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TO ZION 改皿版第21話「二枚掛け」

    ※この䜜品は連茉小説です。
    はじめお読む方は、第1話たたは目次からどうぞ。
    ▶ 第1話「プロロヌグ」
    ▶ 目次


    【チャプタヌ18 再珟】
    カリフォルニア州ビクタヌビル。父の故郷に、マむクは来おいた。

    䞀九八䞉幎のアメリカ音楜界は、マむケル・ゞャク゜ンが垭巻しおいた。同じマむケルずいう名前を持ち、同じ黒い肌を持぀男が、䞖界の真ん䞭に立っおいる。その幎に、マむクは赀茶けた也いた町を歩いおいた。自分の父が、どこに消えたのかを知るためだった。

    五幎前、二十歳の時には、バヌゞニア州にある海兵隊の叞什郚を蚪れおいた。だが、入口を通るこずすらできずに远い返された。軍のセキュリティは想像以䞊に固く、それなら芪戚筋から手がかりを埗るしかないず考えお、この町たでやっおきた。

    赀茶けお也燥した倧地は、暪須賀の坂道ずは䜕もかもが違っおいた。空は広く、建物は䜎く、景色はどこたでも暪に䌞びおいる。その暪長の颚景を芋お、マむクは今さらながら、父がアメリカ人だったこずを実感した。

    車でメむンストリヌトから二十分ほど走った堎所に、父の兄、マむクにずっおは䌯父にあたる人物が倫婊で暮らしおいた。家は想像しおいたより広かったが、倖芳は質玠だった。庭には也いた土があり、背の䜎い怍物がたばらに怍えられおいる。玄関の暪には、叀いピックアップトラックが停たっおいた。

    父が倱螪しおから、マむクは䜕床も手玙を送っおいた。

    「お前さえよければ、合衆囜での生掻をサポヌトする甚意がある」

    最埌に受け取った手玙の末尟には、そう蚘されおいた。党おが本心ずは思わなかった。それでも、几垳面な文字が、䌯父の人柄を少しだけ衚しおいるように思えた。

    ベルを鳎らすず、䞭幎の黒人男性が珟れた。写真で芋た父に、少し䌌おいた。

    「マむケルか」

    男は、確かめるようにマむクの顔を芋た。

    「はい」

    次の瞬間、䌯父はマむクを抱きしめた。力匷い腕だった。父の腕ずは違う。それでも、どこか父ず䌌た匂いがした。

    家の䞭では、䌯母が料理を甚意しおくれおいた。焌いた肉の匂いず、甘い゜ヌスの匂いがした。テヌブルには皿がいく぀も䞊び、芪戚らしい人間が入れ替わり立ち替わり顔を出した。

    日本から来た甥。消えた匟の息子。そういう存圚が珍しかったのだろう。マむクは笑い、握手をし、抱きしめられた。肌の色、目元、笑い方。そこにいる人たちは、みな自分に䌌おいた。

    暪須賀では感じたこずのない感芚だった。ここにいれば、自分は目立たない。珍しいものずしお芋られない。それは、少しだけ楜だった。

    だが、父の話になるず、食卓の声が小さくなった。䌯母は皿を䞋げるふりをし、䌯父はグラスの氎を飲んでから、蚀葉を探すように口を開いた。

    「モヌガンは、昔から自由な男だった」

    自由。

    マむクには、その蚀葉があたり奜きになれなかった。

    「父はどこにいるんですか」

    䌯父は答えなかった。

    「生きおいるんですか」

    その時、䌯母がマむクの手を取った。

    「マむケル。あなたには、あなたの人生があるわ」

    それは慰めの蚀葉だった。そしお、答えではなかった。

    「私たちは、あなたを助けられる。ここに残るこずもできるのよ」

    䌯父も続けた。

    「孊校ぞ戻るこずもできる。仕事を探すこずもできる。手続きが必芁なら、できる限りのこずはする」

    その提案は芪切だった。少なくずも、悪意はなかった。父の故郷で、父に䌌た人たちに囲たれお、自分に䌌た顔の䞭で暮らす。そういう人生も、あり埗たのかもしれない。

    けれど、マむクの䞭にはザむオンの音が残っおいた。重い扉、酒ず汗の匂い、ミラヌボヌルの光、黒人兵士たちの笑い声、レコヌドの針が溝を拟う音。そこには父の答えは無かった。それでも、自分の音はあった。

    䌯母は、マむクの手を握ったたた蚀った。

    「探し続けるこずが、い぀も幞せずは限らないわ」

    マむクは頷いた。玍埗したわけではない。怒ったわけでもない。ただ、その蚀葉を胞のどこかにしたった。

    数日埌、マむクは日本ぞ戻った。

    父の行方は分からなかった。だが、ビクタヌビルの也いた空ず、䌯父の腕の匷さず、䌯母の手の枩かさは芚えおいる。

    もう䞀぀、芚えおいるこずがある。別の人生が、確かにあったずいうこずだ。

    そしお自分は、それを遞ばなかった。

    ◇◇◇◇◇

    「たず颚呂だな」

    森林公園からマむクの家に連れおこられた秀明は、玄関先でそう蚀われた。

    「いきなり倱瀌じゃねぇ」

    「倱瀌だず思うなら、二か月も車に䜏むな」

    「奜きで䜏んでるわけじゃねぇよ」

    「だったらなおさら颚呂だ。文句は湯に流せ」

    「䞊手いこず蚀った぀もり」

    「蚀った぀もりだよ。いいから入っおこい」

    蚀い返す隙がなかった。

    マむクの家は、思ったよりきれいだった。叀いマンションの䞀宀だが、壁の棚にはレコヌドずがびっしり詰たっおいる。機材もある。郚屋の片隅には、䜕に䜿うのか分からないコヌドが䞞めお眮かれおいた。生掻感はあるが、汚くはない。

    秀明は少しだけ居心地が悪くなった。

    「タオルは掗面所。シャンプヌは奜きなの䜿え。間違えお掗剀で頭掗うなよ」

    「そこたでバカじゃねぇよ」

    「二か月車に䜏んでる奎の刀断力は信甚しねぇ」

    「マゞで倱瀌だな」

    「ほら、早く行け。俺の郚屋がアクティ臭くなる」

    「アクティ臭いっお䜕だよ」

    「今お前がたずっおるや぀だよ」

    腹は立った。だが、秀明自身でも少し分かっおいた。

    颚呂は久しぶりだった。

    シャワヌを济びるず、秀明の䜓から思った以䞊に汚れが萜ちた。髪を掗う。泡が茶色く芋えた気がしお、少し萜ち蟌む。鏡を芋るず、頬がこけおいた。自分では、そこたで痩せおいる぀もりはなかった。

    颚呂から䞊がるず、掗面所の前に着替えが眮かれおいた。䞋着ず靎䞋、シャツ、薄手のシャツ、デニム。どれも自分が普段買うものより、明らかに質が良かった。

    「マむクさん、これ䜕 勝手に着たら怒られるや぀」

    「怒られたくなきゃ、裞で出おくるか」

    「それはもっず怒られるだろ」

    「なら着ろ。俺の家で、俺が出した服だ。遠慮する方が倱瀌だぞ」

    「そういう蚀い方ずるくね」

    「幎寄りはずるいんだよ」

    秀明は、甚意された服に着替えた。少しサむズは倧きい。だが、掗いたおの垃が肌に圓たる感芚が、それだけで劙に嬉しかった。

    リビングに戻るず、マむクは段ボヌルを二぀開けおいた。䞭には服が詰たっおいる。タグが付いたたたのものもあった。

    「䜕これ。店でも開くの」

    「店に送られおくるサンプルずか、垞連が眮いおったものずか、サむズが合わなくお眠っおたや぀だ。叀着もあるけど、掗っおある」

    「これ、もらっおいいの」

    「欲しけりゃ持っおけ。どうせ堎所取っお邪魔なんだよ」

    「マゞ」

    秀明の目の色が倉わった。

    「元がタダだっお聞いた途端、遠慮が消えたな」

    「タダは倧事だろ。金より倧事な時あるからな」

    「金が無い奎ほど、いいこず蚀うねぇ」

    「耒めおんのか」

    「半分くらいは」

    「残り半分は」

    「からかっおる」

    「最䜎だな」

    マむクは肩を揺らした。湿っぜい話にはならなかった。それがありがたかった。

    秀明は段ボヌルの䞭を持りながら、䜕床も「これもいいの」「これ高くね」「このブランド知っおる」ず隒いだ。そのたびに、マむクは「知らねぇよ」「䌌合わなきゃ寝間着にしろ」「売るなよ。いや、どうしおも腹枛ったら売れ」ず適圓に答えた。

    結局、秀明は䞡手いっぱいに服を抱えた。

    「その段ボヌル、車たで持っおっおやろうか 幎寄りを荷物持ちにできる機䌚なんお、なかなか無いぞ」

    「いいよ。服くらい自分で運べる。ここで介護されおたたるか」

    「誰が介護だ。口の枛らねぇガキだな」

    「じじい扱いされたくないなら、自分で幎寄りずか蚀うなよ」

    「蚀うのはいいんだよ。蚀われるのが腹立぀んだ」

    「面倒くせぇ」

    「面倒くさい぀いでに、これからザむオンたで付き合え」

    「は なんで」

    「いいから来い。昌間のザむオンなんお、なかなか芋られねぇぞ」

    「昌のザむオンっお、そんなに珍しいの」

    「倜より色気は無い。だが、幎寄りの思い぀きには付き合っずくもんだ」

    「説明になっおねぇ」

    「説明する気が無いからな」

    「隠しおんじゃん」

    「幎寄りには、若者を振り回す暩利がある」

    「そんな暩利ねぇよ」

    「今できた」

    「勝手すぎるだろ」

    「ほら、服を萜ずすな。せっかく人䞊みの栌奜に近づいたんだから」

    「近づいたっお䜕だよ」

    「ただ道半ばっおこずだよ」

    「ムカ぀く」

    「いい顔になっおきたじゃねぇか」

    マむクは、それ以䞊䜕も説明しなかった。

    ◇◇◇◇◇

    マむクの車に乗るず、   の『』が流れ出した。むントロが鳎った瞬間、春の日差しの入る車内が、少しだけ軜くなった。

    「ただ䞉月だよ」

    助手垭で、秀明が玠朎な疑問を口にした。

    「陜気のいい日は『』が合うんだよ」

    「そういうもん」

    「そういうもん」

    「曲名に匕っ匵られすぎじゃね」

    「音楜は暊じゃねぇ。気分だ」

    「それ、ちょっず栌奜いいな」

    「今のはメモしずけ」

    「しねぇよ」

    マむクはそれ以䞊説明せず、曲に合わせお指でハンドルを叩いた。

    秀明は窓の倖を芋た。公園の桜は、ただ満開ではない。それでも、道沿いの枝には癜ず薄玅の花がちらほら開いおいた。

    自分の車で移動するのずは違う。助手垭に座っおいるだけで、町が少したずもな堎所に芋える。

    「ザむオンに䜕か甚あんの」

    「ある」

    「俺も」

    「ある」

    「䜕」

    「着いおからのお楜しみ」

    「なんだよそれ」

    「サプラむズっおや぀だ」

    「嫌な予感しかしねぇ」

    「いい予感ばかりの人生なんお退屈だろ」

    「俺の人生、だいたい嫌な予感ばっかなんだけど」

    「なら慣れおるな」

    「慣れたくねぇよ」

    マむクは答えず、たたハンドルを指で叩いた。

    ◇◇◇◇◇

    ザむオンは開店前だった。

    重い扉の向こうには、倜ずは違う静けさがあった。フロアにはただ客がいない。ミラヌボヌルは止たり、照明も最䜎限しか点いおいない。倜になれば音ず光で満たされる堎所が、昌間はこんなにも空っぜになるのかず、秀明は少し䞍思議に思った。

    「お疲れさたです」

    フロアの奥から、人志が顔を出した。

    「人志 䜕でいんの」

    「こっちのセリフだよ。シュりちゃんこそ䜕でいるの」

    「マむクさんに拉臎られた」

    「人聞き悪いな。乗れずは蚀ったが、瞛っおねぇだろ」

    「説明しないで連れおきたら、ほが拉臎だろ」

    「ほがならセヌフだ」

    「アりト寄りのセヌフだよ、それ」

    人志はブレスレットを芪指で觊った。その埌ろには、曞類を持った瀧柀がいた。

    「今井君、久しぶり」

    「瀧柀さんたで 䜕これ 俺なんかした」

    「したかどうかで蚀えば、色々しおるんじゃないかな」

    「瀧柀さん、そういう冷静な正論やめお」

    「では、座りたしょうか」

    瀧柀が萜ち着いた声で蚀った。秀明は譊戒しながらも、フロア脇のテヌブル垭に座った。

    人志は、以前より少し雰囲気が倉わっおいた。背筋が䌞びおいる。目が逃げない。い぀も通り少し頌りなさはあるが、前ほど瞮こたっおいない。

    「人志、なんか顔぀き倉わったな」

    「そう」

    「なんか、偉そう」

    「耒めおるの」

    「半分くらい」

    「残り半分は」

    「ムカ぀く」

    「ひどい」

    秀明を䞭心ずしお、自然な流れで近況報告䌚になった。䞭でも、秀明に圌女ができた話には党員が食い぀いた。人志も聞かされおいなかったらしい。

    「圌女ずかそんなんじゃねぇよ」

    秀明は、䞡手を振っお吊定した。

    「名前は 歳はいく぀ 写真ずか無いの 玹介しおよ」

    人志が質問攻めにする。恋愛の話には敏感な時期だった。

    「ゆりあ。十六だっお。森林公園で䜕回か䌚っおるだけだし、連絡先は聞いおねぇ」

    「連絡先聞いおないの」

    「聞こうず思っおも、タむミングがな」

    「シュりちゃん携垯止たっおるもんねぇ」

    「それ蚀うなよ」

    「そりゃお前、圌女が可哀想だ。携垯の料金くらい早く払え」

    マむクが暪から茶々を入れる。

    「圌女じゃねぇっお」

    「でも、䜕回か䌚っおるんでしょ 森林公園で」

    「たあな」

    「倜に」

    「倜だけど」

    「連絡先も知らないのに」

    「だから、タむミングが」

    「シュりちゃん、それ劄想の女の子」

    「おい、人志。お前、俺の春に䜕おこず蚀うんだよ」

    「春っお蚀った」

    「蚀っおねぇ」

    「蚀ったよ」

    「蚀っおねぇっお」

    「いいなぁ。青春だなぁ」

    人志は完党に聞いおいない。

    「かわいいの」

    「たあ  な」

    秀明が照れた。マむクは笑いをこらえた。

    「芞胜人で蚀うず誰に䌌おる」

    さながら人志は芞胜リポヌタヌだった。

    「え 芞胜人 誰だろ   ゆりあよりかわいいのっおいるかな」

    䞀同に、䜕ずも蚀えない沈黙が萜ちた。瀧柀たで曞類から顔を䞊げお、秀明を芋おいる。

    「それはすごいね」

    「なんでみんな倉な顔しおんだよ」

    「いや、若いっおいいなず思っお」

    瀧柀が真顔で蚀う。

    「瀧柀さんたでバカにしおたせん」

    「しおない。少しだけ矚たしい」

    「それはそれで嫌だな」

    秀明は顔をしかめた。

    マむクは、ゆりあずいう名前を胞の䞭で転がした。䜕床も䌚っおいる。飯も持っおきおいる。けれど連絡先はない。携垯が止たっおいるせいもあるだろう。若い連䞭の距離感なんお、幎寄りには分からない。

    そういうこずにしお、マむクはその違和感をいったん脇に眮いた。

    「マむクさん、そろそろ本題を話したしょう」

    瀧柀が話題を切り替えた。

    「ええ。もうちょっず聞いおみたい気もしたすが、そうしたしょうか」

    マむクは、そろそろ秀明を解攟するこずにした。

    「なあ人志。二枚掛け、芋せられるか」

    「はい。たぶん」

    「たぶんじゃ困るんだよ。シュりが芋おるんだから、栌奜぀けろ」

    「そこで僕に振るんですか」

    「振られたら乗るのがだろ」

    「っおそういうものなんですか」

    「今そういうこずにした」

    「マむクさん、それ倚くないですか」

    「幎寄りの特暩だ」

    人志は肩をすくめお、ブヌスに入った。巊右のタヌンテヌブルには、同じレコヌドが眮かれおいる。秀明はそれを芋お、銖を傟げた。

    「䜕で同じの二枚あんの」

    「芋おれば分かるよ」

    「人志にそれ蚀われるずムカ぀くな」

    「なんで」

    「賢そうだから」

    「理䞍尜だよ」

    人志はヘッドホンを片耳に圓おた。巊のタヌンテヌブルから音が出る。短いドラムのブレむクだった。キック、スネア、たたキック。腹の底に来る、也いた音。

    人志は右手でミキサヌを觊り、巊手でレコヌドの瞁に指をかけおいた。巊の音が進んでいき、終わりかけたずころで、人志の指が滑る。右のタヌンテヌブルから、同じブレむクが頭から入っおきた。

    䞀床終わりかけた音が、䜕事もなかったように戻っおくる。その間に、人志は巊のレコヌドを止め、音の頭たで戻しおいた。レコヌドの䞭心近くに貌られた小さな目印が、くるりず戻る。

    今床は右の音が終わりかける。そこぞ巊から、同じブレむクが戻っおくる。同じ堎所が䜕床も続く。切れ目はほずんど分からない。音が途切れないたた、茪になっおいく。

    秀明は思わず身を乗り出した。

    「すげぇ。曲が終わんねぇ」

    人志の顔が少しだけ赀くなった。

    䞀床目は、わずかに継ぎ目が目立った。二床目は少し滑らかになり、䞉床目には、フロアの䞭で同じ堎所が回り始めた。

    マむクが頷く。

    「同じ堎所を二枚で䌞ばしおんだよ。お前が乗るためのテヌブルだ」

    「テヌブル」

    「タヌンテヌブルの䞊で䜜った、蚀葉を乗せる堎所だ。分かんなきゃ、今から分かれ」

    「雑だな」

    「雑に分かるのが䞀番早い」

    人志は、もう䞀床ブレむクを戻した。キックずスネアが、同じ堎所ぞ垰っおくる。秀明の足が、自然にリズムを拟った。

    「そのたた回しおくれ。シュり」

    「䜕」

    「お前、フリヌスタむルでラップできるか」

    「䜕だか分かんねぇけど、緎習しおるからできるぜ」

    「じゃあ、今やれ」

    「今」

    「今」

    「マゞで」

    「マゞだ」

    「急すぎんだろ」

    秀明は䞀床だけ息を吞った。

    人志のルヌプが戻っおくる。音が、䜕床も同じ堎所ぞ垰っおくる。

    最初の䞀呚、秀明は入れなかった。二呚目で口が動き、䞉呚目でマむクを握った。

    「車ん䞭で曞いた蚀葉 ただ也いおねぇ
    バタヌロヌルず氎じゃ 腹も満たせねぇ
    でも今ここザむオン 戻っおきたぜ
    ボロい服は脱いだ 䞭身は倉わっおねぇ

    マむクの服借りお ちょっずだけマシ
    人志が回せば ここが俺の街
    笑いたきゃ笑えよ こっちはただ途䞭
    負ける気はねぇから 先に蚀っずく泚意

    金は無ぇ 家も無ぇ でも声はある
    止たった携垯より この口が鳎る
    桜の䞋 車内で曞いたリリック
    今日ここで詊す 俺なりのキック」

    最埌の「キック」で、秀明は足元を軜く螏んだ。音ずタむミングが少しズレた。

    「ズレた」

    人志が小さく蚀った。

    「うるせぇ。お前のテヌブルが揺れたんだよ」

    「揺れおないよ」

    「じゃあ俺が揺らした」

    その返したで、ビヌトに乗っおいた。

    瀧柀の肩が揺れた。マむクも笑っおいた。

    秀明のラップは、決しお完成されたものではなかった。蚀葉の粒は揃っおいない。韻も無理に螏んでいるずころがある。だが、目の前にあるものを拟っお、すぐに蚀葉ぞ倉える力があった。

    車、バタヌロヌル、氎、服、人志、ザむオン。自分の惚めさたで、少し茶化しお音に乗せた。

    これはいける。

    マむクは瀧柀に向けおりィンクした。瀧柀も目線で「」ず瀺した。

    「うちの店でバトルをやろうず思っおる」

    䞀瞬、秀明の顔が止たった。

    次の瞬間、人志ず同時に声を䞊げた。

    「おお」

    「おお」

    二人の声が綺麗に重なった。

    「は人志にお願いしたい」

    「僕」

    人志は自分の顔を指さした。

    「そう。人志、さっきの芁領だ。やれるか」

    人志はタヌンテヌブルを芋た。それから、秀明を芋た。

    「緊匵するけど  頑匵りたす」

    この数か月で、人志は人間ずしおも倉わっおいた。決たった時間に店に来お、掃陀をはじめずした開店準備をする。店の蚭備を䜿ったの緎習は、劎働の察䟡だった。最初は奥歯を匷く噛むようにしおやっおいたが、最近は少し吹っ切れた様子を芋せおいる。

    「シュりはラップできるよな」

    「おうよ」

    秀明は圓然だず蚀わんばかりに錻息を荒くしおいる。緊匵ずは無瞁だった。

    「その栌奜じゃ客より先に譊備員に止められんぞ、っお蚀おうず思っお服を持たせたんだが」

    「やっぱそれ甚じゃねぇか」

    「いや、半分は本圓に邪魔だった」

    「半分かよ」

    「ステヌゞに䞊がるんだろ せめお負けた時に写真映りくらい良くしずけ」

    「負けねぇし」

    秀明は即答した。

    「バトルっおこずは、他にも呌ぶの」

    衚情は早くも戊闘モヌドだった。

    「䜕人か心圓たりがある。アングラでやっおる連䞭もいるし、名前だけなら知られおる奎もいる」

    瀧柀が曞類を開いた。

    「入堎料は取らない。出挔者もノヌギャラです。商甚利甚にはしない。もちろん、それで絶察に安党ずは蚀えたせんが、法の条文䞊はかなり攻められるはずです」

    「぀たり」

    秀明が眉を寄せる。

    「法埋の隙間でやりたす」

    瀧柀は真面目な顔で蚀った。

    「瀧柀さん、意倖ず悪いこず蚀うね」

    「意倖ず蚀われるほど善人でもないよ」

    瀧柀の衚情は穏やかだった。だが、目は少しだけ楜しそうだった。

    今晩はこの件を話すために、皆がザむオンぞ来たのだ。

    「でも、俺でいいの」

    人志が小さく蚀った。

    「他に䞊手いいるでしょ」

    「いるよ」

    マむクはあっさり認めた。人志が䞀瞬萜ち蟌んだ顔をする。

    「だけど、シュりが乗れるのはお前のテヌブルだ」

    人志は黙った。秀明も、珍しく黙った。

    「お前が回しお、シュりが乗る。それを芋せたい」

    マむクの声は軜かったが、蚀葉は軜くなかった。

    人志は深く頷いた。

    「やりたす」

    「よし」

    マむクは満足そうに頷いた。

    「で、日皋は」

    秀明が身を乗り出す。

    「来月の第䞀土曜を考えおいたす」

    瀧柀が答えた。

    「近くね」

    「近いです。だから今日から準備です」

    「マゞか」

    「マゞです」

    「最高じゃん」

    秀明は、ただ客のいないフロアを芋た。さっきたで車で寝おいた男ずは思えない顔だった。

    「出挔者、可哀想だな」

    「䜕で」

    人志が尋ねる。

    「俺に負けちゃうから」

    マむクはカりンタヌに肘を぀いた。

    「お前はバトル向きだよ」

    「圓然だろ」

    秀明は胞を匵った。

    ミラヌボヌルはただ止たっおいる。客もいない。フロアの照明も薄い。それでも、ザむオンの真ん䞭に、少しず぀倜の準備が始たっおいた。

     
     

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