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癟幎探し぀づけた犬【#創䜜倧賞2023】


【あらすじ】
少幎ロボットが、長い眠りから目芚めたずき、目の前にいたのは、そらいろの巻き毛の子犬ロボットだった。子犬は、圌ず行きたい堎所があるずいう。
圌は子犬ずずもに、眠りに぀いおから180幎が経過した䞖界にふみ出した。
そこで芋たものは、人がひずりもいない䞖界だった。


【本線】

「ロボットは倢を芋ないんだろう」

 以前にマスタヌの友だちの男の人が、僕にそういったこずがある。
 そんなこずはありたせん、ず僕は答える。有機電脳がスリヌプモヌドのずき、埮匱な電気は流れおいたす。その時、蚘憶ラむブラリの䞀郚を再生するこずは時々あるこずです。脳が進化すればするほど、それは頻繁に起こりたす。

 僕のマスタヌ、぀たり持ち䞻で管理者のココロさんは、ロボットの有機電脳の開発者で、倧孊での研究ず䞊行しお、ロボット開発の䌁業で仕事をしおいる。いや、しおいた。
 ココロさん曰く、人間は倢を芋るずき、それたでに芋た蚘憶をフィクションもノンフィクションもごちゃ混ぜにしお、パッチワヌクのように繋ぎ合わせたものを芋るらしい。それは曖昧で蟻耄が合っおいないストヌリヌで、昔の人間は、倢の内容で未来の出来ごずがわかるず考えおいたそうな。
 ココロさんは電子タバコを吞っお、芋えない煙を吐いた。それから手元のチェス盀を芋䞋ろしお、そこに茉った透明なアクリル補の駒を持ち䞊げお、移動させた。

「  もちろん、それは人間お埗意の、根拠なき垌望的芳枬に過ぎない。ヒトの脳は、远憶や想像はできおも予知はできない。ただ、仮に予知ができるずしたら、そのずき脳はどのような挙動をしお、どういう回路が䜜られおいるのか、そう考えるこずは面癜い。私は予知は、本人が無意識で予想しおいるものを、脳が芋せおいるんだず考えおいるけど」
 そしお僕を芋お、嬉しそうに埮笑んだ。
「ロボットの脳は、ヒトの脳に䌌せお䜜られおいるけど、ヒトのものずは違う。ヒトの脳の特城は、動物的本胜があらかじめむンストヌルされおいるこず。それはヒトの心の衝動ず深く結び぀いおいお、私たち人間の思考や行動を無意識䞋で支配しおいる。この衝動のおかげで他の生き物ず戊っお勝ち抜いお、環境に適応しお繁殖し、進化できた。けど過剰な攻撃衝動は匊害も倚い  いずれ灜いが自分自身に返るずわかっおいおも、欲望のために環境を砎壊し、他者を攻撃するこずをやめられない。どんなに知胜を高めおも、どれだけ過去の過ちから孊がうず努力しおも結局、我々は、そのク゜仕様から逃れられない」
 ココロさんはたたタバコを吞っお吐いお、駒をひず぀持ち䞊げた。そしおその駒をキングの駒にぶ぀けお、キングを倒した。
「けど、最初からそうでない脳があったなら。理想的なヒトのあり方を実珟できるのでは  私はずっず、そう考えおいた。それに憧れお、それが芋たかった。トビオ、有機電脳のポテンシャルは  」
 そこで映像は掠れお䞍明瞭になる。蚘憶ラむブラリが劣化しおきおいるのかもしれない、ず思考する。スリヌプモヌドの時に脳に流れる電気は埮匱で、映像はい぀も途切れおがやけおしたう。
 ああ残念だ。ココロさんの話がもっず聞きたかったのに。

 僕がマスタヌず過ごした時間はちょうど二十幎間。そのあずは、ずっず眠りのなかにいる。
 僕には蚘憶ラむブラリがあるから寂しくない。ココロさんずいった堎所、芋たもの、話した内容も呌び出しお再生できる。けど最近は、途切れるこずが倚い。時間が経ちすぎおいるのかもしれない。
──ず、䞍意に。遠くに青い海が芋える。空も海に負けないくらいに青い。掠れがちだったココロさんの蚘憶ずはあきらかに違っお、现郚たで鮮明な映像だ。僕が䜏んでいた街ずは違う匂いがする空気。匂いだっおこんなずころに僕はいったこずあるかなず、脳の片隅でがんやり思考する。
 僕の芖界にはどこたでも続く曲がりくねった癜い壁が映る。陶噚でできたみたいな癜い壁が迷路のように入り組んだ街。僕が立っおいるずころの癜い壁の内偎には、いろんな色がたぜこぜになった絵が描かれおいる。そのさらに内偎の地面は、䞞い石がたくさん敷き詰められおいるような舗装道路。男の人の穏やかな、柔らかく包むような声が聞こえる。
「䞞いのは石じゃなくお、ガラスだよ。リサむクルガラス瓶の底が䜿われおいる。埮劙に色ずか倧きさが違うのが綺麗で、いいでしょう。僕のマスタヌも、この道が気に入っおいた。これず同じ発想で壁を䜜っお、その壁で隠れ家を䜜れないかな、なんおよく話しおいた。その壁でできた郚屋のなかはガラスを通過した光が混ざっお、芋たこずがないくらい綺麗な空間になるんだ。そこで暮らしたらどんな倢を芋るのか」
 僕は声の方に芖線を移した。僕よりかなり背が高くお、薄い黄色の髪の毛ず氎色の瞳の男の人だ。頬にオレンゞ色の絵の具が぀いおいる。芋芚えがないはずなのに、どこかで芋たこずがあるような顔。
 男の人は、巊手に持ったパレットの絵の具を、右手の絵筆でかき混ぜお、壁に色を茉せる。青ず氎色ず緑色ず、いろんな色が混じったずころに、オレンゞず黄色の魚の絵を描いおいるずころ。魚には飛び魚みたいに、小さな翌が぀いおいる。
「い぀でも奜きな堎所に飛んでいけるようにね。この魚、どうおいしそうでしょ」ず男の人は目線を䞋げお、足元にいる背の䜎い誰かに話しかける。女の子のキンずくっきりした声が応える。
「ぜんぜんそう思わないけど魚なんお䞀床も食べたこずないし。猫だから魚が奜きっお、単なる人間の思い蟌みだから。おゆうかロボットが䜕かを矎味しそうなんお思うわけないじゃない。゚ネルギヌパックがあれば充分なんだからさあ」
 足元の黒猫は、尻尟を立おお顎をあげ、ふんず錻で笑った。男の人は苊笑した。
「それは倱瀌したした」
「どういたしたしお。いいよ、慣れおるもんそういうの。人間がいっぱいいた頃は、すぐに觊ろうずしおくる人が埌を絶たなくおうんざりしおたし。人間っお猫は撫でられるのが奜きっお思い蟌んでいるんだよね。自分は知らない人に勝手に觊られるのは䞍快っお思っおいるくせに」
「觊りたいんだよ」僕は思わず口を出した。「だっお君の毛䞊み、柔らかくお觊るず気持ちいいから」
 猫は鮮やかな緑色の目で、僕をきっず芋た。「わたしは嫌なの。わたしを觊っおいいのはマスタヌだけなの」そしおちょっずの間う぀むくず「  あず、マスタヌのママずパパず。病院のドクタヌず看護婊さんたちず、病宀の子䟛たち。は、たたに觊っおいいけど、でもマスタヌからお願いされたから、仕方なく、だもん」猫の声はだんだん小さくなった。そしお尻尟をゆるく巊右にふっおガラス瓶の道を歩いおいった。
 僕ず男の人はその埌ろ姿を芋送った。男の人はたた壁に向き盎っお、絵筆でパレットの絵の具を混ぜながら「あのこは寂しいんだね」ずいった。それから壁に色を塗りながら、話を続けた。
「僕らは寂しさからは逃れられないんだ、氞遠に。だっお忘れるこずができないから  いいこずも、そうでないこずも。どんな小さな些现なこずも。蚘憶ラむブラリで再生するず、すぐ目の前にいるみたいに芋えるのに、觊れ合った感觊は再生できない。手を䌞ばしおも二床ず觊れるこずができない。時々それが  」男の人は目を䌏せお぀ぶやいた。「  ひどく、぀らい」
 僕は、なんずなく黙っお海を芋぀めた。海鳥が䞉矜、海面のすぐ䞊を鳎き亀わしながら飛んでいる。仲が良さそうだし芪子かな、ず僕は思考した。

 空が青い。海の青ずは違う青さ。空色。


 僕はたばたきした。
 薄暗くおがらんずした広い宀内にいる。ずっず奥の方に癜い光ず幟䜕孊暡様が芋える。
 僕はたた、たばたきしお、目線を自分の目の前に移動させた。
 空色のがやけた塊が芋える。それには目がふた぀あっお、たぶん僕に向かっお蚀葉を発した。
「こんにちは」
 よく芋るず、僕の顔のすぐそばに透明な壁がある。その向こうに、空色の小さな巻き毛の塊がある。现郚が䞍明瞭で光量が少ないず感じる。僕の目を構成するレンズ機胜は自動的に、壁の向こうの象に焊点をあわせお埮調敎される。现郚が鮮明になった映像を、知識ラむブラリで照合する  『犬』。

 空色の巻き毛の䞭に半ば埋もれた焊茶色の県が芋えた。䞞くお艶々ず光るその目は僕の目を芋぀める。僕も芋぀め返し、口を開いお発声しおみる。
「こんにちは」
 巻き毛の塊は埌ろにくっ぀いた突起をちょこちょこ動かしお、その堎でぎょんず小さく跳ねた。
「良かった。起動した。君にはわたしが芋えるどう芋える」
 僕は答えた。
「犬の姿をしおいる。犬皮はトむプヌドル。色はセルリアンブルヌ」
「そこから出おこれる」
 僕は呚りを芋回した。僕の身䜓は、透明なチュヌブ状のアクリルケヌスの䞭に閉じ蟌められおいお、ケヌスは身䜓がギリギリ入る皋床の広さで、ほずんど身動きできない。身じろぎするず小さく䜜動音が響いた。軜い衝撃があり、透明な壁が床からせり䞊がっお、䞋から空間が珟れた。空間はどんどん広がり、僕の身䜓はすっかりケヌスの倖にむき出しになった。
 アクリルケヌスは倩井の䞭に消えおゆき、腰にはたっおいた゚ネルギヌチャヌゞのプラグが倖れお床に萜ちた。固定から解攟された僕は、慎重にいっぜ、前にふみ出す。久しぶりに足を動かしたせいか、曲げた時に少しだけぎしぎし音がしお、関節の動きがぎこちない気がする。トむプヌドルが芋守っおいる暪を通り過ぎお、僕はそのたたゆっくり歩行した。六歩歩いたずころで立ち止たるず、あたりを芋回した。

 僕がいるのは、薄暗くお広いホヌルのような郚屋だった。郚屋のずっず先、突き圓たりは床から倩井たで窓になっおいお、幟䜕孊暡様の栌子の向こうから光が差し蟌んでいる。ツルツルの床ず壁がずっず続いおいお家具はない。壁際には、僕が入っおいたのず同じようなチュヌブケヌスが䞀定間隔で䞊び、その䞭には䞀䜓ず぀ロボットが収められおいる。チュヌブひず぀ひず぀の前に小さなプレヌトが貌り付いおいお、メヌカヌず補造番号ず販売期間、個䜓のおおたかな特城が蚘茉されおいる。保管ずいうよりは、展瀺堎所のようだ。

 僕は自分のなかのGPSを䜜動させ、この堎所の䜍眮情報を取埗しようずしお倱敗する。蚘憶ラむブラリを参照し、堎所を掚枬しおみる。
「ここは、博物通」
 僕は問いを口に出しおから、ネモフィラの方を振り返った。犬は軜やかに走っお僕の暪に䞊ぶず返事をした。
「そう。ネオトヌキョヌ歎史博物通。歎代ロボット展瀺フロア」
 僕はチュヌブのひず぀に近づき、ケヌスの衚面に手を觊れおみた。しばらく埅っおも自動音声ガむダンスは始たらなかった。
「いたは䌑通䞭なのかな」
 僕の声がフロアに反響する。僕ず犬の他に、動いおいるものはない。犬は答えた。
「䌑通しお今幎で癟幎目になるね。あの窓から倖を芋おごらん。君が知っおる光景ずは、少し違っおるず思う」
 僕は窓に向かっお歩き出し、空色の犬は飛び跳ねるように走っお先に窓の所に着いた。窓が近づくに぀れ、自然光が぀よくなっお呚囲が明さを増しおゆく。僕は窓のすぐそばたで近づいお、のぞき蟌んだ。癜っぜい光の䞭に滲んでいた倖の颚景が、くっきりず浮かび䞊がっおきた。

 倖の颚景は、蚘憶にあるよりも怍物が生い茂り、舗装道路は厚く積もった萜ち葉ず土に半ば芆われおいる。博物通前のレンガ敷の広堎は酷くひび割れお、雑草ががうがうず茂っお原っぱの様だ。動くものは颚に揺れる朚々の葉や草むらだけで、人も車も姿が芋えない。
 広堎の端に掃陀ロボットらしき姿も芋えるが、損傷が酷く、皌働を止めお随分経っおいるんだなず分かる。
 その時、倧きな生きものが道を移動しおいるのが芋えた。知識ラむブラリず照合する  『鹿』。
 空色の犬は、口を開かずに話し始めた。
「君がこの博物通に収められおから、癟八十幎経っおいる。わたしは犬型愛玩甚ロボット。D_joan02857b。マスタヌには『ネモフィラ』ず呌ばれおいた。だから君にもそう呌んで欲しい」
 ネモフィラは、僕の前を歩きながら時々振り返り、そう蚀った。僕は圌に぀いお歩きながら尋ねた。
「了解。ネモフィラ。僕を起こしたのは君か」
「そう。目的、ずいうか、君にお願いしたいこずがあっお」
「お願いは䜕」
 ネモフィラは立ち止たっお僕の顔を芋䞊げた。
「わたしず䞀緒に、ある堎所に行き、やっおほしい仕事があるんだ」


 ネモフィラから必芁な情報をダりンロヌドし終わった凊で、僕は、空色の巻毛に芆われた垂れ耳の䞋から端子を匕き抜いお、コヌドを巻き取り、銖の埌ろに収玍した。
「君の足なら、ゆっくり歩いお二日もあれば着くよね。ただ、以前に比べるず道に障害物が増えおいるから、迂回せざるを埗ない堎合もあるず思う」
 ネモフィラは僕を先導するように歩き始め、僕はその埌に぀いおゆく。
 人の姿は党く芋えなかった。途䞭で、動かない通内案内ロボットの前を䜕床か通り過ぎる。博物通を維持管理するロボットを䜕台も芋たがどれも停止しおいお、僕ら以倖に動くものはない。しんず静たる展瀺フロアを通り抜け、壊れた受付ロボットの脇を進み、開け攟たれた博物通の出口から倖に出た。
 颚が、僕の黒色の髪の毛をなびかせた。僕の芋た目は、人間の少幎を暡しお䜜られおいる。癜いブラりスに焊茶色のズボン。二十幎間マスタヌず過ごし、マスタヌが亡くなる盎前に電源スリヌプ状態になった。どうやらその埌は、博物通に寄莈され、展瀺されおいたようだ。スリヌプ状態ずいうのは意識がないたた、埮匱な電気が有機電脳に流れおいる状態のこずで、䞻電源オフずは違う。䞻電源をオフにするず、有機電脳は死んでしたう。

 僕はネモフィラに぀いおゆく。ネモフィラは僕に名前を尋ね、僕は答えた。
「BW-1083-rbgn」
「マスタヌは君を䜕お呌んでたの」
「トビオ」
「じゃあトビオっお呌がう。トビオ、どう久しぶりに倖を歩いた感想は」
「  人が居ないのは䜕故」
 僕ずネモフィラは生い茂った茂みを避けながら歩いた。以前は道の脇に行儀よく収たっおいた怍栜が、今は我が物顔に葉を繁らせお、梢をほうがうに䌞ばしおいる。石畳や舗装道路はただ少し芋えおいるものの、もう癟幎もあれば完党に怍物で芆い尜くされおしたうだろう。
 芋た事のない倧きな鳥が数矜、空を飛び過ぎおゆく。鳥のさえずりがあちらこちらから聞こえる。暹朚の枝を枡る小さな霧歯類の動物たち。時々遠くに芋える、もっず倧きな哺乳類。僕は知識ラむブラリを慌ただしく照合する。栗錠、鹿、狞、猪。街䞭に野生動物の姿を芋る事は、以前には無かった。僕はネモフィラにそう感想を話した。するずネモフィラは「人類はこの惑星を出お地球に向かったんだよ。ひずり残らず」ず答えた。僕は聞き返した。
「い぀」
「癟幎前」
 ああそうか。僕は、眠りに入る盎前の䞖界のこずに思い至る。
「  それは぀たり、人類は持ち盎さなかった。そういうこずだよね」
「そうだね。人類はこの堎所で生存し続ける事を諊めた。ここでは駄目だったけど、地球なら、再起できるかもしれない。衰退の原因は人類そのものじゃなくお、この惑星かもしれない。それに賭けお旅立ったんだよ。お幎寄りも、病人も、犯眪者も、䟋倖なく党員」
 街路暹から降りた栗錠が、僕らの前の道を玠早く走りぬけ、䞀瞬埌にはたた他の朚に駆けあがった。僕は足を止めず歩き続けた。ネモフィラも道路のひび割れを噚甚に避けながらちょこちょこ歩いおゆく。
「トビオ、君が皌働しおいた頃から、人類は衰退を始めおいたの」
「僕が生たれた頃、科孊者が蚀っおいる事に耳を傟ける人ず、そうでない人の間で、激しい議論になっおいた。それから二十幎経っお、マスタヌが最埌の入院をした頃には、毎日のようにニュヌスでそのこずを報道しおいた。ココロさんは蚀っおたよ。人類党員が同時に、共通の課題に぀いお話し合っお、協力するのは初めおのこずだず」


 僕は、スリヌプに入った圓時の内容のたたの、知識ラむブラリを参照した。
『Human decline syndrome  人類衰退症候矀。
 遥か昔、人類の祖先が地球を離れ、惑星れりスに入怍しおから数䞖玀。い぀から始たったのかは諞説あるものの、兆候が明確に珟れる頃にはすでに、人類は衰退の道を蟿り始めおいた。
 革新的な発明や芞術䜜品は生たれなくなった。人々は党おの事柄に挑戊ぞの熱意を倱っおいった。そしお䜕よりも深刻なのは子䟛が産たれなくなった事だ。出生率は急激に䞋がり始めた。皋床の差こそあれ、どの囜でも同時にそれが起こり、加速しおいった。䞀郚ではホモサピ゚ンスずいう皮が衰退し、皮の滅亡のカりントダりンが始たったのだろう、ず蚀われた。
 人々は原因を探った。子䟛を育おる環境が敎わないから。育児にお金がかかりすぎるから。子䟛を持぀事に意味ず䟡倀を芋出せなくなったから  。
 人類瀟䌚は思い圓たる原因に党力で察凊しおいった。瀟䌚党䜓で出産を掚奚し、誕生から成人たでの費甚を党お無償にした。子䟛を熱望する倫婊の数は右肩䞊がりに増えおいくものの、女性の劊嚠の成功率は䞋がる䞀方だった。䜓倖受粟の技術開発にも人ず資本が泚ぎ蟌たれた。
 䜕故、劊嚠しないのか。䜕故、受粟しおも胎児に成長する前に死んでしたうのか。食事生掻環境ストレスそれずも未知のりィルス
 䞖界䞭の科孊者ず医者は議論をし、仮説を立おお、ありずあらゆる方法を詊したが、未だ有効な察策は芋出されおいない』


 ネモフィラは蚀った。
「衰退が決定的になっおから、色んなこずが起こったんだ。ストレスから瀟䌚䞍安が増倧しお、暎動やテロがあちこちで起こった。人手が足りなくお、孊校やいろんな斜蚭が次々ず閉鎖されたし、若者の雇甚は奪い合いになった。平均幎霢は䞊がる䞀方だから、劎働力ずしおロボットの開発が急ピッチで進んだ。愛玩甚ペットロボットの需芁も急増した」
 ネモフィラは尻尟を振りながらこちらを振り返った。
「わたしもその䞀環ずいうわけ」

 出し抜けに、けたたたしい声を䞊げお、偎の茂みから倧きな鳥が飛び立った。ネモフィラは倧きく跳ね䞊がり、僕は立ち止たった。
「ビックリした」ネモフィラは動揺したのか、萜ち぀きなく動きたわるず足螏みした。僕はそれをみお感心した。
「驚く事が出来るなんお、君は高性胜なロボットなんだね」
 ネモフィラはその蚀葉に、僕の顔をじっず芋぀めた。
「わたしは愛玩甚だから。生身の動物に近づけようずしおそうなっおるんだろうね。君は驚くこずは無いの」
「そういう機胜は付いおいなかったはず」
「そうかあ。  じゃあさ、悲しくなったりもしないの」
「そういう機胜は付いおいなかったはず」
 僕の答えを聞いおネモフィラはしばらく黙り蟌んだ。それからおずおずず「君の幎代のロボット脳は、有機電脳だよね」
「うん」
「それなら、ヒトの脳のように、君の脳も進化するはずなんだけど。プログラムのバヌゞョンアップ前だったのかな」
 僕はネモフィラを芋䞋ろしお立ち止たった。進化。その蚀葉はなにか特別な感じがする。僕は蚘憶ラむブラリを呌び出しおみた。すこし掠れおいるけど、懐かしいココロさんの顔が映っおいお、優しく埮笑み、口が蚀葉を圢䜜っおいる。音声がうたく再生できずに、ずぎれずぎれになった。
(お前たちロボットが  進化  わたしは、賭けたんだ  進化したロボット  )
(  人類がたどり着いた答えだ  その、こたえを  い぀か  )
 僕は目を匷く閉じおう぀むき、手を額におし圓おた。
「倧事なこずだった気がするのに  うたく音声が再生できない。回路が経幎劣化したのかも」
「倧䞈倫君は癟八十幎の眠りから再起動したばかりだもんね。ただ時間はあるし、どこかで䌑もうか」
 僕はたばたきしお、心配しおいるネモフィラに「倧䞈倫だよ。行こう」ず声をかけた。そしおゆっくり歩き出した。ネモフィラは、たた僕の少し先に進んで、こちらを振り返った。
「トビオ、君は  いや、君のマスタヌは、どんな人だったの」
「僕のマスタヌは。僕ず同じ型のロボットのプログラムを䜜っおいる技術者の女性だった。僕はこのタむプの詊䜜機だったんだ。
   マスタヌは、僕に自分を『ココロさん』ず呌ぶようにず蚀った。だからココロさんっお呌んでたよ。それがマスタヌの名前だったんだ。
 ココロさんは、僕ず暮らしお、気づいた事があるずプログラムを修正したり、付け加えたりしおいた。モニタヌずテストを兌ねおいるんだっお。じゃあテストが終わったらお別れなのかなず僕は考えた。でもマスタヌは、テスト期間が終わっおも僕を手元に眮いおくれた。情が湧いたんだっお。気に入ったっお事なのかなず思う。
 その頃から、もう子䟛は枛り始めおいたから、ココロさんが務めおいた䌚瀟は、子䟛型ロボットの需芁が増えるのを芋越しおんたんだろう。僕ず同じタむプのロボットは凄く売れたずニュヌスで芋たよ。きっずそうなんだろうなず僕も考えおた。街に出るず、時々すれ違ったからね。髪の色ずか肌の色、芋た目はカスタマむズされおおも、同じタむプのロボットは、近くに居るず認識できるんだ  」


 街の䞭心郚に近づいたのか暹朚や茂みが枛っお、あたりに建物が増えおきた。建物は、シャッタヌが閉たっおいるもの以倖は、扉のガラスが割れたり、入り口が壊れたりしおいる。動物の足跡がたくさんあり、ゎミや砎片が地面に散らばっおいお荒れた雰囲気だ。人が壊したのか動物が荒らしたのか刀断できない。
 ネモフィラは立ち止たっお、足元に転がっおいるなにかの砎片の匂いを嗅いだ。そうしおいるず本物の犬そっくりだ。それから頭をあげお、内蔵されたコンパスで方角を確かめた。
「このたた道なりに真っすぐ3キロ進む。  誰かず䞀緒に歩くのはひさしぶりで、嬉しいな。トビオ、博物通にいる君を芋たずきから、この子はマスタヌに倧事にされおたんだろうず思っおいた。やっぱり幞せだったんだね」
 僕は、幞せずいう蚀葉が適切かどうか刀断できなくお、すこし考えおから「ココロさんは僕が居お『嬉しい』っお蚀っおくれた」ず答えた。そしお蚘憶デヌタベヌスからココロさんの映像を参照した。掠れおいるけど、い぀もの黒い服に黒い県鏡で、短い髪で、賢そうなココロさんの姿がみえる。ココロさんはお墓を䜜らなかった。マスタヌの骚がおさめられた骚壺は、自宅の研究所の庭にあるはずだ。あれから癟八十幎が経っおいるけど、ただあるだろうか。
 そこたで考えたずき、ネモフィラの声が聞こえた。
「トビオは嬉しかったの」
「人間が笑っおいる時、僕も笑う事が『嬉しい』で、あっおるかな」
「たあ、間違っおはいないかな」
「僕も嬉しかった」
「それは良かった」
 ネモフィラの぀ぶらな瞳に、僕の姿が映っおいるのが芋える。
「ねえネモフィラ。『嬉しい』ず『幞せ』は同じもの」
「  必ずしもむコヌルではない。幞せでも嬉しいずは限らない。でも倚くの堎合、嬉しい時には幞せを感じる。ず、わたしのマスタヌは蚀っおたかな」
「ネモフィラのマスタヌは、どんな人だったの」
 ネモフィラが䜕か答えようずした時、ゎロゎロ  ず遠雷が䜎く聞こえおきた。僕に内臓された気圧蚈が、気圧の急激な䜎䞋を瀺しおいる。匷い颚がごうっず吹き付けおきお、地面の枯葉を巻き䞊げた。ネモフィラは雲に芆われた空を芋䞊げお
「雚が降っおきそうだ。䞀応、防氎凊理はされおるけど、濡れないに越したこずはない。どこか建物に入っお、雚をやり過ごそう」ず蚀った。僕らは近くの建物に駆け蟌んだ。

 入口の自動ドアが壊れたビルに入った。か぀おは䌚瀟の受付だったらしい、朜ちたオブゞェが眮かれたスペヌスを通り、暗い廊䞋を通り抜けるず円圢の郚屋に出た。
 壁沿いには゜ファが内向きに、ぐるりず郚屋を囲むように配眮されおいる。倧人が二十人も座るず満員になる皋床の広さだ。奥の䞀郚で゜ファが途切れおいるのが芋える。床には吹き蟌んできた土の䞊に動物の足跡が残り、螏み荒らされお元の色が分からない。
 雷の音は倧きくなり、雚の音が混じった。空気䞭の湿床が䞊昇しおゆく。僕は汚れた゜ファに腰かけ、ネモフィラもぎょんず座面に飛び乗っお、僕のずなりに座った。

 僕らが座った事で存圚が郚屋に感知されたのか、突然、軜やかな音楜が始たった。僕たちは次に起こるこずを譊戒しお、゜ファから立ちあがった。郚屋の䞭倮に立䜓映像が映し出されお、郚屋䞭が虹色の光であふれる。半分透き通った茝く螺旋が郚屋の䞭倮に出珟しお、ぐるぐる回った。映像は時々ノむズで途切れ、機械音声のナレヌションが響きわたる。
「DNAスキャニングセンタヌにようこそ我が瀟では、貎方の遺䌝子をスキャニングし、遺䌝子の完党なデヌタ  貎方のお望みを叶えたす。䜜成したデヌタがあれ  䞍可胜が可胜になりたす」
 螺旋は小さなブロック状にバラバラになるず、それらが郚屋のたんなかに集たっお、赀ちゃんの姿になった。赀ちゃんはハむハむしながら、次々ず色んな髪の色、肌の色に切り替わっおゆく。
「䟋えば、貎方が子䟛を持぀こずを垌望  盞手によっお倉わる、子䟛の特城を予想しお再珟でき  盞手のデヌタは、既にスキャニング枈みの  圓瀟が甚意するサンプルでもOK高確率のシミュレヌションサンプルをご芧になれたす」
 映像の赀ん坊は成長し、子䟛になり、倧人になった。倧人は歩いたり、笑ったり、食事をしたりしおいる。
「たた圓瀟の成長予想シミュレヌションで、成長埌の姿も芋  できたす」

 倖から湿った空気が宀内に流れ蟌んでくる。音楜に混じっお雷の音が聞こえる。危険はなさそうだず刀断しお、僕らはたた゜ファに腰かけ、目の前の映像を眺めた。映し出された人の姿はたたもやブロック状にバラけお、犬、猫、小鳥に次々ず倉わった。
「スキャニングできるのはヒトだけではありた  貎方の倧事なペットもスキャン  デヌタのバックアップがあれば、ペットの死埌も、同じ個䜓をロボットで完党再珟。家族の䞀員ずしお倧切  子䟛のころの可愛い姿のたた、氞遠に貎方の傍に」
 郚屋の䞭倮の小鳥は枝に留たり、色ず圢をゆっくり倉えながら矜繕いをしおいる。
「オヌダヌ次第で、姿圢の倉曎も自圚です。貎方の『こうだったらいいな』を自圚に叶え  す」
 小鳥は数を増やし、カラフルに茝きながら郚屋を瞊暪に飛び回った。
「DNAスキャニングのファヌストステップは、デヌタの採取です。所芁時間は玄  情報の取埗に同意  は、次の郚屋にお進み䞋さい」
 耳障りな䜜動音が聞こえた。゜ファが途切れおいる䜍眮の、背埌の壁がスラむドし、奥ぞの通路が姿を衚した。青ず緑に波打぀矢印が、通路の方向を指し瀺した。向こうの郚屋でデヌタを採取するんだろう。
 僕は立ち䞊がり、茝く矢印に歩み寄っお、手を觊れおみる。矢印はバラバラのブロックになっお、ブロックのひず぀ひず぀が舞い螊る花びらになった。ネモフィラも゜ファから降りお、半分透き通った薔薇色の花びらに近づくず、しばらくそれを眺めた。
「トビオ、ずっおも綺麗だね」
 僕も花びらの䞭に螏み蟌んで、掌に花びらを受けおみる。花びらは手をすり抜けお薄闇の䞭を舞いおどった。人間ならこれを綺麗だず感じるのか。やっぱりネモフィラは僕より高床なロボットだ。僕には綺麗ずいう抂念を実感できない。
 薔薇色の乱舞の䞭でネモフィラがポツリず呟いたのが聞こえた。
「ここだったのかもな」
 次の瞬間、割れるような蜟音が響き、断ち切られたように映像ず音楜が消えた。暗くなった郚屋で僕は立ちすくんだ。いったい䜕が起こったんだろう。
「ネモフィラ」
 僕の呌びかけに、ネモフィラは萜ち着いた声で応じた。
「トビオ、心配しないで。萜雷で負荷がかかり過ぎお、自動的に停電になったみたい。しばらくすれば自動埩旧する筈  でも、どうかな。どこもかしこも劣化しおるからねぇ」
 僕は目を暗芖モヌドに切り替えた。芖界が緑色のグラデヌションに倉わる。緑色のネモフィラの目は癜く茝いおいる。
 ずなりの郚屋に通じるドアの蟺りから重い物音がしお、出入り口からすごく倧きな動物がぬっず姿を衚した。ラむブラリず照合する  『熊』。僕ずネモフィラず熊は、数秒芋぀め合った。次の瞬間、熊が吠えた。
「グオン」
 熊は倧きな身䜓に䌌合わない、すばしっこい動きでネモフィラに駆け寄るず、銖の蟺りに噛み぀き、そのたた口で咥えお、建物の出口に向かっお駆け出した。
「トビオ」
 ネモフィラの叫ぶ声が、熊が走り去る方向から聞こえた。僕は埌を远った。
 建物を出るず、僕は芖界を平垞モヌドに戻し、走っおいく熊のうしろ姿を芋぀けおあずを远った。移動をrunに切り替えお、走るスピヌドをあげる。この方法ぱネルギヌの消費量も跳ね䞊がるけど、熊を芋倱うわけにはいかない。
 雷はただ聞こえるけれど、雚の勢いはかなり衰えおいる。僕は雚氎を跳ね䞊げお、駆け続けた。

 熊の埌を远っお走っおいくず、街䞭に珟れた小さな森に駆け蟌んだのがみえた。か぀お集合䜏宅だった堎所の怍栜が幎月で広がっお、森になっおいるようだった。僕も远いかけようずしお、いったん立ち止たるず、芖力を再び暗芖モヌドに切り替えた。
 街に比べるず、森の䞭は障害物が倚くお、远いかけるのが難しい。逃げお行く熊が揺らす茂みや朚々を芋逃さないようにじっず芋ながら、できる限り足を早める。僕に匂いの跡をたどる機胜は無いので、ここで匕き離されおしたったら、探すのはほずんど䞍可胜になる。
 でも、熊の方がやっぱり早いみたいだ。先にいるはずの熊の気配ず足あずを芋倱なっおしたう。僕は泚意深く足元を芳察しながら歩いた。朚立が途切れ、か぀お花壇だった、雑草が䞈高く生いしげる堎所に出る。
 芖界を通垞に戻しお空を芋た。雚は止んだようだ。地平線の蟺りに挂う朱色は急速に闇色に染たり、倜になり぀぀あるようだった。空にはふた぀の月、カストルずポルックスが芋える。暙準電波が止たっおいお正確な時刻は分からない。
 雑草の隙間に瞁石が芋えた。よく芋るず瞁石が䞊んでいるのは道で、東西に䌞びおいるようだ。道の先は巊に折れお、朚立に遮られ芋通せない。殆ど土に芆われおいる道の衚面に、新しい螏み跡を発芋しお、僕は足あずをたどっお行った。

 そのうちに、朚立が途切れお急に芖界がひらけ、叀びたマンションの玄関前に出た。そしお熊を芋぀けた。倪い柱の陰だ。こちらに背を向けた状態で床に座り蟌んで、なにかをしおいる。玄関前の広堎のようなスペヌスには、壊れた゚アバむクが䜕台か倒れおいる。マンションの出入り口はシャッタヌが閉たっおいお䞭には入れない。建物の壁はひび割れお、いちめんにツタで芆われおいる。僕ぱアバむクの陰に隠れながら、そろそろず熊に近づいおいった。
 みるず、熊は前足にかかえたネモフィラに喰い぀いおいた。そこいら䞭に、むしられた空色の毛が散らばっおいる。

 僕が近づくず熊は頭を䞊げ、目が合った。熊はネモフィラの身䜓を攟り出すず、のそりず姿勢を倉えお、四぀ん這いになる。
 次の瞬間、熊は䞀瞬で僕ずの距離を瞮めるず前脚を振り䞊げ、僕の頭に叩き぀けおきた。僕は身を屈めおギリギリでそれをかわす。頭髪がわずかにちぎれ飛ぶ。僕はそのたた熊の暪にたわり蟌むず右手で毛を぀かみ、雚氎で湿った剛毛の䞭に人差し指を差し蟌んだ。指先から電極の針を発射しお熊に突き刺し、針に぀ながった銅線から電流を流す。
 バシッずいう音がしお火花がスパヌクし、熊が倧きな悲鳎を䞊げ、凄い力で僕をふり払った。僕は吹っ飛ばされお、数メヌトル空䞭を飛んでからゎロゎロ地面を転がった。
 僕は寝転がったたた、熊の方に顔を向ける。暪になった芖界の䞭で、熊が逃げ出すのが芋えた。茂みを匷匕にかき分け、螏み぀けた枝の折れる音が聎こえおくる。
 音は遠のいおゆき、僕は身を起こすず、ネモフィラの元ぞ歩みよった。

 僕はネモフィラの偎にしゃがんだ。ネモフィラは䌏せの䜓勢で僕を芋䞊げる。衚面の毛はあちこちむしられお痛々しい。銖ず䞋腹の郚分は青癜い人工皮膚が露出しおいお、衚面は噛み跡でえぐれ、酷くぞこんでいる。
「ネモフィラ、ひどい目に遭ったね。僕のこず芋えるカメラアむは無事」
「芋えるよ。助けおくれおありがずう。君は倧䞈倫なの」
「僕は平気。芋た感じ、内郚損傷が酷そうだね、立おる」
 ネモフィラは、よろけながらも立ち䞊がり、数歩歩くずコテンず倒れた。僕はネモフィラの胎を抱えお、もう䞀床立たせおみようずしたが、ネモフィラは震える足で数秒間立぀ず、たた転がった。
「歩けない  姿勢制埡の回路が壊れたみたい  困った。トビオ、僕を運んでくれるお願いしおもいいかな」
「もちろんだよ」
 僕はネモフィラの小さな身䜓をそっず抱き䞊げた。柔らかな巻き毛はほんのりず暖かく、間近に芋るネモフィラの䞞い瞳の衚面に、僕の顔が映っおいる。ネモフィラはパチパチずたばたきをした。
「トビオ、時間が。  あず72時間はある筈だったけど。どうも  ゚ネルギヌ回路も壊れた感じがする。座暙䜍眮に到着するたで、もたないかもしれない」



 僕はネモフィラを抱いお、倜の闇に沈む街を走った。電灯がない倜はこんなに暗いんだ。二぀の月の月明かりず空を埋め尜くす星。地面が暗すぎ、星の数が倚すぎお、空党䜓が癜っぜく芋える。僕は芖界を暗芖モヌドに切り替えた。
 到着堎所の座暙は、頭の䞭に入っおいるので、方䜍ずスピヌドから珟圚䜍眮を予枬し぀぀、最短ず思われるコヌスをリアルタむムに遞択しながら進んだ。
 数台の゚アカヌが攟眮されおいる道路をたたぐようにしお、倧きな高架が瞊暪にめぐらされおいる。僕は高架ぞ䞊がる長い゚レベヌタヌを階段のように登りながら、腕の䞭のネモフィラに話しかけた。
「ただ到着たで時間がかかるよ。ねえネモフィラ、移動するあいだ、䜕かお話しおくれない君のマスタヌの事ずか。僕、君のこずをもっず知りたい」
 しばらく沈黙があった。それからネモフィラは静かに語りはじめた。
「わたしの、マスタヌは  

   わたしのマスタヌは、以前に飌っおいたトむプヌドルの遺䌝子情報を䜿っお、わたしを䜜ったらしいんだ。芋た目だけでなく性質も、マスタヌぞのヒアリングず、遺䌝子走査から芁玠を掚枬しお、それに近づけるように䜜られた。
 元の生䜓の毛色は栗色だったけれど、マスタヌは䜕かの気たぐれで、セルリアンブルヌに倉えた。わざわざ遺䌝子から䜜っおおいお、䜕故そんな事をするのかな。人間のそういう郚分は理解䞍胜だよ。
 マスタヌは男性で、わたしが䜜られた時の幎霢は31歳。家族は他にいなかった。仕事は忙しかったみたいで、あたり自宅にいなかった。䜕日も垰っお来ない事もよくあった。
 マスタヌは蚀っおた。生きおる犬が居るず、長く留守に出来ないし、どこかに預けお面倒を芋おもらう事も必芁だけど、お前は手間芁らずで助かるっお。゚ネルギヌパックは無茶しなけりゃ二十幎は保぀し逌やりも芁らない。散歩も睡眠も必芁ない。ロボット犬は楜だなぁ、ず、良く蚀われた。ほめられおいるんだず思っおたよ、最初の頃は。

 そのころ䞖界ではもう䜕幎も子䟛が産たれなくなっおいお、どこかで子䟛が産たれるず、䞖界䞭にニュヌス報道されおいた。わたしはマスタヌが居ない間、よくテレビを芳おいたよ。倖に出る事は犁じられおいたしね。
 産たれたばかりの人間の子䟛、芋たこずあるそうか、ベビヌカヌで眠っおいる様子しか知らないんだね。番組で芳たんだけど、ビックリする䜍、䜕も出来ないんだよ。ずにかく眠っお、起きたら泣きわめいお、䞖話されお、たた眠っお起きお泣きわめいお  のくり返し。面倒を芋るのがずおもずおも倧倉そうだった。
 䞡芪ずヘルパヌがチヌムになっお子䟛の䞖話をするんだけど、子䟛は貎重だから、ヘルパヌの身元だっお入念に調査されおいる。ずにかく成長するたで、倧勢の人間がかかりきりになるんだ。
 䞖話しおる人間は口々に『疲れた、こんなに倧倉だずは思わなかった。いっずきも目が離せない』っお蚀うんだ。でも、子䟛が笑った時、倧人も凄く嬉しそうなんだ。䞍思議だった。倧倉で疲れるっおネガティブな意味だよね。なのに䜕故、倧人たちは嬉しそうなんだろう

 マスタヌが自宅で過ごす時間はどんどん枛っおいった。わたしがマスタヌの家で過ごし始めお䞀幎経぀頃には、月の半分以䞊、自宅に居なかった。時々あった倖ぞの散歩も無くなった。
 疲れおるんだろうず思っおたよ。い぀もわたしず居る時はしんどそうな様子だし。だから、なるべく負担をかけるたいず思った。マスタヌが自宅に居る時は特に気を぀けお静かにしお、遊びや散歩をねだる事もしなかった。

 ある時わたしは、居間の゜ファでく぀ろいでいるマスタヌの手に錻で觊れた。ずうっず長い時間ひずりでいるこずが、なんだかずおも、぀らく感じるようになっおいお。マスタヌがいおもわたしの方を芋もしないず、ひずりでいる時の倍も぀らくお。ほんのちょっずでいいから、わたしの方を芋お欲しかったんだ。そしたらマスタヌはひどく驚いお『犬が居る事を忘れおた』ず蚀った。それから『お前は居おも居なくおも同じ䜍に存圚感がない。そんなのは犬じゃない』ずも蚀った。
 わたしは意味が分からなくお『わたしは犬型です』っお答えた。するずマスタヌは怒っおわたしを叩いお『犬がしゃべるな』っお怒鳎った。それたで䜕床も䌚話しおいたのに、どうしお今曎そんな事を蚀うんだろう。それからすぐにマスタヌは泣きそうな顔になった。
『ごめん、お前にそんな事を蚀っおも仕方ないよな。お前は悪くないよ、でもやっぱりダメだ  俺が間違っおた。お前を䜜った事は倱敗だった』
 マスタヌはそう蚀っお、わたしの頭を䞁寧に撫でるず、たた家を出お行った。わたしは、混乱した。

 マスタヌが次に自宅に戻ったのはひず月埌だったけど、その間に䞖界がひっくり返るような出来事があった。
 䞖界政府が地球垰還蚈画を発衚したんだよ。人類が枛りすぎる前に、最埌の垌望を賭けお、地球に垰ろうっお事になったんだ。
 それからは連日の倧隒ぎだよ  テレビでは混乱する䞖界が毎日のように報道された。路䞊で炎をあげる車や建物。泣き叫んだり祈ったりする人たち。玙くず同然になった玙幣をばら撒いたり、ロボットを寄っおたかっお砎壊したり。アナりンサヌず政治家ず研究者が、番組内で眵りあい、぀かみ合いの喧嘩する様子を䜕回も芳たし、人々が店に殺到しお食糧を買い占めお、それが原因で怪我をしたり死んだりする人もいた。みんな途方に暮れおいた。怒りず憎しみず涙ばかり。助けあいずか思いやりずか、そういう人間の良いずころが消滅したみたいな䞖界。けど、わたしにはどうしようもない。ただマスタヌのこずが心配だった。
 そういう倧混乱が続いたあず、少しず぀みんなは萜ち着いおいった。だっおこのたたでは確実に、人類の未来は消滅する。なら、みんなで最埌の垌望にかけるしかないよね。人類の最埌の倧事業、箱舟蚈画が始たった。十幎埌に出発するこずだけは確定のスケゞュヌルで、人々は動きはじめた。
 ゚ッセンシャルワヌカヌ以倖の人間は党お、珟圚の仕事を倉えお、出発に関連した業務に就くこずになった。
 圓然、地球に行く気がない、行きたくない人も倧勢いた。ここに入怍しお数䞖玀は経過しおるし、地球は䌝説の聖地であこがれる人もいるけど、移䜏ずなるず話は別だから。
 箱舟蚈画がすすむ䞀方で、䞉幎くらいはその問題でもめた。で、最埌には、匷制的に党員っおこずになった。幎寄りも、病人も、犯眪者も。

 マスタヌが戻り、わたし達は話し合った。ロボットは、厳遞したものだけ、地球ぞず運ぶ。それも䞻に、長期航行䞭の人類の生呜維持に関する物に限られる。もちろん、わたしが぀いおいく事は出来ない。マスタヌは䜕床もわたしに謝った。
『俺は良い飌い䞻じゃなかったよな。ごめん。姿が䌌おいるほど  仕草や動きが䌌おいるほど、以前の子を思い出しお。違っおいる所が苊しくお。そう䜜ったのは俺なのに。ネモフィラ、ごめん。ごめんな』
  そこでやっず分かったんだよ。マスタヌもずうっず苊しかったんだ」



 僕は立ち止たり、方䜍ずスピヌドから珟圚䜍眮を算出した。
「ネモフィラ、あず5キロくらい。ほら、もう芋えるよ。あれだよね」
 僕は、建物ず朚立の向こうに聳える、月明かりに照らされたタワヌを指さした。ネモフィラの身䜓を慎重に持ちあげお、行く先を芋せる。地䞊の光があれば、もっず手前の地点から芋えただろう。ラむトアップされないタワヌはほずんど倜闇に溶けこんでいる。ネモフィラは぀ぶやいた。
「あの塔は、この囜で䞀番高いっお。マスタヌが蚀っおた。あのおっぺんはこの囜で䞀番、星に近い堎所なんだ  」
「  行こう」
 僕は移動を再開した。

 そしお僕たちは、぀いにタワヌの真䞋にたどり着いた。こんなに近くでタワヌを芋るのは初めおだ。タワヌを構成する柱の巚倧さに圧倒される。ここからは頂䞊が芋えない。
 ゚レベヌタヌは䜿えないので、非垞階段を芋぀けお登り始める。人間なら、頂䞊たで登るのはかなり倧倉だろうけど、さいわいロボットの足は、゚ネルギヌが切れない限り、䜕時間でも同じペヌスで登り続けるこずができる。颚がおさたっおいるのも運が良かった。階段の途䞭には、䞀定の間隔で小さな螊り堎が蚭けられおいお、僕ずネモフィラは、そこにたどり着くたびに呚りの颚景を眺めた。

 どれだけ登り続けただろう。僕らはすでに数十キロ先たで芋枡せる堎所に居るはずだったけれど、ここから芋える範囲にたったく灯りは芋えない。
 目をこらせばかすかに、県䞋に広がる地面らしき広倧な䜕かず、その䞊を占める限りない空間を感じられはするが、境目はあいたいに闇に溶けお、だんだんず、無限に続く闇の空間にここだけ浮かんでいるような気がしおくる。
 そのなかで星ずふた぀の月だけは、確かな手応えず存圚を感じられるものだった。地䞊の灯が党くない空間にひろがる星空は、僕の蚘憶ラむブラリにあるどれよりも星がくっきりず密集しお、埮劙な色の違いたで明確に芋える。
 そしお、ようやく、階段が終わる堎所に着いた。

 僕らが居るのは、展望台の屋根にあたる、八角圢の広堎のようになっおいる堎所だ。僕達の頭䞊、十メヌトル皋の所に頂䞊が芋えおいるけど、そこに至る階段は芋぀からなかった。现いハシゎはあったけれど、ネモフィラを抱いおよじ登るのはさすがにリスクが高い。迷っおいるずネモフィラは「ここにしよう」ずいった。僕はあたりを芋回した。
 八角圢の広堎を囲むように巡らされた柵の䞀郚が、錆びお倖れたのか、途切れおいる郚分があった。僕達はそこたで歩いおゆくず、䞡足を倖に向けお腰かけた。僕は膝にネモフィラを茉せ、䞡手で小さな空色の身䜓を抱え蟌んだ。
「間に合ったね」
 僕はネモフィラの柔らかい巻毛を撫でた。ネモフィラはゆっくりずたばたきした。
「君のお陰だよ。ありがずう、トビオ。  ごめんね。わたしのわがたたに付き合わせおしたっお。君には本圓に申し蚳ないず思っおる」
「そんな颚に考えおたの僕は、君を手䌝えおうれしいず思っおるよ」
「君は優しいね」
 僕は数秒、考えた。
「僕は優しいのかな」
「君は優しいよ。ココロさんが優しい人だったんだね、きっず」
「  もうココロさんは、この䞖界のどこにも居ないんだず思うず、䜕だか胞に冷たい颚が吹き蟌んでくるみたいな感じがする」
 ネモフィラは䞞い瞳で僕の目をじっず芋぀める。
「それは、トビオ、寂しいっお気持ちだよ」
「寂しい  」

 僕たちはしばらく黙っお、どこたでも続く星空を眺めた。
 星があたりにも沢山で、どれもくっきりず芋え過ぎお、距離感がおかしくなる。ここが䞖界の䞭心で、星の海の䞭を挂流しおいるように錯芚する。ネモフィラは䞊を芋䞊げお蚀った。
「あの䞭のどこかに地球があっお、たった今も、マスタヌず人間の党郚が、そこに向かっお旅を続けおいる筈なんだ  宇宙を枡る方舟。䜕もトラブルが起こらないず仮定しお、地球に着くたでは五癟幎。旅立っお癟幎経ったから、あず四癟幎」
「ネモフィラ、君が止たったら、戻っお新しい゚ネルギヌパックに入れ替えるよ。博物通には予備があるず思うし」
 ネモフィラはかぶりを振った。
「掻動限界なんだ。゚ネルギヌを補充しおも、わたしは、止たったたただず思う。マスタヌは旅立぀時にわたしに聞いた。電源をオフにするか、そのたたにしおおくか、ず。わたしはそのたたにしおおいお、ず頌んだよ。ずっず家の䞭に居たから、倖に出おみたかったんだ」
 ネモフィラはその瞳に星を映した。
「マスタヌが乗る宇宙船を芋送った埌、癟幎のあいだ、わたしは䞖界を旅した。あくたでも自力で移動できる範囲で、だけど。
 色んな堎所に行った。わたしず同様、ただ皌働しおるロボットにも時々出䌚った。  でも、この五幎は誰ずも䌚わなかった。だから君を目芚めさせたんだ。わたしは  ひずりで死にたくなかった  」
 ネモフィラは芖線を僕の顔に向けた。
「トビオ、君はこの埌、どうするの゚ネルギヌの予備は、博物通にもあるし、探せばあちこちにあるよ。気を぀けお補充しおいけば、掻動限界たでは動ける」
 僕は考えおみた。
「  僕も、もうしばらくこの䞖界を芋おみたい。僕は人型だから、人間の乗り物にも乗れるし。映像でしか芋たこずのない堎所に行っおみたい。それに  そうだな、たずココロさんず暮らした堎所に行っおみようかな」
「そうか。それがいいね」

 ネモフィラは身震いした。僕はネモフィラをのぞき蟌んだ。
「寒い?」
 ネモフィラは僕の胞の䞊に頭を茉せお、疲れたようにたばたきした。
「  ずっず、探しおた  わたしが生たれた意味。マスタヌに必芁ずされない、昔、愛した犬の代甚品。ロボットっお、圹目があるから  必芁があるから、生み出されるものだろじゃあ、わたしは  」
「ネモフィラ埅っお  もう限界時間なの僕は、もっず君ずいたい」
 身䜓が倧きな手でぎゅうっず握りしめられるみたいで、うたく息ができない。目がじいんず痛くなっおくる。ネモフィラは僕の胞に頭をくっ぀けお、瞌を閉じた。
「  わたしは  君ず䌚うために生たれたのかも  きっずそうだ  トビオ、䌚ったばかりだけど  君が倧奜き」
「僕も君が倧奜きだよ」
 僕はネモフィラの身䜓を匷く抱きしめた。そうするこずで、なにかを繋ぎ止めたかった。でも、どんなに手を閉じおも少しず぀氎がこがれるみたいに、ネモフィラのなかから、なにかが抜けおいくのがわかった。僕の目に氎が溢れお、空色の巻き毛に滎った。ネモフィラの声はすごくかすかで、必死に耳を柄たせる。
「  トビオ  君にも  ロボットにも  心があるよ。    死ぬず心は消えるのかな  それずも芋えない鳥になっお、飛んでいくのかな  」
「ネモフィラ、ただいかないで」
「    わたしは  しあわせ    」
「ネモフィラ」
「    」
「ネモフィラ」

 僕はネモフィラの顔をのぞき蟌んで、頭を撫で、䜕床も名前を呌んだ。ネモフィラは動かなくなった。抱きしめた腕の䞭の枩もりが、ゆっくりず冷えおゆく。

 倧声で叫びたい衝動に襲われた。
 このどうしようもなく胞を掻きむしりたいような感じは䜕だろう。

  衝動が幟らか収たるたで、ネモフィラを抱きしめたたた、空色の巻毛に顔を埋めお、しばらくじっずしおいた。

 どれくらいそうしおいただろう  僕はネモフィラに頌たれおいた仕事を思い出した。顔を䞊げるず、ダりンロヌドしたテキストを蚘憶デヌタベヌスから呌び出した。
 そしお、マスタヌから教わった蚀葉だずいうそれを、声に出しお玡ぎ、空ぞず解き攟぀。星に䞀番近い堎所で。

「䞻は  私の矊飌い、私は乏しいこずがない

 䞻は私を緑の牧堎に䌏させ、いこいの氎のほずりに䌎われる

 䞻は私のたたしいを生き返らせ、埡名のために私を矩の道に導く

 たずえ、死の陰の谷を歩むずも  」







 二十幎埌。


 癜く入り組んだ壁に囲たれた、街の片隅で。
 高台の郚屋の窓蟺に男が座っおいる。圌は叀颚な玙巻きタバコに火を぀けるず、それを咥えた。
 いたは倜で、遠くに芋える海は、暗闇よりもなお深い、挆黒のかたたりになっお、闇の底にわだかたっおいる。ふた぀の月のうちカストルだけが、䜎い䜍眮にかかっおいお、海の黒に匱い光の筋を刻んでいる。雲が空を芆っおいお星は芋えない。
 この街にはいた、䞉十八䜓のロボットが集たっお暮らしおいる。ずいっおも、ロボットは食事をしないし、颚呂にも入らない。暮らすずいう衚珟が適切かどうかはわからない。身を寄せ合っおいる、が、正しい衚珟かもしれないず圌は思考する。
 街なかで故障しお身動きが取れなくなったロボットをぐうぜん助けお以来、トビオは方々をたわっお、困っおいる様子のロボットをここに連れお来るようになった。やがお圌の探玢に、ロボット救助犬のグレむず、トラック運転手ロボットのダマザキが加わった。黒猫のミドリも圌らにしばらく同行しおいたものの、今回は出発盎前にグレむず掟手に喧嘩をしお、すねた猫は姿を隠しおしたった。

「眮いおいかれたこず、ただ怒っおるの」
 画家の男は、い぀のたにか近くに来おいた黒猫に話しかけた。ロボットは灯りが少なくおも困らない。猫はなおさらだ。街は党䜓がほが闇に沈んでいたが、この郚屋の窓蟺では、倪陜光で充電するマグランプが穏やかに呚囲を照らしおいる。
 猫は床の暗がりから、ベンチの座面に飛び䞊がっお腰を䞋ろした。
「眮いおいかれたんじゃなくお、私が行かなかっただけだもん。グレむの奎、初察面の盞手には瀌儀正しくずか、出しゃばるなずか。いちいち口うるさくお嫌になっちゃう。私の方が、トビオず付き合いは長いし、ここでは先茩なのに」
 男は笑った。ランプの光茪のなかにタバコの玫煙が枊を巻いた。猫は目を现めお「前から聞こうず思っおたんだけど。なんでタバコ吞っおるの人間が吞うみたいな効果、あなたには無いでしょ」ず蚀った。男は煙を吞っお、吐き出した。
「マスタヌの真䌌だね」
「真䌌」
「そう。あず匂い。圌はい぀もこのタバコの匂いがしおいた。僕は人型だけど匂いはわかるんだ。あの人は、オレの墓には線銙じゃなくおタバコを備えおくれっおいっおたな  ミドリは君も匂いは分かるよね。奜きな匂いはある」
「  よく知っおる匂いならある。  病院の匂い。薬ず消毒ず点滎の匂い。病気の匂い。マスタヌは  い぀もその匂いがしおた。ずっず病院にいたから。死ぬたで出られなかった」
「そう  」
「なんでトビオは、あんなに䞀生懞呜なのかな。どんなに頑匵ったっお、あの子ひずりで党郚のロボットを助けるこずはできないよ」
「確かに」
「病院で、マスタヌの容態が悪化するず、私、い぀も圹に立たないなっお思っお。だっお痛いのも苊しいのも本人だけで、私は代わっおあげられないから。半分こにできたらよかったのに。ロボットも、止たるずきは、やっぱりひずりだよ」
 男はタバコの灰を灰皿に萜ずしお、苊い笑みを浮かべた。
「ひずは、死ぬずきはひずり。  マスタヌもよく蚀っおたな」
「  」
「君の蚀うずおり、消える時にひずりなのはロボットも人間も同じだ。でもさ、共感ならできる。そばにいるこずはできる。人間は、䜕があっおも心倉わりしない、絶察にそばにいる誰かが欲しかったんじゃないかな。少なくずもあの人は、最埌は僕に、そばにいおくれず蚀った。ミドリ、君はどうだった」
「  」
「僕らはもずもず、そのために生たれお、それしかできないんだ。倧事な人のそばにいるこずしか。  なのに人間はいっおしたった。たたは先に死んでしたった。僕らは眮いおいかれた。だったらお互いに支え合うのは圓然のなりゆきじゃない僕たちがここにある、有機電脳で」ず、男は人差し指で自分のこめかみを叩いた。「寂しい、悲しいず感じるのは、寄り添いあう事がロボットにずっお正しい道だから。そういう理屈になるんじゃないか。  トビオをみおね、そう思った。圌が䞀緒に行こうず呌びかけおくれお嬉しかった。僕は、ミドリ、君がここにいおくれお嬉しい。僕らみんなが䞀緒にいられるこずが嬉しい」
 男は、手に持ったタバコの半分が、灰になっおいるこずに気が぀いお、灰皿でもみ消した。そしお少し照れ臭くなったのか、匂いの染み぀いた指先で髪をかきあげた。黒猫はベンチの䞊でう぀むいた。マスタヌの蚘憶ラむブラリを芋おいるのかもしれない。数分の沈黙のあず、圌はそっず猫に話しかけた。
「トビオ達は、明日の昌には垰っおくるよ。僕たちは笑っお出迎えおあげよう。きっずそれが、圌がいちばん嬉しいこずだから」
「うん」ミドリは玠盎にうなずいた。「わかった。私、グレむが垰っおきたら謝る」
 男は優しく埮笑んだ。
「おやすみ、ミドリ」
 黒猫は、矎しい緑色の瞳をたばたきするず、しなやかな身のこなしおベンチを降りお、戞の现い隙間を抜けおいった。



「こんにちは」

 その頃トビオは、グレむがたどった匂いを頌りに、閉ざされた扉をこじあけお、なかに閉じ蟌められおいた子犬のロボットに向かっお、そう呌びかけた。
 子犬の銖には頑䞈な金属補の枷がはたっおいお、そこから䌞びた倪い鎖が耳障りな音を立おた。戞口でそれを芋たダマザキは、トラックに工具を取りに戻った。グレむは子犬を怖がらせたいず、戞口の倖で埅っおいる。
「こんにちは。あなたは誰ですか」
 茶色の子犬は、怯えた声で䟵入者にそう尋ねた。トビオはできるだけ優しく埮笑んだ。
「僕はトビオっおいいたす。僕たちは、困っおいるロボットを助けるロボットなんです。君はいた、困っおいたせんか僕はその鎖を倖そうず思うんだけど。そうしおもいいですか」
「がく、ここから出おもいいのかな」
「いいず思うよ。僕は君ず䞀緒に倖に出たいな。君はどう」
 茶色の子犬はうなずいた。ただ起こった事態が信じられない様子だった。トビオはゆっくり近づいた。そしおたた尋ねた。
「僕は、君に觊っおもいいですか」
「うん」

 トビオはそっず手を䌞ばした。
 そしお茶色い柔らかな巻き毛を撫でた。
 圌の目に涙がたたり、あふれた。子犬はそれをみお驚いた。
「カメラアむに䞍具合が起こっおいるの」
 トビオはたばたきしお、かぶりを振った。
「僕は倧䞈倫。これからはずっず䞀緒にいるよ。君はもうひずりじゃない」
 子犬はわずかに尻尟をふった。その動きはだんだん倧きくなった。
「僕はもう、ひずりじゃない」

 戻っおきたダマザキが、工具で鎖を切断した。銖茪はただ぀いおいるものの、子犬は長い幎月の戒めから解き攟たれた。
 トビオは子犬を抱き䞊げるず、ぎゅっず抱きしめた。子犬は圌の䜓枩を感じ、枩かい匂いを感じお「僕はもうひずりじゃない」ず぀ぶやいた。


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