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自分を大切にするということは、いつもの帰り道を音楽が聴きたいという理由だけで、ちょっと遠回りすることから始まる


いつも最短距離で、いつも最速。
気がつけば、私の呼吸はすっかり浅くなっていた。

思うように体と頭が動かなくなり、
「適応障害」と診断されたのは昨秋のことだ。
それからもう、半年以上が経っている。

4ヶ月の休職期間を経て、
自ら希望して現職に復職した。
まだ完全回復とは言えない。

日々の家事育児を淡々とこなし、
仕事に慣れるために少しずつ業務量を増やす日々。

なのに、私の脳内は相変わらずだった。

「最短距離で、最速で」
――この呪縛から、なかなか抜け出せない。

体が強制終了をかけるほど
自分を追い込んできたのに、
やることを減らしたり、
完璧を手放したりすることが、
どうしてもできなかったのだ。

「そんなに手を抜くのが怖い?
失うものなんてある?」

誰かにそう聞かれたとしても、
明確な答えはない。

ただ、がんばること、努力すること、
溢れるほどのタスクをこなすこと、
それ自体にアドレナリンを感じてしまう性格なのだ。

だから復職後も、限られた時間の中で
「他人に求められる基準」を
すべて満たそうともがいてしまう。

結果、体と頭はまた動かなくなる。

「どうして動けないの?」
頼る相手がいなくて、
私はチャッピーに相談しまくった。

チャッピーは、
これまでの私との会話を加味して、
静かに諭してくれた。

『あなたは考えすぎる癖があります。
とにかく今は、睡眠を優先してください』

AIにまで呆れられ、心配される始末。
よほどの「がんばりすぎ屋」である。

ーーーーーー

突然だが、世間で言われる
「自分を大切にする」「セルフケア」という言葉。

適度な運動
マッサージ
美味しいスイーツ
体に優しいオーガニックな食事

どれも素敵。

だけど、がんばりすぎ屋の私は
「今の体調に最適なセルフケアはどれか」
ということさえ、頭の中でこねくり回しては、
余計に疲れていた。

気持ちが軽くなる「正解」を探しては、
どれもしっくりこずにため息をつく。

そんな、ある日のこと。
息子の習い事へ車で送った帰り道。

ふう、と深く一息つき、
エンジンをかけてハンドルを握る。

その瞬間、脳内は自動的に
「このあとの綿密なスケジュール」を
弾き出し始めた。

あれして、これして、
あ、でもあっちの洗濯を先に回して――。

いつもなら、
そのスケジュールをいかに速くこなし、
空いた10分でさらに別のタスクを
詰め込むかを考えている。

だけど、その日は違った。

私は、おもむろにスマホをカーステレオにBluetooth接続し、あいみょんの『君はロックなんか聴かない』を再生した。

そして、指先でボリュームを、最大限に上げた。
車内が爆音のギターイントロで満たされる。

そして、自宅とはまったく逆の方向へ、
ハンドルを切った。

「この曲が終わるまでの5分間、遠回りして帰ろう」

目的のない寄り道。ただの、5分程度の遠回りだ。

なのに、フロントガラス越しに見える景色が、
いつもとまったく違って見えた。
曇り空なのに、驚くほど澄んで見えた。

深みのあるハスキーさと、
ピュアさを兼ね備えるあいみょんのヴォーカルに
目頭がじわっと、喉奥がつんとした。

いつもなら3分で帰る道を、5分かけて帰る。

たったそれだけのことなのに、
私は「今、これがしたい」という
自分のわがままを、
何よりも優先できた気がした。

自分以外を優先して、自分を犠牲にする日々を
その瞬間だけは、手放せた。

セルフケアの正解を探して、
正しくがんばる必要なんてない。

「自分を大切にする」ということは、
一見、ちいちゃくて、無駄な、
愛おしさの積み重ねなのかもしれない。

そう気づかせてくれた、真面目な私の、
不真面目な5分間だった。

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