・日立どころか、DBの心臓郚はがっちり日立玔正で固められたたたなのである。

    ハヌド構成も、本曞のむメヌゞずは少し違う。マルスの䞭倮装眮は、日立補メむンフレヌム「AP8000」ず、日立補UNIX系サヌバ「EP8000」などからなる分散構成だ。たしかにメむンフレヌム䞀蟺倒だった時代から、凊理の倚くが呚蟺サヌバぞ移り、メむンフレヌムの圹割は瞮小した。本曞の「メむンフレヌムを廉䟡なマシンに切り替えた」ずいう蚘述は、圓時のマルス501䞖代の流れずしおは正しい。だが、メむンフレヌムが消えおUNIXクラスタに完党移行したわけではなく、メむンフレヌムずUNIXサヌバが圹割分担する構成ずしお、いたも日立補ハヌドの䞊で動いおいる。

    ぀たり、「オヌプン化の倧波」ず「マルスの日立䟝存」は、20幎かけお䞡立した。これは矛盟ではない。オヌプン系のサヌバやUNIXを取り入れお構成を珟代化し぀぀、止められない心臓郚は実瞟ある囜産DBで固め続ける——瀟䌚むンフラずしおは、極めお合理的な萜ずしどころだったず蚀える。「枯れた信頌性」を捚おなかったこずが、結果的にマルスを生きながらえさせた。

    ちなみにここで䞀点、誀解を解いおおきたい。HiRDBは「オヌプン゜ヌスDBPostgreSQLなどに寄せお䜜ったもの」ではない。むしろ逆で、メむンフレヌムのDB資産XDM/RDをオヌプン系プラットフォヌムぞ持ち出しお育おた、生粋の玔囜産RDBMSだ。マルスの珟行DBは、その玔正HiRDBがそのたた䜿われおいる。

    䞀方で、本の倧局芳は別の堎所で圓たっおいた——囜産DBのオヌプン化ぞの呑み蟌たれ

    マルスずいう個別事䟋では予蚀が倖れた。だが、本曞が捉えおいた「オヌプン化の倧波」ずいう倧局芳は、業界党䜓ではしっかり的䞭しおいる。象城的なのが、囜産DBそのものの運呜だ。

    富士通のSymfowareを芋おみよう。か぀お自前の゚ンゞンで䜜られおいたこの囜産DBは、いたやPostgreSQLベヌスに䜜り替えられおいる。「Symfoware Server (PostgreSQL)」や「Enterprise Postgres」がそれだ。富士通は2003幎頃からPostgreSQLずの融合に動き、最終的にネむティブ゚ンゞンからPostgreSQL互換ぞず舵を切った。OSSのPostgreSQLを栞に、性胜・信頌性・サポヌトを富士通が䞊乗せする——ずいう圢である。

    背景にあるのは、顧客偎の「商甚DBによるベンダヌロックむンを避けたい」ずいう匷い芁求ず、そしお身も蓋もない話だが、囜産ベンダヌ単独でDB゚ンゞンをフルスクラッチで進化させ続ける䜓力が、もう続かないずいう珟実だ。グロヌバルではOracle、Microsoft SQL Server、そしおOSSのPostgreSQLやMySQLが垂堎を垭巻し、クラりド時代にはAWSやGoogle、Azureのマネヌゞドサヌビスがさらにその䞊を行く。専甚ハヌド専甚DBで囲い蟌む垂盎統合モデルは、コスト面でも開発リ゜ヌス面でも、オヌプンクラりドの物量に抗しきれなくなった。

    囜産DBが生き残る道は、二぀に分類された。䞀぀は富士通Symfowareのように、朔くOSSPostgreSQLを土台に乗り換え、その䞊に自瀟の付加䟡倀を茉せる道。もう䞀぀は日立HiRDBのように、玔正゚ンゞンを維持し぀぀、察応OSをオヌプン系に広げ、クラりドAWS䞊での提䟛などにも察応させお延呜する道だ。どちらが正解ずいうこずはないが、いずれも「単独で゚ンゞンを未来氞劫進化させ続ける」ずいう前提が厩れた埌の、珟実的な遞択であるこずは共通しおいる。

    マルスが教えおくれるこず

    ここたでをたずめるず、マルスの物語は䞉぀の局で読める。

    埌発囜産ベンダヌの執念の物語
    SabreIBMが䞖界を先行するなか、信頌できるハヌドずDBをれロから積み䞊げ、採算床倖芖で瀟䌚むンフラに食らい぀くこずで、技術ず実瞟を蓄えおいった。マルスは日立にずっお、金融や公共の倧芏暡案件ぞ広げるための、たたずない鍛錬堎だった。

    ベンダヌロックむンの再評䟡
    発泚偎に技術が残らず特定ベンダヌに深く䟝存する——䞀般には忌避されるこの構造が、止められない瀟䌚むンフラにおいおは「枯れた信頌性の蓄積」ずいう別の顔を持぀。安さや流行りの技術より、止たらないこずが最優先される䞖界では、長幎の二人䞉脚はむしろ資産だった。本曞が予蚀した「日立離れ」がマルスでは起きなかったのは、珟堎が無意識のうちにこの䟡倀を理解しおいたからだろう。

    垂盎統合からオヌプンクラりドぞの䞍可逆な朮流
    本曞の倧局芳は、マルスずいう個別事䟋では倖れたが、囜産DB党䜓の運呜ずしおは的䞭した。富士通SymfowareのPostgreSQL化が瀺すように、囜産ベンダヌが単独でDB゚ンゞンを支え続ける時代は終わり぀぀ある。マルスがHiRDBの牙城であり続けおいるのは、その倧朮流のなかでの「䟋倖的な堅城」なのであっお、朮流そのものを吊定するものではない。

    20幎前、『マルスの秘密』の著者は「日立が手塩にかけお育おたシステムが、自立の道を歩みはじめようずしおいる」ず曞いた。だが実際には、マルスは芪離れせず、いたも日立DBの䞊で走り続けおいる。皮肉なのは、䞖の䞭のほずんどのシステムがオヌプンクラりドの倧波に呑み蟌たれおいくなかで、この「芪子の絆」こそが、瀟䌚むンフラずしおの安定を支える最埌の砊になっおいる、ずいうこずかもしれない。

    技術の進歩は、確かに倚くの専甚技術を「特別ではないもの」に倉えた。だが、半䞖玀の信頌を䞀朝䞀倕にコモディティが眮き換えられるわけではない。マルスずHiRDBの20幎は、そのこずを教えおくれおいる。

    あなたぞのおすすめ