メインコンテンツへスキップ
見出し画像

殉教のシャッター ― 輪廻する金閣(THE GOLDEN RECURSION) ―第11話:聖地・諏訪湖

    崩壊する世界を縫うようにして、三人は辿り着いた。
     
     ——どこを、どう走ったのかは、誰も覚えていない。
     
     気がつけば、そこにいた。
     
     
     富士の麓を離れたはずだった。
     だが、その記憶だけが、ひどく曖昧だった。
     
     振り返っても、道はない。
     
     ただ、切り取られたような空白が、背後に広がっているだけだった。
     
     進んでいたのか、引き寄せられていたのか——その区別も、もうつかなかった。
     
     
     目の前に広がっていたのは、
     月光を硬質な鏡のように跳ね返す、巨大な水の塊。
     
     諏訪湖(すわこ)。
     
     
     背後の街が、写真のネガのように白く反転し、音もなく消失していく中で、
     この湖だけは「実在」の重みを保っていた。
     
     
     零の身体は、すでに腰から下が透け、暗闇に溶けかかっている。
     
     一歩踏み出すごとに、自分の存在という「記述」が、
     この世界の解像度に追いつかず、砂のように零れ落ちていく。
     
    「……零、しっかりしろ。あそこだ」
     
     蒼真が、震える肩を支える。
     
     湖畔。
     波打ち際に立つ唯の背中は、
     この世のものとは思えないほど白く、そして脆そうに見えた。
     
     彼女は、胸元の布袋を、ゆっくりと解いた。
     
     現れたのは、一つの玉。
     
     神玉(かみたま)。
     
     それは光っているのではない。
     周囲の闇を吸い込み、あまりにも濃密な「意味」を湛えた結果、
     存在そのものが発火しているように見えた。
     
    「……これを、戻さなきゃ」
     
     唯は、一歩、水の中へ足を踏み入れた。
     
     冷たい湖水が、静かに波紋を広げる。
     
     その波紋が広がるたびに、
     零の身体の透過が、わずかに止まった。
     
    「唯、待って……!」
     
     零は、震える手でカメラを構えた。
     
     撮らなければならない。
     
     この瞬間を。
     
     だが、レンズ越しの世界は、無数のノイズに塗れていた。
     
     空からは、あの音が降り続けている。
     
     「――『断(ドォ・ン)』」
     
     唯は、さらに深く、水の中へ進む。
     
     やがて、足が底を離れる場所で立ち止まった。
     
     両手で、神玉を掲げる。
     
     月光を受け、その輪郭が一瞬だけ鮮明に浮かび上がった。
     
     そして――

     
     
     
    Japan-based writer. 現代神話×ビジュアルノベル的物語を制作。 写真・記憶・神話をモチーフに、現代と異界が交差する世界を描く。 代表作:『殉教のシャッター 』

    あなたへのおすすめ