
TO ZION 改稿版|第03話「襲撃」
※この作品は連載小説です。
はじめて読む方は、第1話または目次からどうぞ。
▶ 第1話「プロローグ」
▶ 目次
【チャプター1 イメージ映像】
週末のラブホテル街に、一台のハイエースが停まった。白い車体は少し汚れている。エンジン音が消えるより早く、スライドドアが開いた。中から、大柄な男たちが次々に降りてくる。全員、黒い服を着ていた。ただし、揃いの制服というほど整ってはいない。ひとりは安いスニーカー。ひとりは作業靴。ひとりはサイズの合っていないパーカーの裾を気にしている。だが、背中には同じ文字が白く刷られていた。バットケースを肩にかけた男もいる。
通りを歩いていたカップルが、一瞬だけそちらを見た。男はすぐに目を逸らし、女の肩を抱く手に力を入れた。酔った客が笑いながら避ける。スマホを見ていた女が顔を上げ、すぐ画面に戻す。
誰も、立ち止まらなかった。この街では、見ない方がいいものを見ない技術だけが、嫌に発達している。
男たちは、言葉少なに歩き出した。大きな声は出さない。足音だけが路面を叩く。先頭の男が周囲を見回した。目つきは鈍いが、進む方向に迷いはない。
路地の角を曲がる。ネオンが男たちの黒い服を薄く色づけた。ビルの前まで来たところで、先頭の男が足を止めた。築年数の浅い建物だった。正面のシャッターは閉まっている。その横に、地下へ降りる階段が口を開けていた。
階段の上には、スーツ姿の男が二人立っている。どちらも体格がいい。一人はトランシーバーを手にしていた。もう一人は、階段下の暗がりに目を向けている。
先頭の男が、ほんの少し顎を動かした。それだけで、後ろの男たちが一斉に懐へ手を入れた。黒い布。目出し帽だった。慣れた手つきで被る者もいれば、耳に引っかけてもたつく者もいる。
誰かが小さく舌打ちした。それでも、全員が顔を隠し終えるまでに、十秒とかからなかった。
バットケースのファスナーが開く。中から出てきたのは、バットではなかった。鉄パイプだった。
男の一人が、パイプの端を手のひらで軽く叩いた。乾いた音が鳴る。その音で、集団の空気が変わった。先ほどまでの無言とは違う。熱が上がり、息が荒くなる。誰かの喉から、笑いとも咳ともつかない音が漏れた。
スーツの男が、それに気づいた。トランシーバーを持つ手が上がる。
「おい、何だお前ら」
その声が終わる前に、黒づくめの集団が走り出した。階段前の狭い歩道に靴音が重なった。トランシーバーの男が何かを叫ぼうとする。鉄パイプが横から振るわれた。
カン、と高い音がした。金属が骨に当たる音なのか、手すりに弾けた音なのか分からなかった。スーツの男は声を失い、膝から崩れた。トランシーバーが床に落ちる。無線のノイズが、割れた虫の声のように鳴った。
もう一人のスーツが後ずさる。階段の縁に踵がかかった。体勢が崩れる。そこへ二人がかりで男たちが詰めた。一人が腕を押さえる。もう一人が腹を蹴る。息が詰まる音がした。スーツの男は手すりを掴もうとしたが、指が空を切った。三発目で動きが止まった。
「行け」
誰かが短く言った。黒づくめの男たちは、倒れた二人をまたいで階段を駆け下りた。地下へ続く階段には、低い音が漏れていた。扉の向こうから、音楽と人の声が薄く滲んでいる。
頑丈そうな扉があった。先頭の男が取っ手を引くが開かない。鍵がかかっている。男たちは騒がなかった。分かっていたようにその場で待った。一分にも満たない時間だった。
けれど、階段の上から落ちてくるネオンの光が、やけに遠くに見えた。ほどなくして、扉の内側で金具の動く音がした。鍵が外れて、扉が細く開いた。
中から一人の男が顔を覗かせた。夜の街で遊んでいそうな男だった。髪も服も、それなりに整っている。だが、これといった特徴がない。すれ違っても、二分後には顔を思い出せなくなるような男だった。
男は、階段に倒れているスーツたちを見ようとしなかった。ただ、黒づくめの集団に目配せをした。それから、自分の体を横にずらした。責任だけをかわすような動きだった。
先頭の男が扉を押し開ける。音が、一気に大きくなった。酒の匂い。汗の匂い。低音。笑い声。誰かの悲鳴。
「うぉらぁぁぁあ!」
獣のような叫び声が、地下の店内へ叩き込まれた。黒づくめの男たちが雪崩れ込む。鉄パイプが照明を弾いた。グラスが割れる。誰かが転ぶ。音楽が乱れる。
悲鳴が響く。
先頭の男の背中が、入口の光を受けて浮かび上がった。黒い布地に、白い楷書体の文字が刷られている。
『日本人のための日本』
その文字を背負った男たちは、迷いなく店の奥へ突っ込んでいった。