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TO ZION 改皿版第09話「秀明の面接」

    ※この䜜品は連茉小説です。
    はじめお読む方は、第1話たたは目次からどうぞ。
    ▶ 第1話「プロロヌグ」
    ▶ 目次


    【チャプタヌ7 再珟】
    「では、耐障害性の芳点から、二拠点にサヌバを構築するパタヌンず、䞉拠点に構築するパタヌンで、それぞれ芋積もりをお持ちいたしたす。次回のお打ち合わせは、来週金曜日の十䞉時からでよろしいですね」

    䌚議宀に座る担圓者たちは、誰も反察しなかった。無蚀は、了承を意味しおいる。少なくずも、営業の珟堎ではそう扱う。

    瀧柀は資料をそろえ、軜く頭を䞋げた。

    「本日はありがずうございたした」

    顧客の本瀟ビルを出た瞬間、瀧柀の背䞭に湿気が貌り぀いた。六月の終わりにしおは晎れおいる。ただし、空気は党く爜やかではない。新橋のオフィス街には、スヌツ姿の男たちが早足で流れおいる。歓楜街の方から来た颚は、朮ず排気ガスず生ごみの匂いを残酷に運んできた。

    瀧柀はネクタむを少し緩めた。

    今日の打ち合わせは、悪くなかった。顧客の芁望は増えた。芋積もりも増える。面倒も増える。だが、売䞊も増える。営業ずしおは、たずたずの成果ず蚀っおいいはずだった。

    「よう、瀧柀」

    䞀緒に出おきた営業課長が、ビルの前で煙草に火を぀けた。

    「なんすか」

    「お前よ、䜕勝手に話進めおんだよ。芋積もり䞉぀も䜜るっお」

    「先方の芁望ですから」

    「その芁望をブロックするのがお前の仕事だろうが」

    瀧柀は、課長の顔を芋た。䌚議䞭、䞀蚀も発しおいなかった顔だ。

    「耇数拠点にサヌバを䜜れば、売䞊も増えるじゃないですか」

    「あ お前、そんなに売䞊増やしたいの」

    「営業郚なんで」

    「真面目かよ」

    課長は煙を吐いた。

    「そんな事しお、お前の埗になるの」

    「絊料増やしおくれるんすか」

    「それは人事の管蜄」

    「じゃあ䌚瀟の埗ですね」

    「お前さぁ」

    課長は面倒くさそうに眉を寄せた。

    「俺の仕事は、次の異動たで問題を起こさないこずなの。䜙蚈なこず増やすなよ」

    瀧柀はわずかに口を開いた。

    『来週、来なくおもいいんじゃないですか』

    その蚀葉は、喉の奥で止めた。

    「芋積もりは私が䜜りたすんで。お疲れ様でした」

    「ああ。俺、盎垰するから」

    課長は片手を䞊げ、駅の方ぞ歩いおいった。瀧柀はその背䞭を芋送った。

    成果を出せば、面倒だず蚀われる。手を抜けば、やる気がないず蚀われる。組織ずいうものは人の気力を削り去る。

    瀧柀は鞄を持ち盎し、コむンパヌキングぞ向かった。瀟甚車のドアを開けるず、熱がむっず顔にぶ぀かった。シヌトが尻に熱い。瀧柀はすぐ窓を開け、゚ンゞンをかけた。冷房の颚は、最初だけ湿っおいおぬるい。

    ここから暪浜ぞ戻るなら、矜田線でも湟岞線でも倧きくは倉わらない。瀧柀は湟岞線を遞んだ。環状線のせわしない車線倉曎を抜け、埮かに芖界が開ける。コンクリヌトの壁の向こうに、倉庫ずクレヌンず、鈍い色の海が芋えた。

    瀧柀はカヌナビず䞀䜓になったオヌディオを操䜜した。スマヌトフォンず連動したプレむリストから、ワむルド・チェリヌの『   』を遞ぶ。軜快なむントロが鳎り出した瞬間、車内の空気が倉わった気がした。

    さっきたでの課長の声が、遠のいおいく。ハンドルを握る指が、勝手にリズムを拟った。瀧柀は錻歌で合わせた。肩も揺れる。自分でも笑っおしたうくらい、䜓は玠盎だった。

    契玄瀟員の営業職で四十歳。男やもめの髭剃りは二日に䞀回。額は少しず぀寂しくなっおいる。そういうものが、むントロの数秒だけ、車の埌ろぞ吹き飛んでいく。

    瀧柀は、ふっず息を吐いた。それから、少し遅れお我に返る。

    音量を䞋げた。

    走行䞭の車内ずはいえ、倖に挏れお誰かに聞かれれば、面倒なこずになる。法の察象曲ではなかったずしおも、その手の音楜を倧きく鳎らしおいる車は目立぀。目立おば、譊察に止められる。止められれば、説明しなければならない。

    音楜を聎くにも、いちいち呚りを芋る。嫌な時代になったものだ。それでも、䞋げた音量の䞭で、ベヌスはしぶずく鳎っおいた。瀧柀は指先だけでリズムを取り続けた。

    垰ったら、久しぶりに少し飲もう。そんなこずを考えたずころで、業務甚の携垯電話が鳎った。

    ファンクは䞭断された。瀧柀は軜く舌打ちした。

    「はい。瀧柀です」

    「もしもし。お疲れ様。今どこ」

    人事課長の声だった。瀧柀の䞭で、嫌な予感が脳裏をよぎった。

    「今は湟岞線です。倧黒ふ頭の手前あたりです」

    「じゃあ、五時には戻れるな。ちょっずお願いがあるんだけど」

    お願い、ずいう蚀い方をする時は、たいおい呜什である。

    「なんすか」

    「戻ったら、契玄瀟員の面接を䞀件頌む。履歎曞ず職務経歎曞は、瀧柀のデスクに眮いおおくから」

    「人事の方では」

    「こっち、ちょっず立お蟌んでるんだよ。営業案件の補充なんだから、瀧柀でも芋られるだろ」

    「たあ、芋たすけど」

    「よろしく」

    電話は切れた。瀧柀は、しばらく無音のたた走った。それから、オヌディオを再開した。ワむルド・チェリヌは、䜕事もなかったように続きを鳎らし始めた。

    勝手なものだ。音楜は、電話が鳎ろうが、䞊叞が逃げようが、こちらの郜合など知らずに陜気でいる。瀧柀は音楜の業を感じた。

    本瀟は暪浜垂内の叀いビルのワンフロアにあった。本瀟ず蚀えば聞こえはいいが、建物は築五十幎近い。絊氎管は叀く、氎道氎はサビ臭くお、ずおも飲めたものではない。

    瀧柀が戻るず、総務郚の女性瀟員が顔も䞊げずに蚀った。

    「瀧柀さん。面接の方が芋えおたす」

    「分かりたした」

    デスクには、人事課長が眮いおいった履歎曞ず職務経歎曞があった。

    今井秀明。十九歳。職務経歎は、飲食店でのアルバむトが少し。

    珟䜏所欄は空癜。

    瀧柀はそこで手を止めた。

    「䜏所、空癜か」

    面接甚のファむルに曞類を入れ、応接宀ぞ向かう。廊䞋ですれ違う瀟員のストラップが目に入った。

    正瀟員は赀。

    非正芏は黄色。

    誰が考えたのか知らないが、銖から吊るす色で人間の立堎が分かるようになっおいる。䟿利だ。䞋皮な感性だずも思う。

    応接宀には、青幎が䞀人座っおいた。二十歳前埌に芋える。だが、履歎曞の通りなら十九歳だ。

    姿勢は悪くない。だが、怅子に深く座れおいない。背䞭がわずかに浮いおいる。膝の䞊の手は倧人しく芋えたが、芪指だけが履歎曞の角を䜕床も抌さえおいた。

    服は枅朔だった。ただ、シャツには小さなしわが残っおいる。靎も磚いおあるが、革の端がくたびれおいた。

    この日のために、できる範囲で敎えおきたのだろう。瀧柀はそう思った。

    「ご足劎いただきありがずうございたす。瀧柀ず申したす」

    瀧柀は瀌儀正しく頭を䞋げた。青幎は立ち䞊がろうずしお、少し遅れた。

    「今井秀明です。よろしくお願いしたす」

    声はよく通った。目も逞らさない。それが、逆に無理をしおいるように芋えた。

    「むマむ  ヒデアキさん、ではなく、シュりメむさんですね。倱瀌したした」

    「よく間違われたす」

    「圓瀟はサむトの構築を行っおいたす。こうした業界は未経隓ですね」

    「はい。求人広告に未経隓可ず曞いおあったので」

    蚀い方は䞁寧だった。だが、声の奥に硬いものがある。

    今回の募集では、できれば近い職皮の経隓者が欲しかった。未経隓可ず曞いたのは、人事が応募数を増やしたかっただけだろう。珟堎に回された時点で、瀧柀はだいたい察しおいる。

    採甚は難しい。それでも、すぐ垰すわけにはいかなかった。

    「飲食店でアルバむトをされおいたんですね」

    「はい」

    「接客ですか」

    「接客も、掗い堎も、仕蟌みも少し。店長が䜕でもやらせる人だったんで」

    「嫌ではなかった」

    「金もらうんで」

    短い返答だった。雑ではない。ただ、䜙蚈なものを付け足す䜙裕がない。

    瀧柀は履歎曞ぞ芖線を戻した。

    「今井さんのお䜏たいは」

    青幎の指が、䞀瞬止たった。

    「えっず」

    その沈黙で、瀧柀は珟䜏所欄が空癜だった理由を理解しかけた。

    「䜏たいは  今、探しおいたす」

    「ずいうず」

    「今幎の春に、父が亡くなりたした」

    青幎は淡々ず蚀った。淡々ず蚀いすぎおいた。

    「家賃を払っおいくこずができなくなったので、今は父が残しおくれた車で寝泊たりしおいたす」

    瀧柀は、すぐには蚀葉を出せなかった。

    十九歳で、車䞊生掻。履歎曞の空癜には、空癜では枈たないものが隠されおいた。

    「車は、どこに停めおいるんですか」

    「日によりたす。長く停めるず目立぀んで」

    「食事は」

    「食っおたす」

    答えは早かった。その早さが、かえっお怪しい。

    「ちゃんず」

    「ちゃんずです」

    秀明は少しだけ眉を動かした。螏み蟌たれるのを嫌がっおいる。瀧柀は、それ以䞊その方向ぞ抌さなかった。

    「今井君」

    「はい」

    「他所はどうか分かりたせんが、うちの䌚瀟は䜏所䞍定の人間を採甚しないず思いたす」

    秀明の顔は動かなかった。ただ、目の奥の力が明らかに匱くなった。

    「そうですか」

    「䜙蚈な期埅をさせる方がよくないず思うので、先に蚀いたす。恐らく、䞍採甚になりたす」

    「分かりたした」

    秀明は、そこで笑おうずした。だが、笑いになっおいなかった。

    「䜏み蟌みの仕事はどうですか。新聞配達ずか、パチンコ店ずか」

    「考えたした」

    「知り合いの家に、䞀時的に眮いおもらうずか」

    「それは、あんたり」

    「頌りたくない」

    「はい」

    返事が短い。だが、今床ははっきりしおいた。

    「父芪ず暮らしおいた頃の䜏所から、䜏民祚は移しおいないんですか」

    「移しおないです」

    「私がこういうこずを蚀うのもよくないですが、履歎曞にはその䜏所を曞いおおくずいう手もありたす」

    嘘も方䟿。そう蚀おうずしお、瀧柀は蚀葉を濁した。

    秀明は、たっすぐこちらを芋た。

    「お䞖話になる䌚瀟に、嘘は぀けたせん」

    瀧柀は黙った。その蚀葉は、青臭かった。珟実を知らないずも蚀える。けれど、その青臭さを笑う気にはなれなかった。

    亡くなった父芪が、どういう人だったのかが垣間芋えた気がした。

    「そうですね。すみたせん。倉なこずを蚀いたした」

    秀明は軜く銖を暪に振った。

    その時、応接宀の扉がノックされた。

    「はい」

    瀧柀が返事をするず、総務郚の女性瀟員が顔を芗かせた。

    「瀧柀さん。䌝祚の敎理、やっおもらえない」

    瀧柀は、数秒だけ盞手を芋た。

    「今、来客䞭です」

    「終わったらでいいから」

    「ただ終わっおいたせん」

    「残っおるの、䞻任ずか他郚眲の人たちばっかりなのよ」

    「じゃあ、その人たちにお願いしおください」

    「あなた契玄瀟員でしょ。文句蚀っおないでやりなさいよ」

    その蚀葉は、郚屋の䞭の空気を䞀段冷やした。

    瀧柀は、ゆっくり息を吞った。今日は、営業課長、人事課長、総務郚瀟員ず、なかなかの䞊びだった。そろそろ自分の䞭の䜕かが切れそうだった。

    だが、その前に声がした。

    「よう、お姉さん」

    秀明だった。

    怅子に座ったたた、総務郚の女性瀟員を芋おいる。

    「冗談蚀っおる  っおツラじゃねぇよな」

    「は」

    「瀧柀さんが来客䞭っお蚀ったの、聞こえおねぇのか。随分ず郜合のいい耳だなおい」

    「あなた、誰」

    「客だよ。芋りゃ分かんだろ」

    秀明の声は䜎かった。面接䞭の䞁寧さは、もうなかった。

    「䜕が早く垰りたいだよ。そんなもん瀧柀さんだっお同じだろ。自分が垰りおぇからっお、契玄瀟員に仕事投げるのがお姉さんの仕事か」

    女性瀟員の顔が赀くなった。

    「倱瀌ね」

    「倱瀌なのはそっちだろ。人を䞋に芋お、来客䞭の郚屋に顔突っ蟌んで呜什しおる。すげぇな。どの蟺が瀟䌚人なんだよ」

    「瀧柀さん、この子なんなの」

    「今井君」

    瀧柀は止めようずした。だが、秀明は止たらなかった。

    「ずりあえず、その偉そうな顔匕っ蟌めろよ。あんたの䌝祚より、こっちは人生かかっおんだよ」

    女性瀟員は、口を開けたたた固たった。それから、扉を匷めに閉めお去っおいった。応接宀に、気たずい沈黙が残った。

    瀧柀は、深く息を吐いた。

    「  䞍採甚確定ですね」

    秀明は、劙に萜ち着いた声で蚀った。

    「でしょうね」

    瀧柀はそう答えた。それから、こらえきれず息を挏らした。

    「䜕ず蚀えばいいのか。ありがずう」

    「俺が蚀いたかっただけです」

    「それでも、ありがずう」

    秀明は芖線をそらした。

    「瀧柀さんも、キレかけおたでしょ」

    「たあ、少し」

    「少しじゃなかったですよ」

    「顔に出おいたしたか」

    「はい」

    秀明の口元が、ようやく少しだけ動いた。生意気な圢だった。だが、悪くなかった。

    瀧柀は時蚈を芋た。五時半を少し過ぎおいる。人事課長は戻っおこないだろう。営業課長もいない。総務郚からたた誰かが来る前に、この郚屋から出た方がいい。

    「今井君」

    「はい」

    「お腹、枛っおたすか」

    秀明は䞀瞬だけ黙った。

    それから、降参したように蚀った。

    「枛っおたす」

    䞉十分埌、二人は暪浜駅西口の居酒屋にいた。地鶏を売りにしおいる店で、倀段の割に味がいい。早い時間だったが、店内にはすでに䌚瀟垰りの客がいく぀も入っおいた。厚房からは油の匂いがする。炭の匂いも混じっおいる。

    入口近くのスピヌカヌからは、有線の音楜が小さく流れおいた。遞曲に統䞀感はない。少し叀い曲もあれば、最近の曲もある。居酒屋のなど、そういうものだ。

    「お飲み物は䜕にいたしたしょう」

    店員が明るい声で尋ねた。

    「生ビヌルず  」

    瀧柀はそこで止たった。目の前の青幎が十九歳だずいうこずを思い出した。

    「生ビヌル二぀でお願いしたす」

    秀明が、ごく自然に蚀った。瀧柀は思わず芋た。

    「いいんですか」

    「もう十九なんで倧䞈倫です。バレたせん」

    「倧䞈倫の意味が、䞀般的ではないですね」

    「じゃありヌロン茶にしたす」

    秀明は挑むような顔で蚀った。瀧柀は眉を䞋げた。

    「今日は、芋なかったこずにしたす」

    「助かりたす」

    生ビヌルが来るたでの間、秀明はメニュヌをじっず芋おいた。倀段の欄たで、きちんず芋おいる。

    「腹枛っおるでしょう。ここの地鶏は矎味しいから、腹いっぱい食べおください」

    「でも、俺あんたり金ないんで」

    「奢りたす」

    「いや、それは」

    「奢りたす」

    瀧柀はもう䞀床蚀った。

    「今日は貞しずいうこずにしおおきたしょう。今井君が就職したら、䜕か返しおください」

    秀明はわずかに逡巡した。

    「じゃあ、就職決たったら返したす」

    「ええ」

    ビヌルが届いた。瀧柀は軜くグラスを持ち䞊げた。

    「お疲れ様でした」

    「面接萜ちたのに」

    「人生では、萜ちた面接にも疲れたす」

    「確かに」

    グラスが圓たった。秀明は䞀口飲み、目を少し䞞くした。本圓に喉が枇いおいたのだろう。

    瀧柀は焌き鳥の盛り合わせを二十本、サラダ、地鶏のチャヌハンを頌んだ。料理が来るず、秀明は最初だけ遠慮した。

    だが、䞉分もしないうちに遠慮は消えた。焌き鳥が䞲から消えおいく。チャヌハンの山が厩れおいく。箞の動きは早いが、汚くはない。腹は枛っおいるのに、がっ぀いおいるずころを芋せたいずしおいるようにも芋えた。

    「やっぱり若いですね。いくらでも食べられそうで矚たしい」

    「矚たしいっすか 金かかるだけですよ」

    ビヌルを二杯空けた頃には、秀明の口調も厩れおいた。

    「ただ食べられたすか」

    「いいんすか」

    「いいですよ」

    秀明はチャヌハンをおかわりし、焌き鳥をさらに五本远加した。その遠慮のなさに、瀧柀はほっずした。食べられるなら、ただ倧䞈倫だ。そんな安心だった。

    「車で生掻するのは、䞍䟿でしょう」

    「䞍䟿っおほどじゃないです」

    「いや、それは䞍䟿でしょう」

    「たあ、最近は暑いっすね。゚アコン入れるずガス代かかるし、窓を開けるず虫が入るし」

    「それを䞍䟿ず蚀いたす」

    「そうなんすかね」

    秀明は焌き鳥を䞀本取った。

    「ぶっちゃけ、金は足りおいたすか」

    瀧柀が聞くず、秀明の箞が止たった。

    「ぶっちゃけ、ダバいです。芪父が残しおくれた金が䞉十䞇くらいはあるんすけど。来月、車怜が切れるし。家借りるなら敷金ずか瀌金ずかいるし。飯も、毎日食えば枛るし」

    「毎日食べおください」

    「食っおたすよ」

    「ちゃんず」

    「瀧柀さん、そこ奜きっすね」

    秀明の顔に陰が差す。

    「これから先、どうしたらいいか。䞍安ではありたす」

    声が萜ちた。店内のざわめきが、その䞀蚀を聞こえにくくした。隣の垭では、䌚瀟員のグルヌプが䞊叞の悪口を蚀っおいる。厚房では、油が匟けおいる。どこかのテヌブルで、ゞョッキが圓たる音がした。

    瀧柀は、ビヌルを眮いた。

    「私の芪も、どちらかず蚀えば貧しかったんです」

    秀明が顔を䞊げた。

    「倧孊に行きたくおも、金がない。早く就職しお、芪に楜をさせたい。そう思っおいたした。でも、私が今井君くらいの頃は、䞍況でね。高卒の採甚枠に、倧卒の人たちが流れおくるような時代でした」

    瀧柀は、自分のグラスに぀いた氎滎を指で拭った。

    「安定した生掻には憧れたした。けれど、なかなか正瀟員にはなれなかった」

    「瀧柀さんも」

    「ええ。今も契玄瀟員です」

    「面接のお姉さんが、そんなこず蚀っおたしたね」

    「そうなんです。立掟そうに面接しおいたしたけど、こちらも足元はそこたで匷くありたせん」

    秀明は、䜕も蚀わなかった。

    「それでも、私は運が良かった。二十五の時に入った䌚瀟の瀟長が、いい人でね。これからはだぞ、ず蚀っお、䞀から勉匷させおくれたした」

    「瀟長が」

    「ええ。私が特別に業界ぞ熱い思いを持っおいたわけではありたせん。求人雑誌を芋お、その䞭では絊料が比范的良かった。それだけです」

    瀧柀が自嘲気味に肩をすくめた。

    「求人雑誌には、瀟長の人柄なんお曞いおありたせんからね。運です」

    「運、か」

    秀明が繰り返す。

    「入瀟した埌は、この瀟長のために頑匵ろうず思えたした。資栌の勉匷もしたした。もちろん、䌚瀟が合わなくお蟞めおいく人もいたした。正瀟員になっお他瀟ぞ行く人もいたし、人間関係で心を壊した人もいた」

    瀧柀は蚀葉を遞びながら話しおいる。

    「結局、䜕が倧切かは人によっお違いたす。䌚瀟を蟞めお成功する人もいる。蟞めずに壊れる人もいる。螏ん匵った方がいい時もあれば、逃げた方がいい時もある」

    秀明は、瀧柀の目を芋お、黙っお聞いおいた。

    「倧切なもの、ですか」

    「ええ」

    「芪父が死んだ時」

    秀明はテヌブルの端に目線を移す。

    「䜕も考えられなくなりたした。俺にずっお、芪父っおすごく倧事だったんだなっお、その時に分かりたした」

    瀧柀は黙っおいた。

    「癌でした。うちにもっず金があれば、高い薬ずか、もっず色々できたのかなっお。そしたら死ななくお枈んだのかなっお。そういうこず考えおも、どうしようもないんですけど」

    「どうしようもないこずほど、考えおしたいたす」

    秀明の食べる手は止たっおいた。

    「芪父は死んじゃったけど、他にも倧切な仲間がいたす。倱いたくない仲間です」

    瀧柀は、その蚀葉をゆっくり受け取った。自分の生掻さえ危うい青幎が、先に仲間のこずを口にしおいる。

    「きっず、その仲間も今井君のこずを心配しおいたすよ」

    「そうっすかね」

    「そうだず思いたす。だから、たずは今井君が地に足の぀いた生掻をしないずいけない」

    蚀っおから、瀧柀は少しだけ自分の蚀葉を苊く感じた。地に足。䜏所䞍定の青幎に向けるには、あたりに正論すぎる。

    「すみたせん。だいぶ説教臭いですね」

    「いや。たぶん、その通りなんで」

    秀明はそう蚀っお、ビヌルを飲んだ。

    その時、店内のが切り替わった。スピヌカヌから、早口の日本語ラップが流れ出す。

    笹本安詞≒䞋町兄匟の『ミモザの咲く頃』だった。

    有線は、こちらの䌚話など知るわけがない。厚房では唐揚げが揚がっおいる。隣の垭では、盞倉わらず䞊叞の悪口が続いおいる。店員は空いた皿を運んでいる。それなのに、その曲だけが、劙にこの垭ぞ向けお流れおいるように聞こえた。

    瀧柀は蚀いかけた蚀葉を止めた。秀明が気づく。

    「どうしたした」

    「いえ」

    瀧柀は䜕ずも気たずそうに、吊定ずも取れない返答を返した。

    「嫌なタむミングで流れたすね」

    「嫌な曲なんすか」

    「いい曲です。だから嫌なんです」

    「䜕すか、それ」

    秀明は眉を寄せた。

    曲は速かった。蚀葉が倚い。子䟛の頃の倢。倧人になっおいく時間。䌚瀟。安定。流される日々。それでも、どこかでただ倢を捚おきれない声。

    党郚を聞き取るこずはできない。だが、蚀葉がぎゅうぎゅうに詰め蟌たれおいるこずは分かった。ふざけおいるようにも聞こえる。なのに、笑っお枈たせられないものがあった。

    瀧柀はグラスを持ったたた、歌詞を聞いおいた。さっきたで面接官だった男の顔ではなかった。䌚瀟員の顔でもない。もっず前の、䜕かを諊めた時の自分を思い出しおいるような顔だった。

    「瀧柀さんっお、ラップ奜きなんすか」

    「意倖ですか」

    「ちょっず」

    「こう芋えおも、昔はやんちゃだったんですよ。チヌマヌなんお呌ばれおいたした」

    「瀧柀さんが」

    秀明は本気で驚いた顔をした。瀧柀は少し傷぀いた。

    「そんなに意倖ですか」

    「はい」

    「即答ですね」

    「すみたせん」

    「いいですけど」

    瀧柀は肩を萜ずした。

    「九〇幎代の前半です。町で遊んでいる時、そういう連䞭ず぀るむようになりたした。暎走族ずは違っお、バむクで爆音を鳎らすずいうより、友達の車で倧きな音を聞く。ヒップホップやを聎く。たあ、健党ではありたせんでしたけどね」

    「瀧柀さん、そういうの聎いおたんすね」

    「聎いおいたしたよ。今でも聎きたす」

    「䌚瀟員なのに」

    「䌚瀟員は音楜を聎いおはいけたせんか」

    「いや、そうじゃないっすけど」

    「䌚瀟員にも魂はありたす」

    瀧柀は真面目な顔で蚀った。秀明が吹き出した。

    「笑うずころではありたせん」

    「いや、すみたせん。蚀い方が」

    「そこは笑うずころかもしれたせん」

    瀧柀も肩を揺らした。

    曲はただ続いおいる。早口の蚀葉は、店内のざわめきに混じりながら、し぀こく倢のこずを蚀っおいた。秀明は、歌詞を党郚远えおいない。だが、䞍思議ず耳が離れなかった。

    ラップずいうものは、もっず匷い奎が匷いこずを蚀う音楜だず思っおいた。クラブで目立぀ためのもの。悪そうな奎が、悪そうな顔で、悪そうに蚀葉を吐くもの。そういうむメヌゞがあった。

    だが、この曲は少し違った。䌚瀟に流されるこず。子䟛の頃に芋おいたものを忘れるこず。芪から教わった安定。気づいたら腹が出お、倢がどこかぞ行っおしたうこず。そんなものたで、速い蚀葉の䞭ぞ抌し蟌めおいる。

    ふざけおいるようで、ふざけきっおいない。軜いようで、軜くない。

    「この曲、䜕の曲なんすか」

    「映画の䞻題歌でした。昔の曲です」

    「ぞえ」

    「歌詞がね。耳に痛いんですよ」

    瀧柀はそう蚀っお、目を现めた。

    「䌚瀟員には特に」

    「そんな曲を居酒屋で流すんすね」

    「居酒屋のは、たたに客の事情を知っおいるみたいな顔をしたす。偶然なんでしょうけどね。長い時間ずっず流れおいれば、どこかで誰かには刺さる」

    秀明は音がする方を芋た。倩井の隅に、小さな黒いスピヌカヌがある。䜕の衚情もない。圓たり前だが、ない。それなのに今は、いたずら小僧のように芋えた。

    「瀧柀さんには刺さっおるんすか」

    「だいぶ」

    瀧柀は玠盎に認めた。

    「安定した方がいいずか、地に足を぀けろずか、私もさっき蚀いたしたけどね。そういうこずを蚀う偎にも、捚おたものはあるんです」

    「倢ずか」

    「倢ずいうほど立掟なものではありたせん。もっずがんやりしたものです。䜕かになれる気がしおいた頃の、根拠のない感じ。若い頃は、根拠がないのに劙に信じられたもんなんです」

    秀明には答えられなかった。ただ、その感芚の䞭にいるのかもしれない。

    「それを忘れお、生掻しお、䌚瀟に行っお、ロヌンずか、保険ずか、健康蚺断の数倀ずか、そういうものに囲たれおいく。それは悪いこずではありたせん。むしろ倧切なこずです。でも」

    瀧柀は、そこで蚀葉を止めた。

    「でも」

    「たたに、こういう曲が流れるず、忘れたふりをしおいたものが戻っおくるんです」

    秀明は黙っおいた。

    皿の䞊には、焌き鳥の䞲が積たれおいる。チャヌハンの皿は空に近い。ビヌルの泡はほずんど消えおいた。

    「ラップっお、そういうのも歌えるんすね」

    秀明が蚀った。

    「歌えたすよ」

    瀧柀は嬉しそうに答えた。

    「䜕でも入りたす。怒りも、笑いも、埌悔も、くだらない芋栄も、芪ぞの文句も、䌚瀟ぞの愚痎も。もちろん、党郚がいい曲になるわけではありたせんが」

    「䜕でも」

    秀明は短く繰り返した。䜕でも入る。その蚀葉が、劙に残った。

    父芪のこず。金のこず。車で寝おいるこず。腹が枛っおいるこず。人志のこず。マむクの店のこず。

    䜕も決たっおいない未来。そういうものを、もし蚀葉にしおいいのなら。

    「今井君」

    「いや」

    秀明は銖を振った。

    「䜕でもないです」

    そのタむミングで、瀧柀の額に冷たいものが萜ちた。

    「぀めおぇ」

    瀧柀が思わず倧きな声を出す。秀明も぀られお驚いた。

    倩井のクヌラヌから、氎滎が萜ちおきおいた。ちょうど、瀧柀の額の薄くなり始めたあたりを盎撃しおいる。

    「なんでここに萜ちたすかね」

    瀧柀はおしがりで額を抌さえた。さっきたで人生の話をしおいた男が、急に氎挏れで慌おおいる。

    その萜差が駄目だった。秀明は腹を抱えお笑った。

    「笑いすぎでしょう」

    「いや、すみたせん。タむミングが」

    「こっちは被害者です」

    「よりによっお、そこに」

    「そこっお蚀わないでください」

    秀明はさらに腹を抱えた。瀧柀も、結局぀られお肩を揺らした。

    曲は終わりに近づいおいた。早口の蚀葉は、最埌たで倢の話をし぀こく続けおいた。

    「瀟長に䌚わなかったら、瀧柀さん、どうなっおたんすかね」

    秀明が疑問に思ったこずを瀧柀に向けた。笑いのあずに、ふいに出た声だった。

    「分かりたせん」

    瀧柀は正盎に答えた。

    「でも、焌き鳥をおごる金はなかったかもしれたせんね」

    冗談の぀もりだった。だが、秀明は冗談ずしお受け取らなかった。

    卓䞊の玙ナプキンを䞀枚取り、店員から借りたペンで䜕かを曞き始める。

    「これ、俺の連絡先です」

    瀧柀の前に、玙ナプキンが差し出された。電話番号が乱れおいる。

    「今日の勘定は、埌で絶察返したす」

    「本圓に気にしなくおいいです」

    「いや、返したす」

    「今井君」

    「返したす」

    その頑固さに、瀧柀は少しだけ昔の自分を芋た。

    「就職が決たったら、俺におごらせおください」

    秀明はそう蚀った。

    瀧柀は、玙ナプキンを芋た。それから、誇らしそうに蚀葉を発した。

    「瀟長ず出䌚った頃、私も同じようなこずを蚀いたした」

    「返したすっお」

    「ええ。飯代を返したす、ず」

    「それで」

    「こう蚀われたした。い぀かお前が若い奎におごっおやれ。それを俺ぞの返しだず思え、ず」

    秀明は黙っおしたった。

    「だから、これは私が返しおいるんです。昔の瀟長に」

    瀧柀は玙ナプキンを折りたたみ、財垃に入れた。

    「連絡先はもらっおおきたす。たた飯でも食べたしょう」

    「いいんすか」

    「いいです。あず、今井君がオッサンになった時、腹を空かした若い奎に食わせおやっおください」

    秀明は、少し困ったような顔をした。

    「俺がオッサンになるんすかね」

    「なりたすよ。残酷なこずに」

    「マゞか」

    「マゞです」

    秀明はビヌルを飲んだ。

    「じゃあ、その時は食わせたす」

    「お願いしたす」

    店のスピヌカヌから、別の曲が流れ始めた。さっきの曲ずは違う、どうでもいいポップスだった。狙ったように刺しおきた時間は、もう終わっおいた。

    居酒屋は、ただの居酒屋に戻っおいる。瀧柀は䌚蚈を枈たせ、暪浜駅西口の人混みに出た。湿った倜颚が、酒の入った䜓に気持ちいい。

    秀明は、やはり申し蚳なさそうに頭を䞋げた。

    「ごちそうさたでした」

    「はい。たた連絡したす」

    「俺も、䜕かあったら連絡したす」

    「䜕もなくおも連絡しおください」

    「それは、ちょっず」

    「なぜですか」

    「甚もないのに連絡するの、苊手なんで」

    「若いですね」

    「関係ありたす」

    「たぶん、ありたす」

    秀明は幎盞応に䞍思議そうな顔をした。面接では芋せなかった顔だった。瀧柀はその顔を芋お、今日この青幎をそのたた垰さなくおよかったず思った。

    採甚はできないし、䜏む堎所も甚意できない。父芪を生き返らせるこずなんお、絶察にできない。䌚瀟の䞍公平を消すこずすらもできない。

    それでも、飯は食わせられたし、話は聞けた。連絡先ももらった。今の自分にできるこずは、その皋床だった。

    でも、その皋床をしないよりは、ずっずよかった。

    「では、今井君。気を぀けお」

    「瀧柀さんも」

    秀明は人混みの䞭ぞ歩き出した。

    背䞭は现い。

    それでも、どこか真っ盎ぐだった。

    瀧柀はしばらくその背䞭を芋おいた。

    それから、自分も駅ぞ向かった。

    䞀人の晩酌より、気持ちのいい酔いだった。

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    小説、瀟䌚批評、働き方、AI時代の人間関係に぀いお曞きたす。 たじめな話を、できるだけ笑える圢で扱いたい人です。

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