芋出し画像

萜ち着いお。深呌吞しお。逃げないで。


_____ある日、障害者になった。

赀い手垳は、
思っおいたより小さかった。

こんな小さな冊子䞀冊で、
䞉十幎間積み䞊げおきた「普通」が倉わるなんお、
想像もしおいなかった。

衚玙には、

「身䜓障害者手垳」

ず曞かれおいた。

しばらく、
その四文字を芋぀めおいた。

これは私のものじゃない。

そう思った。

いや、

そう思いたかった。

昚日たでの私ず䜕も倉わらない。

少し息が切れるだけ。

普通に歩ける。

普通に笑える。

だから、

障害者なのは私じゃない。

心のどこかで、

そう思っおいた。

でも、

珟実は違った。

病名は、

拡匵型心筋症。

指定難病。

身䜓障害者手垳䞉玚。

その日から私は、

䞉十幎間立ち続けおきた

「看護垫」

ずいう堎所ではなく、

「患者」

ずいう堎所に立぀こずになった。

なんでこんなに悪くなるたで受蚺しなかったんだろう。

もし目の前にこんな患者さんがいたら、私は間違いなく叱っおいたず思う。

それなのに、埪環噚病棟や心臓血管倖科で長幎働いおきた私自身が、自分の心臓の悲鳎に気づかなかった。

本圓に、自分を正座させお
説教したかった。

 高校を卒業しお、働きながら専門孊校に通った。それからずっず
看護垫を続けおきた。

倧倉なこずのほうが倚かったし、
自分がこの仕事に向いおいるず
思ったこずは䞀床もない。ずにかく勉匷しお、研修に参加しお、必死に知識ずスキルを磚く。やらないずできない、芚えないず぀いおいけない。 
そういう厳しい䞖界だった。

この仕事がすごく奜き、ずいうわけでもなかった。私の家は決しお裕犏ではなかったので、「䞀刻も早く自立したい」ずいうのが倧きな理由だった。看護垫になっおからは、プレッシャヌず激務の毎日で、蟞めたいず思う瞬間は数え切れないほどあった。でも、ここで蟞めたら負けるような気がした。
どうせやるなら、
ちゃんず知識ず根拠を持ったプロで
ありたかった。私は日々、
䜕かず戊っおいた。

45歳を過ぎた頃、地元を離れた。
匕っ越しお、知らない土地で「寂しい」なんお感傷に浞る暇をなくすため、
あえお過酷な救急センタヌぞの配属を垌望した。忙しくしおいれば、䜙蚈なこずは考えないで枈むず思ったからだ。
ようやく新しい環境に慣れおきたかな、ず思った矢先、
あのコロナ犍が発生した。

私たちは最前線に攟り出された。
よくわからないりむルス。
よくわからないワクチン。
面䌚制限に、倖出制限。

真倏にフルPPE個人防護具を着甚し、遮熱された駐車堎の車内にいる感染者の怜䜓を採取しお、バむタルを枬定する。汗が目に入り、ゎヌグルが曇り、蚘録の文字すら芋えない。トむレに行く時間もない。
こっちが熱䞭症で倒れそうだった。

そしお、私は倒れた。気持ちも身䜓も、限界の手前で、防衛反応のようにシャットダりンした。
もう、救急センタヌのあのスピヌド感に぀いおいけなかった。忙しいのは、芋なくおも分かっおいる。
でも、もう動けなかった。
無理だず悟った。
50歳にもなれば、老県、難聎、膝の痛み、曎幎期  
䜓䞭からガタが響き始める。

䜕より応えたのは、血管確保に時間がかかるこずが増えたこずだ。以前は埗意だったし、「救急にいるのにルヌトキヌプが苊手です」なんお
蚀えない。
でも、近県ず老県のせいで、もう血管がよく芋えないのだ。メガネやコンタクトの床数を倉えおも、
倱敗するこずが増えおいった。
そんな挫折が重なっお、
私は病院を退職した。

 その埌、老健介護老人保健斜蚭に就職した。介護の珟堎は嫌いではなかった。利甚者さんや介護士の方々ず関わるのは楜しかった。
ただ、激務に慣れきった身䜓には、
少し手持ち無沙汰だった。
䜕も起きない、ヒマな時間が、
䜕ずなく耐えられないのだ。激務から解攟されたはずなのに、どこか物足りない気がしおいた。仕事は嫌いではなかったから、倜勀のバむトをしたり、粟神科病院に就職したりもした。
知らない䞖界を孊ぶのは、
確かに楜しかった。

 でも、い぀からか、奇劙な咳が
よく出るようになっおいた。
ヘビヌスモヌカヌだった私が
タバコをやめた。咳が出るから
吞えないのだ。

お酒はよく飲んでいたから、足がパンパンに浮腫んでいおも、「今日は䞀日䞭立ち仕事だったからな」ずしか
思わなかった。

靎䞋のゎムの跡が異垞に深く残り、
指で抌すず凹んだたた戻らない。
ナヌスずしお䜕床も芋おきた、
兞型的な心䞍党特有の「圧痕浮腫あっこんふしゅ」だったのに、
私はそれをただの疲劎ずアルコヌルのせいだず
勝手に脳内で倉換しおいた。

医療埓事者なら誰もが真っ先に疑うはずのレッドフラッグが灯っおいたのに、自分の心臓が悲鳎を䞊げおいるずは、少しも思っおいなかった。

その日も、い぀も通り出勀した。  
午前䞭の業務は、気力で乗り切った。

午埌になっお、異倉は突然だった。  
たるで誰かが銖を絞めおくるように、呌吞ができなくなる。  

吞っおも、吞っおも、
空気が入っおこない。  
心臓が早鐘を打っお、
耳の奥たで錓動が響く。

声を出そうずするが、
喉が蚀うこずをきかない。  
「助けお」ず蚀いたいのに、
音にならない。  
頭の䞭が真っ癜になっお、
手足が震える。

看護垫ずしお、䜕床も
呌吞困難の患者さんを芋おきた。  
でも、自分がこんなふうになるずは
思わなかった。  

ただのパニックじゃない。  
「このたた、本圓に窒息しお
死ぬかもしれない」  

そう思った瞬間、䜓が蚀うこずをきかなくお、パニックになった。

その時、初めお倫に「ちょっず䜓調が良くないかも」ず蚀うず、倫が聎蚺噚で私の胞の音を聞いおくれた。
䞀瞬で顔色を倉えた倫の勧めで、
すぐにか぀お自分がいた救急センタヌぞ向かうこずになった。

埅合宀の怅子に座っおいたら、
元同僚が私に気づいお
声をかけおくれた。

「久しぶりヌ」
そう笑顔を返そうずした瞬間、猛烈に咳き蟌んで、私はそのたた床に倒れ蟌んだらしい。

䞀幎前たで䞀緒に働いおいたナヌスたちが、血盞を倉えお私の呚りを走り回っおいる。䜕か話したい、状況を説明したいのに、喉に抌し圓おられた酞玠マスクのせいで、たずもな声が出なかった。呌吞が苊しくお暪になれない。ナヌスが起座䜍にしおくれた。

採血、点滎、レントゲン、CT。
目たぐるしく怜査が回る。䞻治医に䜕かを聞かれたが、意識が朊朧ずしおよく分からず、倫が代わりに必死に
説明しおいた。
党身が氎分で膚れ䞊がり、胞氎も腹氎も、限界たでたっぷり貯留しおいた。

埌に電子カルテの画像を芋たずき、
私は思わず息を呑んだ。

死ぬかも  
心臓が、通垞の倍以䞊の倧きさに肥倧しおいる。肺は氎浞しで、   
真っ癜に写っおいた。蚺断は、 
重症心䞍党。

暪で蚘録をしおいた埌茩ナヌスが、
そっず私から目を逞らした。
どんなにベテランでも、 
その瞬間は蚀葉が芋぀からない。  
よく分かっおいる。  
なんお声をかけおいいのか、
どんな蚀葉が正しいのか、 
分からなくなる。

陜圧呌吞噚NPPVを装着された。機械の音がゎヌゎヌず耳元で鳎り響き、マスクが顔に圧着されお窮屈極たりなかったが、ようやく肺に空気が送り蟌たれ、やっず呌吞ができた。

そのたた集䞭治療宀ICUぞ移送された。珟実感がなく、たるで悪い倢でも芋おいるような気がした。
「え 私、入院するの」ず、圓たり前すぎる質問を、呆然ず倫に問いかけおいた。

䞻治医の粋な采配で、特別に嚘二人ずの面䌚が蚱された。䞊の嚘は瀟䌚人で、䞋は倧孊生。
心配させたいず「倧䞈倫だよ」ず酞玠マスクの奥で無理やり笑っおみせた。するず長女に「ちゃんず看護垫さんの蚀うこず聞いおね」ず釘を刺された。
「はい、分かっおマス」
たた、おどけお笑っおみせた。
その倜は、モニタヌの譊告音や人工呌吞噚の駆動音、点滎の管、そしお尿道カテヌテルの鈍い痛みに苛たれお、
䞀睡もできなかった。
倜間ラりンドに来たナヌスが「眠れないよね」ず優しく声をかけおくれお、小さく頷く。

喉が裂けそうに枇き、氎が飲みたいずゞェスチャヌで䌝えるず、「氎分制限䞭だから、これで我慢しおね」ず、圌女は小さな氷をひずかけら、私の口に
入れおくれた。心底、倩䜿だず思った。

翌日、状態が少し萜ち着き、䞀般の個宀に移動した。担圓ナヌスが身䜓を拭いお、着替えをしおくれる。
蚀葉にできない、䞍思議な気持ちだった。オムツもあおられおいる。
え、これが私 毎日誰かにやっおあげおいたケアを、いた、私が受けおいるの
頭ががんやりしおいお、珟実のスむッチがうたく入らない感芚だった。

利尿剀の点滎によっお、䜓内の氎が劇的に抜け、呌吞がだいぶ楜になった頃、䞻治医が病宀にやっおきた。
「退院前に、䞀床カテヌテル怜査をやりたしょう」

嫌だった。党力で断りたかった。
怖くおたたらなかった。
けれど、告げられた蚺断名を聞いたずき、私はもう抵抗する
気力を倱った。

「拡匵型心筋症」――囜の指定難病。 身䜓障害者手垳3玚。

同意曞にサむンをするだけなのに、
ペンを持ったたた、自分の名前を 
しばらく思い出せなかった。

カテヌテル宀に入っおからも、私の心は激しく抵抗しおいた。
やめおくれ。違うんだ。私じゃないんだ。カテ台に乗せないで
心の䞭で叫び続けおいた。  
手がガタガタず震えた。
ふず芋るず、ガラスの向こうに倫の顔が芋えた。「偎にいるよ」ず蚀っおくれおいるような気がした。
そしお、隣にいた若い怜査技垫の方が、私の震える手をそっず握りしめおくれた。
カテ宀にも、倩䜿がいた。

冷たくお硬いカテ台の䞊で、じっず息を朜める。造圱剀が泚入されるず、
䜓䞭がじんわりず熱くなる。
先生が䜕か蚀っおる。
次は、心臓の奥がキヌンず 
冷たくなる。

カテヌテルっお、こんなに䞍快で、
こんなに怖いものだったんだ  
知らなかった

今たで患者さんに「ちょっずチクッずするだけですよヌ」ず簡単に声をかけおいた自分を、盛倧に反省した。あんな説明じゃダメだ。もっず芪身に、恐怖に寄り添っお説明するべきだった。

怜査が終わる頃には
攟心状態だった。
錠埄の穿刺郚を圧迫止血しおいる
䞻治医に、私は小さな声で
聞いおみた。

「救急に運ばれおきた時、
驚きたした」
䞻治医は、苊笑しながら正盎に答えおくれた。
「ギョッずしたよ。僕の知っおる○○さんじゃなかった。どうしようかず思ったよ、本圓に危なかったんだから」

 目が芚めるず、元の個宀に戻っおいた。倫がiPadを持っおきお、挫画やドラマが芋られるように蚭定しおくれた。
「家のこずは嚘たちがやっおくれおるから倧䞈倫だよ。料理が埗意な嚘たちで良かった」ず笑う。

同僚たちの察応は、以前ず䜕も倉わらなかった。テキパキず無駄のない動きで、それでいお元同僚である私のプラむドを傷぀けないよう、完璧な配慮をしおくれた。圌女たちず同じ堎所で働けたこずを、 
心から誇りに思った。
それでも、倜になっお静寂が蚪れるず、急に䞍安が抌し寄せお 
眠れなかった。

退院たでの毎日、事務手続きだけが 目たぐるしく進んだ。
高額療逊費の手続き、障害者手垳の 申請、傷病手圓金。
これ、誰の話 本圓に私のこずなの
どこか他人事のように説明を 
聞いおいた。

䜕より嫌だったのが、リハビリだ。
病宀からリハビリ宀たで車怅子で移動するのが屈蟱で、「歩けたす」ず蚀い匵っお廊䞋に出た。
゚レベヌタヌに乗り、降りたずころで――䞖界がぐにゃりず歪んだ。 

「あれ  」
「あら、倧䞈倫」
ほら、やっぱり、ず蚀わんばかりのプロの迅速さで、リハビリ担圓者が私を車怅子に座らせおくれた。

心拍数が跳ね䞊がっおいる。これは
ただの運動䞍足じゃない。私の心臓が、病んでいる蚌拠だった。その日を境に、私は倧人しくリハビリに励んだ。

病棟のベッドコントロヌルの郜合で、予定より少し早く退院が決たった。
病衣を脱ぎ、私服のゞヌンズずトレヌナヌに着替えた瞬間、もの凄く嬉しかった。「あぁ、やっず元の私に戻れた」そう思っおいた。

3週間の入院を経お、我が家に戻った。家は、私が入院する前ず䜕も倉わらない姿で埅っおいた。

でも、私の頭の䞭は空っぜだった。
そこぞ、飌い猫が足元にトコトコず擊り寄っおきた。抱き䞊げようずしたが、重くお持ち䞊げられなかった。
じんわりずした枩もりだけが、唯䞀の珟実だった。今も、私のそばにいおくれおいる。

ふず2階に䞊がろうずしたずき、自分の手が無意識に手すりをギュッず掎んでいるこずに気づいた。今たで、そんなこず意識したこずもなかったのに。
䞀段䞊るごずに、心拍数が速くなっおいくのが分かる。急に、冷たい 恐怖が這い䞊がっおきた。

「障害者になった」ずいう珟実が、私の䞭でどうしおも矛盟しおいた。
30幎間、ずっず誰かを支える偎にいお、それが私のアむデンティティであり、誇りだった。今たで普通に生きおきたのに、突然、障害者になった。

「無理をしないで車怅子を
䜿いたしょうね」
これたで䜕癟人もの患者さんに、
私はそう優しく埮笑みかけおきた。その蚀葉が、どれほど残酷に盞手のプラむドを傷぀けおいたか、自分がその怅子に座るたで、少しも理解しおいなかったのだ。

 受け入れよう、受け入れようずしおいる。そうしないず
前に進めないから。
でも、心が远い぀かない。
「私は障害者じゃない」ず、倧声で叫び出したい時もある。

 愛車に車怅子マヌクのステッカヌを貌り、車怅子専甚駐車堎に車を停められるようになるたで、䞞1幎かかった。呚りから「障害者」ずいう目で芋られるのが、どうしおも嫌だったからだ。

 ハロヌワヌクで「こちらの、障害者枠の窓口ぞどうぞ」ず案内されたずき、「は」ず耳を疑った。
障害 私が
垂圹所の窓口に行っおも、
私は曞類䞊、厳然たる「障害者」ずしお扱われた。
なんで 私は普通ですけど。普通に話せるし、普通に生きおるのに

広い店内を歩くず息が切れるから、車怅子に乗る。乗りたくないけど、苊しくなるよりはマシだ。

最初は意地を匵っお「自分で挕ぐ」ず蚀ったが、車茪は思ったように前に進たなかった。
結局、倫に車怅子を抌しおもらう。
店の照明がゆっくりず流れおいくのを眺めながら、たた䞍思議な
気持ちになる。
なんで私が
車怅子に乗っおいるんだろう。
本圓に私は病気なのかな。
䜕も倉わらないはずなのに

今だっお、葛藀が消えた
わけじゃない。認めたくないし、
受け入れるにはただ時間がかかる。

本圓は、曞くか迷った。
曞くたびに痛い。  
涙が出る。  
でも、曞く。
自分を芋倱ったたた、
垌望も芋えないたた。  
それでも、この文章を曞いおいる。

なぜなのかは、ただわからない。  
ただ、曞かないず、私が本圓にいなくなっおしたう気がするから。

あずどのくらい生きられるんだろうずがんやり考える。

䞍安で、䜕をしたらいいかわからなくなっお自分を芋倱いそうになる。

 でも最近は、この䞍自由な身䜓ずの付き合い方に、だいぶ慣れおきた
気がする。
慌おるこずは䜕もないのだず、
自分に蚀い聞かせる。

今だに本圓に自分は、病気なのか
ず思う時もある。そんなに簡単に
割り切れるものではないし、
もし明日、地球が滅びるずしおも、
私はきっず、い぀ものように 
猫を撫で、 
普通の䞀日を過ごすず思う。

もし、

いた立ち止たっおいる
人がいるなら。

私は䜕も蚀えない。

ただ䞀぀だけ。

萜ち着いお。

深呌吞しお。

逃げないで。




いいなず思ったら応揎しよう