
不倫2年生、「婚外恋愛界隈」が苦手である
不倫を始めて2年目。
いわゆる「婚外恋愛界隈」が苦手である。
「婚外恋愛」そのものが苦手なのではない。
婚外恋愛界隈で共有されがちな、「不倫恋愛の様式美」が嫌いだ。
「家庭では満たされない女(男)の自分」
「ツインレイに出会ってしまった」
「会えない時間に愛を育んでいる」
「これが最初で最後の恋かもしれない」
「いつか一緒になれたら……」
…いや、そもそも既婚者アプリで出会ってますよね?
運命の出会いちゃうねん。
アルゴリズムと検索条件とタイミングや。
利害が一致してるからやりやすいのは理解する。
しかし、不倫の始まりなんて、たかが性欲や好奇心の延長であることも多いのに、いちいち周辺感情を盛りすぎで胸焼けする。
実際に関係を重ねるうちに情が深まるケースもあったが、情があることと、その関係を美化することは別である。
私が特に苦手なのは、不倫する理由に「不幸な家庭」を必要とする空気だ。
夫に女として見てもらえない。
妻とはもう家族でしかない。
家庭では孤独だった。
だから、あなたに出会った。
……それ、ホンマに全部つながってると思う?
夫婦関係に問題があることと、外の人間を好きになることは別の話だ。
自分の欲望を引き受ける代わりに、配偶者を悪役にして辻褄を合わせ始めると、途端に「私たちの愛には意味がある」という物語が必要になる。
別にそこに意味なんかなくてもいい。
好きなら好き、欲しいなら欲しい。
その代わり、自分で選んだことくらい自分で引き受けたらええやん。
せっかく自分で選んだ不倫なら、悲劇の主人公になるより、せめて楽しめよ。
「好き」という感情が育ったとしても、「好きだから全部欲しい」なんて寝言を言う前に、好きだからこそ現実との境界線を見定める方がはるかに大事。
制約のある関係だからこそ、感情を特別なものとして意味づける人が多いが、逆だ。
感情が出てきたときこそ、過度な意味付けは禁物。
「お互い成人同士、話が早くてよろしい」にとどめておけるうちはまだ良い。
「恋愛物語」に加工し始めるからドツボにハマるのである。
夫婦関係で拗らせたことを、相手を替えてまだやんの?と思うこともある。
「不倫は文化」なんて、死語でっせ。
なお、「利害の一致」が実はめちゃくちゃ割に合わないことに気づいたので、現在の相手は独身に限定している。めちゃくちゃ楽だ。