ピアスの穴

私は自分で言うのもなんだが、ピアスが似合わない。

うまく言えないが、かっこよくキマらないのだ。

リングも、ボタンも、ダイヤっぽいものも色々試してみたが、どうもしっくりこない。

そんな私にも、ピアスの穴だけは残っている。

高校三年生の冬。

好きなアニメのキャラクターがピアスをしていた。

当時の私にはそれがとてもかっこよく見えた。

母に相談すると、

「いいんじゃない」

と軽い返事が返ってきた。

その言葉に背中を押され、誕生日の日に皮膚科へ行った。

先生は慣れた手つきで位置を合わせると、

「バチン!」

と躊躇なく穴を開けた。

痛いのか、痺れているのか、よく分からない感覚だった。

鏡を見る。

場所は完璧だった。

「これでかっこよくなれるかもしれない」

そんな期待に胸を膨らませていた。

その頃の私は、どちらかというと真面目な生徒だった。

学校はほとんど休まなかったし、委員会では副委員長などをやるタイプだった。

先生に怒られるようなこともほとんどない。

だからこそ、自分でも少し意外だった。

そんな私が、ピアスに憧れていたのだから。

しかし、その日の夜だった。

仕事から帰ってきた父に、私は少し誇らしげに報告した。

すると父は私の顔を見るなり、

「何やってんだ!」

と声を荒げた。

「ピアスなんか開けたのか」

「自分の身体に傷を入れるなんて信じらんねぇ」

あとにも先にも、父にあれほど怒られたことはない。

しかも追い打ちをかけるように、

「似合ってない」

というようなことまで言われた。

今までほとんど怒ることのなかった父だっただけに、私はただ戸惑った。

「そんなに怒ることなのか」

と。

その後しばらく、父と話すのも気まずくなった。

父は一人で酒を飲みながら、どこか悲しそうな顔をしていた。

私は私で、寝返りを打つたびに耳が痛み、なんとも言えない気持ちになっていた。

翌日、学校へ行った。

友達は思ったより好意的だった。

「開けたんだ」

と面白がってくれた。

だが、仲の良かった年配の体育教師は違った。

私の耳を見るなり、

「ピ、ピアス開けたの……」

と、少し残念そうな表情を浮かべた。

「はい……」

私はなぜだか申し訳ない気持ちになった。

あれ、おれ、何か悪いことをしたんだっけ。

そんなことを思ったのを覚えている。

そして肝心のピアスだが、

何度鏡を見ても、やはりかっこよく見えなかった。

イメージと違う。

皮膚科の先生は何も悪くない。

希望通りの場所に、完璧に開けてくれている。

それでも似合わないものは似合わない。

「え……まじか……」

高校生の私は、なかなかの衝撃を受けた。

その後も何度かピアスをつけてみたが、結局ほとんど身につけることはなかった。

ただ、不思議なことに、

開けなければよかったとは思わない。

いや、正確には思ったこともある。

父には怒られたし、先生には落胆されたし、おまけに似合わなかった。

それでも、もし開けていなかったら、

「開けてみたいな」

という気持ちは、ずっと心のどこかに残り続けていたような気がする。

良くも悪くも、私は一度それを確かめることができたのだ。

それから長い年月が流れた。

父は数年前にこの世を去った。

突然だった。

人生には、本当に突然の別れがあることを知った。

父はタクシーの運転手だった。

昔気質なところがあり、不器用な人だったが、人情味のある人でもあった。

私が新しい職場で働くことになったときは、自分のことのように喜んでくれた。

その一方で、

「ちゃんとやれてるか」

「無理してないか」

と、いつも心配していた。

私が一人暮らしでインフルエンザにかかったときには、仕事の合間を縫って見舞いにも来てくれた。

袋いっぱいのスポーツドリンクやゼリー、お粥を抱えて。

今思えば、父はいつも心配していた。

それが父なりの愛情表現だったのだろう。

父はラジオも好きだった。

タクシーの勤務中によさそうな曲が流れると、それをメモしていたらしい。

そして会うたびに、

「これ、いい曲だったぞ」

と教えてくれた。

当時は何気なく聞いていたが、

今でもその曲が流れると、父のことを思い出す。

それだけで胸が締め付けられることがある。

最近になって、なぜか天然石に惹かれる出来事があった。

黒い石だった。

調べてみると、オニキスというらしい。

さらに調べると、それは父の誕生月にゆかりのある石だった。

そのとき、ふと父との思い出が浮かんだ。

そして同時に、耳に残ったピアスの穴のことも思い出した。

あの穴はまだ塞がっていなかった。

何年も使っていないのに。

私は試しに、オニキスのピアスを買ってみた。

若い頃のように、かっこよくなりたいわけではない。

似合うとも思っていない。

ただ、なんとなくつけてみたくなったのだ。

そのピアスをつけていると、不思議と父のことを思い出す。

あの日、あれほど怒られたこと。

一人で酒を飲みながら、悲しそうな顔をしていたこと。

インフルエンザのときに見舞いに来てくれたこと。

タクシーの仕事中に聴いたラジオの曲を、嬉しそうに教えてくれたこと。

そんな記憶が、少しずつ浮かんでくる。

父が何かを伝えたかったのか。

それとも、ただの偶然だったのか。

私には分からない。

ただ、なぜか天然石に惹かれたこと。

それが父の誕生月にゆかりのある石だったこと。

そして、使っていなかったはずのピアスの穴が残っていたこと。

そんな小さな偶然が重なったおかげで、私は久しぶりに父との思い出をゆっくり振り返ることができた。

あれほど怒られたピアスだが、今では父を思い出すための場所になっている。


もし父が見たら、また呆れるだろうか。

それとも少しだけ笑うだろうか。

そんなことを考えながら、

今日もかけがえのない日々を、生きている。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

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