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k-77 相互扶助


     サンタクロースツーリングが終わると、三十人のライダーたちは潮が引くように一斉にチェックアウトして去っていった。


     年末年始のアハロは完全休業だった。


     モト子と花とクレアおばさんとVタックは、ミルミルに招かれて群馬県の草津温泉へ旅立った。

     HONDAの無限オデッセイが西之門の路地を曲がって見えなくなると、アハロは静かになった。


     静かになった——はずだった。


       *


    「カッパ! 上に上がってウインチを操作してくれ! 俺が下から土嚢を積むからよ!」


    「りょ!」


     地下空間に、鈴菌の声が反響した。


     カッパがウインチのレバーを引くと、ロープがぴんと張り、横穴の奥に隠してあった土嚢が次々と吊り上がってきた。


     三週間。

     ロードランナー師弟コンビが地下を掘り進めて、もう三週間が経っていた。


     縦穴の深さは、すでに二十メートルを超えていた。


     掘った土は、縦穴から横穴へと運んでひたすら隠してきた。

     残土の量は、もはや横穴に収まりきらないほどに膨らんでいた。


    「鈴菌さん。これ以上掘ると店長にバレませんか? そろそろ残土も捨てるところが無くなってきましたよ?」


    「残土は午後からミミーが車で回収に来る。モト子たちが留守にするのを待っていただけだ」


    「え? ミルミルが草津温泉に招待したのって——」


    「俺の差し金だ」


     鈴菌は涼しい顔でそう言った。


    (……鈴菌さん、恐ろしい人だ)


     カッパは内心そう思いながら、ウインチのレバーを引き続けた。


     師弟は阿吽の呼吸で動いた。

     下から土嚢を積む鈴菌。上でウインチを操作するカッパ。

     言葉は最小限で、手だけが動いた。


     午後になると、ミミーが五十一系の丸目ライトのSUZUKIキャリーでアハロの路地に乗りつけてきた。


    「ギャバン! どんだけ掘ったの!?」


    「二十メートルちょっとだ」


    「どんだけ!!」


     ミミーは荷台に土嚢を次々と積み込みながら、あきれたように笑っていた。

     キャリーが満載になると、証拠ごと走り去っていった。


     路地に静寂が戻った。


     鈴菌はほこりを払いながら、地下への入口をまた開けた。


    「さあ、続きだ」


    「りょ!」


     師弟コンビは、再び地下へと潜っていった。


     二十メートルの縦穴の底は、今日もまだ、モト子に知られていない。


       *


     一方、山梨では——。


     年末のある日、伊勢リンは近所に住む仲の良いクラスメイト、結の家を訪ねていた。


     スマホの画面には、サンタクロースツーリングの動画と写真が次々と映し出された。


    「ほら? 結、見てよ! こんなにたくさんのサンタクロースが志摩スペイン村まで走ったんだよ! 子供たちがたくさん集まってきて、凄く楽しかったんだ!」


    「本当だ! これは楽しそう! こんなのを見ちゃうと私も原付が欲しくなるよ〜」


     その言葉が、伊勢リンの胸に火をつけた。


    「結も免許取ろうよ! そして、二人でヨンキュウ部みたいな部活を作ろうよ!」


     結は一瞬だけ怯んだ。

     でも、すぐに答えた。


    「部活はともかく、冬休み中に免許はとるよ!」


       *


     約束通りだった。


     年明け一月五日。

     結は原付免許を取得した。


     伊勢リンはすぐに動いた。


     ラーナにLINEした。


    『クラスメイトの為に、ヨンキュウ部の部室にあるレストア済の原付を安く売って欲しいよ〜』


     返信はすぐに来た。


    『今すぐ動けるのはSUZUKIのセピアだよ!2stだから速いよ!本当はモレの部品用なんだけど、カッパがいらないって言うからセピアでも良いかその子に聞いてみてね!』


     伊勢リンはその足で結の家へ向かい、スマホでSUZUKIセピアの画像を見せながら、2stのこと、セピアのこと、原付の面白さを熱く語った。


     結には正直、半分も伝わっていなかった。


     だが、車体価格が八千円という一点だけで、結はセピアの購入を即決した。


       *


     翌日、抹消登録書が郵送されてきた。


     二人は身延町役場へ向かって、名義変更の手続きをした。


     その場でナンバープレートが渡された。


    「え? その場でナンバーが貰えるの!?」


     結が目を丸くした。


     伊勢リンは笑いながら、親指を立てた。


     手続きを終えると、結は親の車でヨンキュウ部の部室へ向かい、伊勢リンは水色のビーノで名古屋を目指した。


       *


     中央高校ヨンキュウ部の部室では、ラーナとキーコンがセピアの前で待っていた。


    「このセピアの給油口の蓋には鍵穴がついてるけど、鍵はいらないんだよ」


     キーコンが一円玉を取り出して、給油口の蓋をあっさり開けてみせた。


    「え? それじゃガソリン盗み放題じゃないの?」


    「うん! この鍵穴がハッタリだと知ってる人なら盗めちゃうね。だから、鍵式の給油口キャップを買えば問題ないよ。でも、原付ってほとんどが五リットルまでしか入らないから、誰も盗まないけどね……」


    「え? 五リットル!?」


    「それでもセピアは2stの50ccでも、満タンで百キロは走れるよ。ちなみに伊勢リンの4stだと倍以上は走れるけどね」


    「え? セピアってそんなに燃費が悪いバイクなの?」


    「セピアが悪いんじゃなくて、2stエンジンが燃費悪いんだよ。2stエンジンのバイクは全部燃費悪いよ」


    「それじゃどうしてツーストってエンジンを使うの? 同じ50ccなら燃費の良いフォーストの方が絶対に良いよね?」


     キーコンはニヤッと笑った。


     セピアのエンジンをかけた。


    キュル、キュル、パン!! パパァーン! パパパパパ……。


     乾いた、高い音がグラウンドに広がった。


    「これが2stの魅力のうちの一つ。2stにこだわる人が多いのは、この音色! それから結ちゃん、まずはグラウンド内をセピアで走ってみてよ!」


     結は恐る恐るセピアに跨って、アクセルをそっと開けた。


     前輪が、浮いた。


    「こ、これって違法に改造したの!?」


    「まさか! それが2stの加速なの。試しに伊勢リンのビーノにも乗ってみてよ!」


     伊勢リンが鍵を渡した。


     結がビーノに乗ると、今度はすんなり走れた。


    「うん。これなら簡単に走れる」


     そして、もう一度、セピアに跨った。

     今度は丁寧に、ゆっくりとアクセルを回した。


     セピアがスムーズに動き出した。

     徐々に速度が乗った。


    パァァァァーーーン!


     乾いた高音が、グラウンドの空にこだました。


     結は何周か走ってから、キーコンの前に戻ってきた。


    「キーコン! セピアって凄い! 大切に乗るよ!」


     キーコンが、ふわりと笑った。


     伊勢リンも、笑っていた。

     ソロツーリングしか知らなかった自分が、今日、仲間に原付を渡す側に立っていた。


       *


     帰り支度を済ませて、伊勢リンと結はそれぞれのバイクに跨った。


    「じゃあ、気をつけてね!」


    「りょ!」


     ビーノと——セピアが、並んで走り出した。


    トトトトト……パパパパパ。


     4stの静かな鼓動と、2stの乾いた音が重なって、ヨンキュウ部の校門を抜けていった。


     ラーナとキーコンが、その背中を見送った。


    「ラーナ、伊勢リンにも仲間ができて良かったね!」


    「うん。もうソロツーリングだけの孤高の伊勢リンじゃないね!」


       *


     冬の国道を、二台が並んで走っていた。


     伊勢リンの頭の中には、もう計画が動き始めていた。


    (まずはビーノとセピア。もう独りじゃないんだ。うちの学校にも、ヨンキュウ部みたいな部活を必ず作る!)


     ヨンキュウ部はレストアした原付を譲ってくれた。

     本栖高校にはまだ、その仲間がいなかった。


     でも、今日から二人だ。


     伊勢リンはビーノのアクセルを少しだけ緩めて、隣のセピアを確かめた。

     結が、前輪を浮かせないように丁寧にアクセルを操りながら、山梨への道を走っていた。


     横顔が、笑っていた。


     結もまた、初めて乗る原付からの景色の中に、何かを見つけているようだった。

     一瞬で六十キロまで吹け上がろうとするセピアを上手にセーブしながら、それでも自然と笑みがこぼれていた。


     二台の排気音が、冬の空に溶けていった。


    トトトトト……パパパパパ。


     山梨まで、まだ少し、距離がある。






    (あとがき)


    SUZUKI セピア(SEPIA):

    1993年登場のスクーター。2ストロークエンジンを搭載し、同排気量の4ストローク車に比べてパワフルな加速が特徴です。給油口の鍵穴は仕様上ほぼ機能しないため「一円玉でも開く」という都市伝説……ではなく事実があります。燃費は4ストローク車に劣りますが、その代わりに独特の「パパパパパ」という音色と鋭い出だしで、今も根強いファンを持ちます。


    SUZUKI キャリー(ST50系・丸目):

    1969年登場の軽トラック。丸目ライトの愛らしいスタイルが特徴で、農作業から配達まで幅広く使われてきた日本の働く車です。一見古い軽トラにも見えますがエンジンはキャリー史上最高傑作と称されています。



    鈴菌の地下作業について:

    現在の縦穴の深さは二十メートル超。モト子への報告は未定です。

     
     
    好きな原付は[YAMAHA JOG アプリオⅡ]です。 好きな小説は[赤川次郎の幽霊物語]と[スチーブン・L・トンプスンのA-10奪還チーム出動せよ]です。 好きな国道は[国道5号線]です。 好きな県は[栃木県]です。

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