「ジャマナカ」と言われた研修医が、 夢を志に変え、本気を伝染させた
先日、iPS細胞からイヌの赤血球をつくる研究のニュースを目にした。
iPS細胞を用いた研究成果は、もはや珍しいものではない。
臨床研究の話題もだ。
すでに医療として実用化されたものもある。
そんな時代になった今でも、iPS細胞という言葉を耳にするたび、私の脳裏には真っ先に一人の研究者の姿が浮かび上がる。
京都大学の山中伸弥教授である。
まだノーベル賞を受賞される前のことだったと思う。
京都に向かうJRの関空特急はるかで、斜め前の席に座っておられるのを偶然お見かけした。
今のように誰もが知る存在ではなかったが、個人的に先生の研究に興味を持っていた私は、何かの写真で見ていたのだろう、すぐご本人だとわかった。
流れる車窓の風景を背に、静かに本を読まれていた。
その佇まいに、なぜかドキドキしていたのを今でも覚えている。
手先が不器用で整形外科医に向かないと思った山中さんは、より多くの患者を救える可能性のある基礎医学の道に進んだそうだ。
研修医時代に「ジャマナカ」と言われていたという自虐ネタは有名である。
しかし、ハードワークを厭わない情熱と体力は誰にも負けない自信があったとも語っておられる。
iPS細胞は、奈良先端科学技術大学院大学時代の仕事が発端だ。
当時、ゼロから研究室を立ち上げた山中さんは、潤沢とはいえない環境のなかで研究費の確保に奔走されていたという。
その情熱に動かされたのが、インターロイキン-6の発見で知られる医学界の大御所・岸本忠三先生だ。
若き日の山中さんの途方もない提案に対し、岸本先生は破格の大型研究費の採択を決めた。
「できっこないと思ったが、その迫力に感心した」
後にそんな趣旨のことを語ったという。
今、私は自信を持って言える。
そのとき山中さんは、「夢」を語ったのではなく、「志」を語ったのだ。
患者を救いたい。
新しい医療の可能性を切り拓きたい。
そんな思いが言葉になったとき、人は動く。
人が人を動かすとは、そういうことなのだと思う。
「何を成し遂げたいのかではなく、なぜ、それを成し遂げたいのか」
そこに共感した人たちが集まり、応援し、力を貸す。
志には、本気を伝染させる力がある。
私はこれまで研究室のメンバーに、しばしばこう言ってきた。
「夢から志へ」
一緒にやりたい。
応援したい。
そう思わせる何かが、志にはある。
山中さんはきっと、臨床医から基礎医学への転身の覚悟を、志にまで昇華させたのだろう。
イノベーションの向こうには、いつも誰かの志がある。
先日のニュースのあとに残ったのは、そのことだった。
以前、「研究者は、どう育つのか」の第一回で「夢から志へ」というテーマについて触れました。
あれから時間を経て、山中先生のエピソードや昨今のニュースに触れるなかで、その思いはより確かなものになっています。
ぜひ、こちらの第一回の記事もあわせてお読みいただけると嬉しいです。
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「研究・技術・事業をつなぐ思考法」のベースとなった、35年にわたる現場での経験や具体的なエピソードは、以下の連載「僕の研究者修行」をご覧ください。
また、当時の私のような若手研究者に、今伝えたい言葉を以下の連載「研究者は、どう育つのか」に綴っています。
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