
『10年の呪いを打ち破れ!/新・エアコン物語(Breaking the 10-Year Curse/A New AC Odyssey)』
※この物語はフィクションであり、実在の人物・企業・団体・国家の政策とは一切関係ありません。
あらすじ
「あと2年で我が社は倒産します」
創業100年の大手家電メーカー・東洋エレクトロンに、超毒舌コンサル・荏原果凛と企業体質最適化AI・GAIAが黒船のごとく襲来!「10年で壊れるエアコン」を大量生産して売る古い体質をボコボコに論破された経営陣は、会社を救う『ダイヤの原石』を探すため社内を大パニックで引っ繰り返す。ダイヤを見つけた彼らが地方の港町で見つけたのは、40年前の頑丈な名機を愛し続けるおばあちゃんと、中身を最新AIに魔改造していた最強のリペア親子だった!「売るのを辞めて、100年守り続けろ!?」シワシワのスーツを着たおじ様たちが、脳みそから血と汗を流して世界をひっくり返す、前代未聞のSF経営コメディ開幕!
第1章:黒船襲来、天下の東洋エレクトロン大狼狽
ここは近未来の日本。
「――政府から派遣された、企業体質最適化AIと外部コンサルタントだと? ふざけるな。我が社をどこの三流ベンチャーだと思っている」
東京八重洲に本社を構える、東洋エレクトロンの自社ビル38階、特別会議室。
最高経営責任者(CEO)の能登(のと)は、仕立ての良い高級スーツの胸ポケットのチーフを整えながら、窓の外を見つめ鼻で笑った。彼の背後には、同じく高価なネクタイを締め、いかにも「日本の家電業界を牽引してきた」というプライドを顔に張り付けた取締役たちが、ふんぞり返って会議用テーブルに並んでいる。
東洋エレクトロンは、国内トップシェアを誇る、創業100年の老舗総合家電メーカーだ。今年も秋の新型エアコン『グラン・ブリーズ』シリーズの発表を控え、数億円のタレント広告を打ち、量販店を札束で殴る準備は万端だった。
「だいたい、最近の国連だの政府だのの『環境保護』とやらは、綺麗事が過ぎる。我々はボランティアをやっているんじゃない、ビジネスだ。毎年新しいエアコンを売って、10年経ったら買い替えさせる。この美しい大量消費のサイクルこそが、我が社の社員の雇用を守り、日本のGDPを支える正義なんだよ。それを、どこの馬の骨とも知れん小娘と、ただの計算機が――」
「――あら、その『美しいサイクル』とやら、我々のデータでは、既に完全に破綻してドロ船になってますけど?」
会議室のドアが、一切の遠慮なしに蹴り開けられた。
入ってきたのは、15センチの真っ赤なピンヒールをカツカツと鳴らし、仕立ての良い漆黒のパンツスーツを着こなした女性だった。彼女こそ、政府から強制派遣された超毒舌の企業体質最適化コンサルタント、荏原果凛(えばら かりん)である。
彼女の横には、最新の量子ホログラム端末が浮遊しており、そこから青白い電子光が明滅している。政府直属のスーパーAI、「GAIA(ガイア)」のインターフェースだ。
「な、なんだ君は! 挨拶もなしに無礼な!」
営業担当役員が立ち上がって机を叩く。しかし、果凛はそれを完全に無視し、能登CEOの正面の椅子にドカッと腰を下ろすと、長い脚を組んだ。
「東洋エレクトロンの経営陣の皆さん、おはようございます。コンルタントの荏原果凛です。そして、こちらが皆さんの古い脳みそをリフレッシュするために連れてきた、AIのGAIAくん。さあGAIAくん、ご挨拶代わりに、この偉そうなおじさまたちに『現実』をドーンと見せてあげて」
【システムGAIA、了解。東洋エレクトロンのバイタル解析ログを展開します。覚悟してください、オジサマ方】
スピーカーから、妙に軽快で、しかし背筋が凍るほど冷徹な合成音声が響き渡った。
次の瞬間、会議室の照明が自動で暗転し、テーブルの真ん中に、巨大な世界地図と天文学的なグラフのホログラムがドーン!と浮かび上がった。
「な、何だこれは……!?」
【グラフ①:東洋エレクトロンのエアコン『グラン・ブリーズ新型モデル』の利益率推移】
GAIAが冷酷な数値を弾き出す。
【過去5年間、我がトウヨウ様は『ボタンの位置を変えただけ』『AIが部屋の隅をちょっと見守るだけ』の新型モデルのために、毎年数十億円の金型代と広告費をドブに捨ててきました。その結果、他社との泥沼の価格競争に巻き込まれ、1台あたりの純利益率はわずか『3%』まで大暴落。量販店に叩き売りされ、残ったのは疲弊した現場と、倉庫を圧迫する膨大な売れ残り在庫。これ、経済学用語で『ただの自転車操業』と言います。ピンポン!】
「ぶ、無礼な! 我が社には『10年先まで快適に』という最強のキャッチコピーがある! 10年経てば消費者は必ず買い替えるんだ!」
宣伝担当役員が顔を真っ赤にして反論した。しかし、果凛はフンと鼻で笑い、冷たい視線を投げかけた。
「安心? 詐欺師並みのカラクリで、よくそんな言葉が吐けるわね。10年経ったら意地でも直せなくなるように、補修パーツの供給を社内規定でストップさせて、強制的に買い替えさせてるだけでしょ。おまけに開発部ときたら、10年でピッタリ異音がして壊れるように、あえて強度の低い安物のプラスチックパーツを絶妙な位置に仕込む。皆さま方が本来持つべき、ものづくりのプライド、どこかに置き忘れてきたんじゃないの?」
「うぐっ……!」開発担当役員が胸を押さえて椅子に沈み込んだ。図星だった。 GAIAが続ける。
【さらに追い打ちです、オジサマ方。グラフ②:欧州の最新環境規制の黒船】
GAIAが世界地図のヨーロッパ地域を真っ赤に染め上げた。
【現在、欧州連合(EU)では『修理する権利』の国内法に則り、メーカーは保証期間外であっても、製品の修理や部品提供を数十年単位で義務付けられています。
日本政府もこのガラパゴス大量消費体質を叩き潰すため、同様の法案を間もなく可決します。つまり、皆さんが誇る『10年で捨てさせる免責システム』は、来年にはただの『国際違法行為』になります。今のままの経営を続ければ、我がトウヨウ様は、制裁金と市場締め出しで、あと2年で確実に『倒産』します。パフパフ〜、大黒字からの転落でーす】
会議室に、凍りつくような沈黙が流れた。
さっきまでふんぞり返っていた取締役たちの顔から一瞬で血の気が引き、額からタラ〜と冷たい汗が流れ落ちる。能登CEOも、窓の外を見るのをやめ、震える手でネクタイを緩めた。
GAIAが突きつけたのは、綺麗事の環境論ではない。彼らが何よりも恐れる「会社が潰れる」という、ぐうの音も出ない冷徹な未来のデータだった。
「そ、そんな……。じゃあ、我々はどうすればいいんだ……。毎年新商品を作って売らなければ、社員の雇用も、世界中の巨大な自社工場も、何千もの下請け企業も守れない……。長持ちする機種などヘタに作ってしまったら自分たちの首を絞めるだけじゃないか!」
営業担当役員が、完全に自信を喪失して頭を抱え、力なく机に突っ伏した。他の役員たちも、プライドを完璧に粉砕され、ガタガタと震えている。
それを見た果凛は、ふっと不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「あらあら、天下の東洋様が、随分と可愛い弱音を吐くのね。でも、安心しなさい。GAIAの演算データによると、この絶望的なドロ船の中に、たった一つだけ、この東洋を救い、地球を冷やし、天文学的な利益を生み出す『ダイヤの原石』が眠っているわ!」
「え?ダ、ダイヤの原石……!?」
能登CEOが弾かれたように顔を上げた。
急に褒められた子のように元気を取り戻して叫ぶ。
「それは何だ!? 開発中の次世代超伝導チップのことか!? それとも、隠し資産の土地か!?」
「あらあら、CEO、すぐに答えを教えてもらえると思ったら大間違いよ」
果凛は真っ赤なリップの口元を歪め、テーブルをバン!と叩いた。
「なんでも最初から正解を教えてもらう思考停止だから、そんなカビの生えた大量消費システムにしがみつくのよ。
これは、次回までの『宿題』です。自分たちの足元を、社内を、血眼になってひっくり返して探しなさい!自分たちの頭を自力でリフレッシュできない会社なんて、コンサルする価値もないわ。――行くわよ、GAIA」
【はーい、オジサマ方、しっかりお勉強してくださいね。ブブー!】
果凛はカツカツとヒールを鳴らし、呆然自失となった経営陣を残して、嵐のように会議室を去っていった。
残された能登CEOと取締役たちは、汗だくになったスーツのまま、ただお互いの青ざめた顔を見合わせるしかなかった。
「お、おい……我が社のダイヤの原石って、一体何なんだ……!?」
天下の東洋エレクトロンが、自らの過去と未来に向き合う、大パニックの幕が上がった。
第2章:狼狽の経営ヒアリング――我が社の誇る『裏の技術力』
「おい! 我が社のダイヤの原石とは何だ!? 早く見つけないと、あと2年でこの東洋が潰れるんだぞ!」
台風のような荏原果凛とGAIAの襲来から一週間。
東洋エレクトロン本社ビルでは、昨日までのふんぞり返っていた威厳はどこへやら、能登CEOを筆頭とする取締役たちが、髪を振り乱し、高級ネクタイを歪ませ、シャツの袖を捲り上げて社内中を血眼になって駆け回っていた。
彼らがまず向かったのは、会社の誇りである「最先端技術」が集結している、技術開発本部・生産管理部だった。経営陣は、現在開発中の極秘プロジェクトの中にこそ、荏原果凛の言う「ダイヤ」があると確信していたのだ。
「開発部長! 開発中の次世代超伝導チップの進捗はどうだ!? あれが我が社の未来を救うダイヤなんだろう!?」
能登CEOが部屋に飛び込み、デスクを激しく揺さぶる。
しかし、白衣を着た開発部長は、死んだ魚のような目で経営陣を見つめ、深いため息をついた。
「超伝導チップ? CEO、寝言は寝てから言ってください。他社との不毛な価格競争のせいで、ここ数年開発予算は削られっぱなしですよ。そんな夢の技術、影も形もありませんよ。……それより、今の我が社の『世界一の誇るべき裏の技術力』が何か、ご存知ないんですか?」
「え……? 世界一の技術……?す、素晴らしいじゃないか!そんなものがあるのか!」
経営陣がゴクリと唾を呑む。
開発部長は、おもむろに机の上に最新のエアコン『グラン・ブリーズ』の内部設計図を広げ、一本の精密なプラスチック製のネジを指差した。
「これですよ。他社に負けないためには、毎年新商品を買わせなきゃいけない。そこで10年目の夏にピッタリ経年劣化で異音がして壊れるように、意地でも摩耗しない超頑丈な金属コアの周りに、あえて強度の低い安物のプラスチックパーツを絶妙な位置で仕込む。これが我が社の『計算通りに壊すための恐るべき技術力』です。
ミクロン単位の狂いもない『時限爆弾』を設計図に引くのが、今の俺たちのメインの仕事ですから。……俺たちは、真剣に良いものを作りたい意欲に燃えて入社したはずなんですけどね。ものづくりのプライドなんて、もうとっくにドブに捨ててますよ」
「ひ、ひえっ……!」
開発担当役員が悲鳴を上げて一歩退いた。自分たちが誇っていた「高い技術力」の生々しすぎる裏の顔に、経営陣の背筋に冷たい汗が伝う。
「な、ならば宣伝部だ! 営業部だ! 我が社の世界に誇るマーケティング戦略の中に、ダイヤがあるはずだ!」
次に経営陣がドカドカと駆け込んだのは、数億円の予算を動かす宣伝部と営業部の合同ミーティングルームだった。そこでは、宣伝部の一流プランナーである女性社員たちが、疲れ果てた顔でお弁当の唐揚げを突つきながらランチミーティングをしていた。
「宣伝部長! 営業部長! 君たちの部署にこそ、我が社のダイヤが隠れているんじゃないか!?ユーザーに、快適なのは10年限りだよとさりげなくささやく、この『10年先まで快適に』という最強のキャッチコピーのことか!?」
能登CEOの必死の問いかけに、ランチを中断された若き女性社員の一人が、冷ややかな目で経営陣を見つめ返した。
「CEO、何言ってるんですか。その『10年先まで快適に』なんてコピー、テレビで流れるたびに、私たちがどれだけ良心の呵責で胸が痛むか知ってます?
去年の型落ちと中身は1ミリも変わらない新商品を、さも世紀の大発明みたいにバイヤーに売り込まなくちゃいけない。フツーの神経じゃやってられませんよ!私たちの『詐欺師並みのメンタル』。言うなれば、これこそが、我が社の今の最大の強み、ダイヤですよ。営業なんて、量販店に『早く値引きしろ』って叩かれて、毎日泥沼の削り合いです。こんな嘘の言葉を紡ぐ宣伝、もう疲れました……」
「うぐぅ……っ!」
宣伝担当役員と営業担当役員が、同時に自分の胸を押さえて床に膝をついた。自分たちが必死に回していた大量生産の歯車が、現場の若い社員たちの心をどれほど削り、殺していたのか。その本音を叩きつけられ、経営陣は大狼狽する。
「お、おい、じゃあ、リサイクル推進課はどうだ……! あそこなら、我が社の取り組んできた、今どきの環境にやさしいデータがあるはずだ!」
最後の望みをかけて、地下にあるリサイクル課の薄暗いオフィスへと転がり込む経営陣。
しかし、そこで待っていたのは、怒髪天を突く勢いで怒り狂うリサイクル課長だった。
「強み!? ダイヤ!? あるわけないでしょう! 毎年秋に新商品が売れれば売れるほど、まだピンピン動く10年前の自社エアコンが、山のようにここにゴミとして逆流してくるんです! プラスチックの完全な再資源化なんて建前で無理だし、シュレッダーにかけるエネルギーだけで膨大なCO2を出している!
現場はもう、自社が作った罪の尻拭いだけで死にかけてるんです! 経営陣の皆さん、生み出す段階で、誰も捨てようとしない『終わらない機械』を作ってから偉そうな顔をしてください!」
「う、うわああああ!!!」
経営陣はついに全員で頭を抱え、床に尻もちをついてガタガタと震え出した。
社内をひっくり返して見つかったのは、ダイヤの原石どころか、自分たちがこれまで目を背け続けてきた「大量消費システム」の血と涙にまみれた生々しい被害届の山だった。
「我が社は……ただのゴミ製造工場だったのか……。ダイヤなんて、どこにもないじゃないか……」
能登CEOは絶望し、シワシワになったスーツのまま、床に突っ伏して涙を流した。
その時だった。
経営陣の後ろで、ヒアリングに同行していた若手社員、日向(ひなた)くんが、パソコンの画面を見つめたまま、声を震わせた。
「あの……能登CEO、取締役の皆さん……。社内の誰も見ていない、データサーバーの最深部――『過去の遺産の墓場』を漁っていたら、一件だけ、信じられないバグのようなログを見つけました」
「な、なんだ……。もう、倒産のデータなら見たくないぞ……」
「いえ、違います! 今の電力会社のスマートメーターが自動検知している、全国の『家電の電流の指紋(波形データ)』です。我が社の廃棄データ上は、20年前にすべてスクラップにされ、この世に一台も残っていないはずの幻のエアコン。40年前、東洋エレクトロンが、一切の妥協なく最高峰の技術を結集させて作り上げた、『名機タフネス』です。その電気の指紋が、確かにあるんです!画面の向こうで、まだ生きているんだと叫んでいるんですよ」
日向くんがプロジェクターの画面を壁に映し出す。
そこには、現代の安物プラスチックエアコンとは明らかに違う、異常なほど規則正しく、力強い重低音のような電気の波形がパチパチと火花を散らしていた。
「しかも、場所は千葉県の端――吹き荒れる潮風で最新機でも3年で室外機が錆びてボロボロになる、家電の地獄『銚子市』です。そこにだけ、この幻の指紋が、まるで星座のように密集して現役で動いています。しかもその省エネ効率は、我が社の最新型をも凌駕する数値なんです」
能登CEOは、床から這い上がるようにして画面を凝視した。
その波形のカタチを見た瞬間、彼の胸の奥で、忘れかけていた熱い記憶が蘇る。かつて自身が若きエンジニアだった時だ。世の中の「軽薄短小」に反発した若手チームは、全く逆の化け物を作ろうと息巻いた。「10年や20年で壊れるようなヤワなもん作って何がものづくりだ!日本の、東洋エレクトロンの技術をなめんじゃねぇ!」彼らが作り出したのは、価格帯は他メーカーの倍はするが、戦車とも呼ばれた圧倒的な頑丈さを誇る、圧巻のエアコンだった。
「あのタフネスが?」間違いない。確信が脳裏を突き抜けた。
「……これだ! これが荏原果凛の言っていたダイヤだ!! 40年前の我が社の最高傑作、名機タフネスのことだったんだー!!」
能登CEOをはじめ、取締役たちは一瞬にして満面の笑みに変わる。
「やったぞ! ダイヤは見つかった!」「さすが我が東洋エレクトロン、過去の遺産までが一流だ!」と、これまでの狼狽を完全に忘れて、お互いにシワシワのスーツのままハイタッチをして大喜びし始めた。「素晴らしい!40年も動き続けている我らが『名機タフネス』!どうだ!」
そして第二回の中間報告会議の日を迎えた。
特別会議室の扉を開け、荏原果凛がカツカツとヒールを鳴らし、フワフワと浮遊するAI GAIAと共に入ってきた。
能登CEOはこれ以上ないほどのドヤ顔をして彼らを待ち構えている。
「さぁ、皆さま、宿題は解けましたかしら?」席に着くと果凛が、やけに嬉しそうに胸を張っている役員一同を見回して尋ねる。
待ってました!とばかりに能登CEOが立ち上がると果凛の前に歩み寄り、不敵な笑みを浮かべながらバシッと資料を叩きつけた。
「フハハハ! 果凛さん、GAIAくん! 出された宿題は見事に解いてみせたぞ! 我が社の誇る『ダイヤの原石』の正体は、40年前に我々が作った伝説の頑丈エアコン、名機タフネスのことだ!
そうだろ!現に、千葉の銚子市で今も最新型を超える効率でピンピン動いているログを見つけた! どうだ、フハハハ!完璧な正解だろう!」
取締役たちも後ろで「してやったり!」と言わんばかりにふんぞり返り、ウキウキとした表情で果凛の反応を待った。
【ポンポポーン! ピンポーン! 正解でーす。我がトウヨウのオジサマ方、よくぞデータの墓場から見つけ出しました。拍手〜】
GAIAの軽快なファンファーレが鳴り響き、経営陣は「よしっ!」とガッツポーズを決める。
しかし、その歓喜の渦を、果凛の一言が氷点下へと凍りつかせた。
「――で? そのダイヤの原石を、皆さまはどうなさるおつもりですか?」「え……?」
能登CEOのガッツポーズが、空中でピタリと止まった。
「いやぁ、どうって、それは……」
「まさか、正解を見つけただけ?それで、やったー!って喜んだだけ?ププ、信じられない!そこで思考停止してどうすんのよ!本当に脳みそが化石並みに錆びついてるのね。
ダイヤの原石の正体がタフネスだって分かったのはいいわ。じゃあ、それをどうやって磨いて、どうやって今のこの会社の経営に活かすんですか? 」
「い、いや……見つかったんだから、これをまた復刻モデルとして世界中に大量に売れば、大儲けできて倒産も免れるかと……」
「大・不・正・解。 だから思考停止だって言ってるのよ」
果凛は呆れたように大きなため息をつき、量子端末の画面を鋭くタップした。
「40年前のエアコンを今さら大量生産してどうするんですか? 巨大な自社工場の負債は? 新商品を作らないことで干される下請け企業の雇用は? それに、売って終わりのビジネスのままで、どうやってこれからの厳しい環境規制をクリアする気? 原石を見つけただけで満足して、それを活かす『方法』を1ミリも考えていないなんて、おめでたすぎて笑っちゃうわ」
経営陣はウキウキから一転、頭から冷や水を浴びせられたような衝撃を受け、再び真っ青になってガタガタと震え出した。
「う、うう……。じゃあ、どうすればいいんだ……。タフネスがダイヤなのは分かったが、生産する以外の方法で、一体どうやって活かせばいいんだよ……」
能登CEOが涙目で訴えると、果凛は腕組みをして、冷酷極まりない視線を送りつつ、決定的な『謎』を突きつけた。
「ヒントをあげるわ。『そこには、人がいる』。なぜ、あの過酷な塩害の地で、40年もの間、タフネスが捨てられなかったのか?なぜ最新の効率で動き続けていたのか?
ただの鉄の塊が、勝手に動くわけがないでしょ!次回までに、自分たちの足でタフネスを巡る『人』を確かめて、今あるダイヤの原石が何を語るのか、脳みそから血を流すほど考えてきなさい。……行くわよ、GAIA」
【はーい、オジサマ方、原石を見つけただけで満足しちゃダメですよー。次回までに、ちゃんと「ヒトのココロ」をお勉強してきてくださいね。ブブー!】
果凛とGAIAは、再びパニックに陥る経営陣を置き去りにして、颯爽と退場していった。
静まり返った会議室で、能登CEOは冷や汗でベッタリした手でネクタイを握りしめ、疲弊し切った顔で取締役たちを見回した。
「……お、おい。そこには、人がいる……だと? 一体どういう意味だ。…とりあえず、社用車を用意しろ! こうなったら千葉県の銚子市へ行ってみるしかない!とにかく、一度タフネスを見てみようじゃないか!!」
第3章:名機タフネスと町の小さな電気店
それから数時間後……千葉県銚子市からの帰り道、東洋エレクトロンの社用車の中は、異様な静寂に包まれていた。
高級シートに身を沈めた能登CEOをはじめとする取締役たちの目は、一様に赤く腫れ上がっている。彼らは泣いていた。それも、経営の数字に困って泣いたのではない。心底、自分たちの歩んできた「使い捨ての10年」を恥じ、激しい後悔の涙を流していたのだ。
彼らがスマートメーターの電流指紋を追って、40年前の『名機タフネス』がいまだ現役で動いているという銚子市の古い民家を訪ねたのは、昼過ぎだった。あたりは蒸し暑さに包まれ、ミンミン蝉が元気に鳴いている。
突然、黒塗りの高級セダンから、仕立ての良い高級スーツを着た大企業の経営陣がゾロゾロと降りてきたのだ。普通なら何事かとたじろぐシチュエーションだが、縁側に座っていたおばあちゃんに動じる様子は全くない。
「あらまぁ、東洋の偉い人たちがわざわざ点検に? 暑いのに遠いところご苦労様ねぇ」と、機嫌良く彼らを居間へと迎え入れ、冷たい麦茶と大盛りのスイカを出してくれた。
海風が強烈に吹きつける古い民家の居間で、能登CEOたちが目にしたのは、40年前に息子が最初のボーナスで買ってくれたという『名機タフネス』を、宝物のように愛おしそうに見上げるおばあちゃんの姿だった。
おばあちゃんは、スイカの種を飛ばしながら誇らしげに語る。
「当時これは高くてねぇ、みんなの憧れだったのよ。そりゃあ近所でもみんなして、うちもタフネスにしたよぉって、自慢でさ。ここらは潮風が強くて普通のエアコンはすぐ錆びちゃうから、どうしたって東洋さんの頑丈な機械でないとね」
皆が見上げる和室の壁には、古めかしい角張ったフォルム、重厚感のあるタフネスが、圧倒的な存在感を放って神々しく鎮座していた。
ここ数年、コストカットの果てに生まれたペラペラのプラスチックのガワを纏ったエアコンばかり見慣れた経営陣の目に、その総金属製の硬質なボディは、得も言われぬ気高さを放っていた。
「まだ、現役なんだな……タフネス」
能登CEOは、ふと、自分が裏切って捨て去った旧友に再会したかのような、胸が締め付けられる感慨を覚えていた。
――だが、それにしても解せない。
技術者としての能登の脳細胞が、猛烈にアラームを鳴らしはじめた。
なぜ、40年前の機械が動いている? それどころか、GAIAのデータでは、なぜこの家の電気代が、最新の超省エネエアコンに勝るとも劣らない驚異的な数値を叩き出しているんだ?!
能登CEOは考えるうちに興奮のあまり、出されたスイカをガシガシと猛烈な勢いで貪り食い、ぷっぷとタネを勢いよく飛ばし、口の周りを真っ赤にしていた。そして、麦茶をバケツのように飲み干すと、やおらおばあちゃんの手を掴まんばかりに詰め寄る。
「ばあさん!!一体、なんだってこいつがいまだに動いてるんです!?どんな手入れをしてたんですか!40年前の電子基板のままでは到底今の省エネ構造には及ばないはずなんです!!なぜ最新機に勝るとも劣らない省エネを実現できているんですか!お願いだ、隠さずに教えてくれ!!」
あまりの形相に、後ろの取締役たちが「CEO、落ち着いてください! スイカの汁がスーツに!」と慌ててハンカチを出す。おばあちゃんはその様子に全く動じることもなく、「まぁまぁ社長さん、落ち着いて下さいな。私が手入れしていたわけじゃないの。私はほら、使わない冬に掛けてあげる、こーんなね、見て、パッチワークのカバーなんかを手作りしただけよ。ほら、昔はよくこうやって、家電にカバーを掛けてあげてたものよ。ね、黒電話だって…」
「ばあさん!!で、なんでこいつが動いてるかって話なんだがっ」能登CEOが気色ばむ。
「あぁ。動くのは当たり前でしょ?そこの四つ角の津田電器さんとこの、正雄さんと息子のタケルくん、よく点検にきてくれるもの。ふふ、あの親子がね、『ばあちゃん、このエアコンは息子さんの気持ちが詰まった最高の鉄でできてるんだ。俺たちが何度でも頭脳を最新にして、死ぬまで涼しい風を送ってやるからな』って、毎年、中身を入れ替えて手入れしてくれてるのよ」おばあちゃんはゆっくりとタフネスに視線を向けた。
「わかった!!ありがとうよ、ばあさん!
おい、四つ角の、津田電器だ! 行くぞお前たち!!」東洋エレクトロン経営陣は、わらわらとおばあちゃんの家を飛び出すと、小走りに坂を下り一直線に角の電気屋を目指す。
「おい!やべぇ! 親父、逃げろ!! 東洋のヤクザ……じゃなくて、本社のエリート役員どもが、なんか知らんがすげぇ形相でこっちに向かってくる!!」
銚子の四つ角にある『津田電器商会』の店先。店内に引きこもってパソコンを叩いていた息子のタケルが、窓の外を見て絶叫した。
「なんだとぉ!?」作業着姿の親父・正雄が旋盤の手を止める。
「おい、こりゃマズイぞ!ついにメーカーに無断でタフネスを魔改造(基盤ハック)してたのがバレたんだ! 著作権侵害とか営業妨害で、高額な損害賠償を請求されるに決まってる! 逃げろ!!」
大企業の恐ろしさにパニックになったリペア親子は、工具カバンをひったくると、商店街の路地裏へと一目散に走り出した。
「待てぇーーい! 津田電器ーーー!!」
その後ろを、高級革靴をパタパタと鳴らし、シワシワになりかけた高級スーツを翻した能登CEOと取締役たちが、猛烈な勢いで追いかける。
「ひえええ! 追ってくる! おっさん達のくせに足が速すぎる!」タケルが泣き叫ぶ。
「待てと言っているんだ! 賠償金の話じゃない! 話を聞けぇ!」能登CEOが必死の形相をしながら猛ダッシュで路地を曲がる。港町の複雑な路地裏。ついに袋小路に追い詰められた津田親子。
背中に壁を背負い、ハンダゴテとスパナを武器のように構えた正雄は、開き直って息を荒くしながら、目の前のスーツ姿の男達に怒鳴り散らした。
「おう、東洋の本社のお偉いさんよぉ! 捕まえるなら捕まえやがれ! 確かに俺たちは、あんたらが『部品がないから買い替えろ』って見捨てたエアコンを、勝手に中身をハックして直したよ! だけどな、直せる本物の機械を、新商品を買わせるためだけに強制的に捨てさせるあんたらの方が、よっぽど犯罪者じゃねえか! あんた方は40年前にはあんなすげぇ機械を作ってたんだ!それが今じゃどうだ、毎年丸ごと捨てるようなガラクタばかりこしらえやがって。お前らは、ものづくりの誇りも、ユーザーの愛着も、全部忘れて、ゴミ製造工場に成り下がっちまったのかよ!!」
親父の涙ながらの怒号が路地裏に響き渡る。
さらに、いつもは人の目すら見られない引きこもりのタケルが、正雄の後ろから一歩前へ出て、涙ぐみながら役員たちにぶつけた。
「……そうだ!確かに僕は自作のAIチップを作ってタフネスにはめ込んだ!タフネスはめちゃくちゃそれに応えてくれる最高の機械なんだよ!おかしいだろ?あんな頑丈で戦車みたいなエアコンを作った東洋さんが、なんで今は作らないんだよ?10年経って捨てられるエアコンばかりじゃないか。そのせいで世界中にエアコンの死骸の山ができてるんだよ……! 直せるのに…直せば使えるものを捨てるなんて!思い出が詰まってるものを捨てさせるなんて……機械に対しても、おばあちゃんに対しても、失礼だろ!!」
親子の涙に塗れた魂の叫びを正面から浴びせられた経営陣は、一歩も動けず、ただ圧倒されていた。
能登CEOは、これ以上ないほど激しく胸を揺さぶられていた。彼らの言う通りだった。自分たちは「売る」という悪魔の車輪を回すために、最も大切なものを踏みつぶしていたのだ。
絶句したまま立ち尽くしていると、ハァハァと息を切らしながら追いついた若手社員の日向くんが、タブレットの画面を能登CEOの前に差し出した。
「能登CEO、取締役の皆さん。……驚くのはまだ早いです。GAIAのスマートメーターの詳細ログの解析が、今、完全に終わりました。……これを見てください」
画面に表示されたのは、日本地図の上にピコピコと明滅する、無数の『タフネスの指紋(波形データ)』だった。
「銚子市だけじゃありません。新潟の豪雪地帯、高知の漁師町、北海道の旧家……。メーカーのデータ上は廃棄されたはずの『名機タフネス』が、日本全国の地方都市に、今もなお【約10万台】、星座のように密集し現役で、しかも最新の省エネ効率で回り続けています。そして、そのすべての場所で……」
日向くんは、画面のテキストを震える声で読み上げた。
「津田電器さんのような、地域密着の小さな街の修理屋さんが、ネットを介してタケルのAIチップの図面を手に入れ、頑固に、頑なに、エンドユーザーのおばあちゃんたちの思い出を、裏で守り続けていたんです。全国10万箇所で、この『もったいないの蜘蛛の巣』が、我が社の保証を無視して、出来上がっていたんですよ……!」
「じ、10万台……!?」
能登CEOをはじめ、取締役たちはその場に呆然と立ち尽くした。
自分たちがとっくに見捨て、過去に葬り去ったはずの40年前の名機。それが、大企業のあずかり知らぬ場所で、日本中の「もったいない精神」を持つおばあちゃんたちと、腕のある街の修理屋たちの執念によって、静かに、だが確かなモーター音を繋いでいたのだ。
「我々が、かつて作った名機は……」
能登CEOは、和室の壁に神々しく鎮座していたタフネスの、あの重厚な鉄の体を思い出し、涙がボロボロと溢れて止まらなくなっていた。
「我々が魂を込めて作った機械は……そこまで、そこまで凄かったんだな……! 世界一の、本物のものづくりだったんだ……!」
役員たちも一斉に涙を流し、「東洋のタフネスは、まだ死んでいなかった……!」「俺たちは、なんて素晴らしい遺産を遺していたんだ……!」
路地裏でシワシワのスーツを着た役員たちが、今度は突如感動と誇りでおいおいと泣き始めた。
突然泣き出した大企業のエリートたちを前に、津田正雄とタケル親子は驚きを隠せない。「おいおい、なんなんだ、一体」「ええ……? なんで泣いてるの、このおっさん達……?」2人はドン引きして、構えていたスパナをゆっくり下ろした。
こうして果凛がくれたヒントをしかと胸に受け止めた役員達は、泣きながら東京への帰路についたのである。
第4章:脳汗大決戦――経営陣、サブスクってどうなの?
深夜二時。東洋エレクトロン本社の第1特別会議室。おばあちゃんの麦茶とスイカ、そしてリペア親父の存在によって、完璧に「覚醒」された彼らは、緊急役員会を開いていた。能登CEOが机を叩く。「あのタフネスの輝き、そして津田親子の技術……あの原石を磨き続けるために、我が社ができることは何だ!? 脳みそから血が出るまで考え抜くぞ!」
いつもならスマートにスマートデバイスを操る役員たちが、全員上着を脱ぎ捨て、腕まくりをし、ホワイトボードを前に頭を掻きむしりながら、うんうん唸る。
「あの原石(タフネス)を活かす方法だ! 毎年新商品を作って捨てるのを辞めて、あの頑丈な機械をどうビジネスにするか、知恵を絞れ!」
能登CEOが声を枯らして吠える。しかし、これまで「売って終わり」のぬるま湯に浸かりきっていた役員たちの古い頭からは、なかなかアイデアは出ない。
「CEO! 分かりました!」営業担当役員が目を血走らせて手を挙げた。
「あの銚子の津田の親父を、我が社の地下工場に公式に招き入れ、あの30年持つ真鍮の軸受けを、24時間体制で死ぬほど手作業で削らせるんです! で、それを今年の『グラン・ブリーズ』の新型モデルに『レジェンド親父の手削りパーツ付き!』とキャッチフレーズにして売り出しましょう!」
「バカ者!!」能登CEOがすかさずホワイトボード用消しゴムを投げつけた。「親父の体力が持つか! 労働基準法を何だと思っている、サステナブルのかけらもないわ! ぶぶーだ!」
「では!」今度は開発担当役員が鼻息を荒くして身を乗り出す。
「息子のタケルが作ったあの魔改造AIチップのデータをハッキングし、我が社の最新型に組み込みます! そして『30年絶対に壊れない究極のエアコン!』と銘打って、価格をこれまでの30倍、【1台900万円】にして富裕層に一発逆転で売りつけるというのはどうですか!?」
「誰がエアコンに900万も払うんだ!!」能登CEOが机を激しく叩いた。「1台売れたらその後30年間、世界中の誰も我が社のエアコンを買わなくなるだろうが! 会社が翌月に黒字倒産するわ! これも大ぶぶーだ!」
「ああ、ダメだ! どうやっても『大量生産して売る』という壁から抜け出せない!」
「でも、売らなきゃ会社にドカンとお金が入ってこないじゃないか!」
役員たちは再び頭を抱え、机に突っ伏した。時計の針は午前四時を回っている。全員のシャツは汗を吸ってぐっしょりとなり、脳みそからは本気の汗がダラダラと流れ落ち、会議室は酸欠状態のようになっていた。
その時だった。
経営陣の泥臭い激論をずっと後ろで見守り、データを整理していた若手社員の日向くんが、恐る恐るホワイトボードの前に立ち、ポツリと呟いた。
「……あの、皆さん。そもそも『売る』のを辞めたらどうですか?」
「あ? 売らないでどうやってこの巨額の社員の給料を払うんだよ!」営業役員がうなだれたまま突っ込む。
「いえ……」日向は、銚子のおばあちゃんの家でとった自分のメモを画面に映した。「銚子のおばあちゃん、エアコンを買ったのは40年前の一回だけです。ですが、津田の親父さんには『毎月、お茶菓子やちょっとしたお礼』を渡して、ずっとエアコンを見守ってもらってましたよね。お客様が本当に求めているのは、エアコンという『重い鉄の塊』を(所有)することではなくて、『いつでも快適に冷えるという機能』(安心)なんじゃないでしょうか……」
能登CEOが、ハッと息を呑み、眼鏡をずらして日向くんを見た。日向くんは続ける。
「つまり、エアコン本体は我が社の資産のまま、お客様の家に貸し出すんです。その代わり、『100年エアコン・永久安心プラン』として、毎月定額、たとえば数千円の利用料をいただく……『サブスクリプション』ビジネスにするんです。これなら、1つのモノを長く持たせて、中身だけをアップデートし続けるほど、我が社は新商品の型代も広告費もかけずに、永遠に儲かり続けるんじゃないでしょうか……!」
会議室に、文字通りの激震が走った。
シワシワのスーツを着たおじ様たちが、一斉に顔を見合わせ、目を見開く。
「さ、サブスク……!」
「売るんじゃない、貸して、守り続ける……!」
「それだ! それならおばあちゃんの思い出のタフネスも捨てさせずに、我が社にずっと毎月、確実な利益が転がり込んでくるぞ!!」
「やった、ついに果凛の宿題を解いたぞ!」と、能登CEOたちは手を取り合って、小躍りした。
日向くんが続ける。
「全国に奇跡的に生き残っている名機タフネスが10万台。これに津田親子の省エネAIチップと真鍮パーツをはめ込み、月額3,000円の『タフネス永久安心サブスク』を営業したとしましょう。10万人×3,000円で、毎月【3億円】。年間で【36億円】の固定収入です! しかも新商品の型代も広告費もゼロですから、粗利益率は驚異の『85%』に達します!」
会議室が一瞬、静まり返った。次の瞬間、ヨレヨレのシャツを着たおじ様たちの顔に、パァァァッと見たこともないような邪悪でウキウキした笑みが広がった。
「月3億……! 広告費ゼロで、ほぼ丸ごと純利益……!?」
「おい営業部長! 俺たち、マジで経営の天才じゃねえか!? フハハハハ!」
「タフネス、ダイヤの原石とはこのことか!」
「やったぞ! これを次回の会議でドヤ顔で出せば、あの生意気な果凛ちゃんもGAIAくんも、ぐうの音も出ずに平伏すに違いない!」
さっきまで銚子のおばあちゃんや津田親子の叫びに感動していたはずのおじ様たちは、一瞬で「強欲なビジネスマン」へと戻り、深夜の会議室で手を取り合って「ひゃっほー!」とハイタッチを交わし、狂ったように踊りだした。自分たちが自力で見つけたサブスク案に、完全に思考がブチ上がっていたのだ。
――しかし。その狂乱の絶頂に、財務担当役員が氷点下の冷水を容赦なくぶっかけた。
「……い、いや、待て。みんな、落ち着いてくれ。冷静に計算し直してくれ」
財務役員がガタガタと震えながら、別のホワイトボードに「現在」の地獄の数字を叩きつけた。
「我が社が今、必死に毎年何十億もかけて売っている現行の『グラン・ブリーズ』シリーズは、日本中で【数百万台】も回っているんだぞ……。タフネスの10万台のサブスクだけで月3億稼いだところで、その何百万台の新型エアコンの売り上げがゼロになったら、我が社の天文学的な社員の給料や、世界中の工場の維持費はどうなるんだ? 会社は数ヶ月で確実に黒字倒産する!」
「え……?」
能登CEOの「ひゃっほー!」のポーズが、空中でピタリと止まった。
「そ、そうか……。『グラン・ブリーズ』はタフネスと違って、10年で壊れるようにペラペラのプラスチックを仕込んじまってる。あんな安物をサブスクにしたところで、30年も持たせるなんて物理的に不可能だ……」
おじ様たちは、自分たちが毎年数百万台も量産し続けてきた「10年の呪いのゴミ」のあまりの巨大さに、今さらながら恐怖した。
「む、無理だ……。サブスクにした瞬間、最初の1〜2年は誰も新製品を一括で買わなくなる。会社全体の売上は一瞬で大暴落するぞ。サブスク移行期の『死の谷(魔の期間)』の赤字を、10万台のサブスクじゃ、埋めきれない……。それに、世界中にある我が社の巨大な自社工場はどうする? 稼働を止めたら数千億円の未回収の建築費がすべて『巨額の負債』になって一発で倒産だ!
さらに、新商品を作らなくなったら、我が社を支えてくれている何千もの下請けの部品会社への発注も止まって、彼らは全滅する……。無理だ。アイデアは完璧なのに、現実の壁が厚すぎる。……僕たちの力じゃ、絶対に乗り越えられない、死の壁だ……」
「結局、我々はあのペラペラエアコンを、毎年毎年、消費者を洗脳して売り続けなきゃ死ぬしかないのか……」
一瞬にして、天国から地獄へと叩き落とされた経営陣。
さっきまでのウキウキダンスは消え去り、全員がガックリと机に突っ伏して、再びお通夜のような絶望の静寂に包まれた。深夜の酸欠状態の会議室で、脳みそから流れる本気の血と汗だけが、ホワイトボードを濡らしていた。
やがて能登CEOは、濁った目で天井を仰いだ。
「……ああ、ダメだ。完璧なアイデアだと思ったが、我々にはこの数百万台の現実の壁を越える力はない。……だが、明日は第三回の果凛たちの会議だ。
もう、恥をしのんで、この『10万台だけのサブスク案』を、言ってみるだけ言ってみよう。……どうせまた、あの小娘に『ぶぶー! 視野が狭すぎ! 思考停止!』って鼻で笑われて、おしまいだろうがな……」
東洋エレクトロンの経営陣たちは、自分たちの作った大量生産のモンスターの大きさに打ちのめされながら、しょんぼりと夜明けの空を見つめるしかなかった。
第5章:奇跡のファンファーレ――AI GAIAの「一気呵成」な大逆転
東洋エレクトロン本社の第1特別会議室。再びやってきた荏原果凛と、空中をフワフワと浮遊するAI「GAIA」の前に、能登CEOをはじめとする経営陣が並んでいた。
だが、彼らの様子は前回とは完全に違っていた。威張る気力すら残っていない。全員が徹夜の激論で高級スーツをヨレヨレにし、魂が抜けたような顔で力なく並んでいる。能登CEOはおずおずと、手書きのホワイトボードを果凛の前に差し出した。
「……果凛さん、GAIAくん。我々が脳みそから血を流して出した答えは、製品を売るのをやめる『サブスクリプション』だ。だが、どうせ『ぶぶー』だろう。分かっているんだ。サブスクにすれば最初の2年は誰も新製品を買わなくなり、売上が大暴落する『死の谷』が来る。それに、世界中の自社工場の負債も、何千もの下請け企業の雇用も守れない。我々の負けだ、この巨大な現実の壁は、人間の頭じゃ越えられん……」
能登CEOがしょんぼりと肩を落とし、取締役たちが一斉にうつむいた、その瞬間だった。
【パララパッパパーン!!!】
会議室のスピーカーから、鼓膜が破れんばかりのド派手なファンファーレが鳴り響いた。あまりの爆音に、経営陣が「ひえっ!?」と椅子から飛び上がる。
【ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! 大・正・解です!!! トウヨウのオジサマ方、最高の覚醒をありがとうございました!】
GAIAの音声ナビが、これまでにないハッピーな爆音で叫んだ。
経営陣が呆然と目を見開く中、果凛が真っ赤なリップの口元を不敵に歪めてニヤリと笑い、パチンと指を鳴らした。
「お見事です、東洋エレクトロンの皆さま!自分たちの『ものづくりの良心』を銚子の居間で思い出し、売るのをやめるサブスクに自力でたどり着いた。もう詐欺師のメンタルなどどこにもありません! ――さあ、ここからは私とGAIAのターン。皆さんが絶望しているその『3つの死の壁』、最新のデジタル技術でサクッと最適化して、東洋エレクトロンさんの利益を爆上げする『最強のトランスフォーメーション』をご案内します!」
空間に、GAIAが弾き出した巨大なホログラムの3Dデータがドーン!と展開された。
青いデジタルの光に照らされた経営陣の目の色が、一瞬で変わる。
【壁その1:巨大な自社工場の負債!――サクッと最適化:ラインの『再製造(リマニ)』!】
GAIAが工場ラインのホログラムを激しく書き換えていく。
「工場は1秒も止めません! 新商品という『巨大なゴミのガワ』を作るのをやめ、全国の古いエアコンへ、毎年アップデートして届ける『手のひらサイズの省エネAIカセット』の専用製造プラントへとラインを丸ごとアップグレードするのです! 巨大な本体を作るより、手のひらサイズの精密キットを24時間体制で大量生産する方が、実は工場の稼働率は落ちません。自社工場は負債になるどころか、利益率85%を叩き出す最強の心臓部へ化けます!」
「な、なんだと……!?」生産担当役員が立ち上がり、画面を凝視する。
【壁その2:下請け部品会社の全滅!――サクッと最適化:『高級職人ギルド』へ引き上げ!】
「安かろう悪かろうの10年使い捨て部品を作らせて叩くのは終わりです。品質永久維持のサブスクは粗利が85%と高いため、下請けを叩く必要がありません。彼らには『30年、50年絶対に壊れない、世界一過酷な基準の一級品パーツ』を、これまでの20倍の超高単価で正当に発注しなさい! 『今まで1個10円で買い叩いていたバネを、100年持つ素材で1個200円で発注する』。下請けは仕事が減るどころか、技術力を活かして過去最高に潤います!」
「下請けを……殺さずに、むしろ救えるのか……!」下請け担当が震える手で涙を拭った。
【壁その3:売上激減の『死の谷(2年間)』!――サクッと最適化:『全国リペア蜘蛛の巣ネットワーク』の正社員化!】
GAIAの画面に、銚子市で追いかけたあの津田正雄と息子のタケルの顔が大きく映し出された。
「皆さんが一番恐れていた『人海戦術の人件費リスク』。もし自前でゼロから修理工を雇っていたら、死の谷で確実に黒字倒産していました。だからこそ、すでに地元に店舗も工具も、そして『近所のおばあちゃんからの絶大な信頼』もある、津田の親父たちみたいな『全国の隠れ電器屋さん(サードパーティ)』を、『正社員』として一括雇用しなさい!
更に、10万台のタフネスに加えて、既存商品も抜かりなくサブスクに転換。スマホやリモコンのシステムの画面から、現在東洋エレクトロンのエアコンの利用者、数百万件のサブスク契約を、最初の数ヶ月で『自動回収』するのです。
お客様へのメッセージの中身は…たとえばこう、『品質永久維持部門よりお知らせ。お使いのエアコンのままで、翌月から電気代が30%安くなる最新AIリマスターキットが完成しました。月額1500円。本体の買い替えは不要です。今すぐアップデートしますか?YES/NO』こんな感じ。
そこに、親父たちが15分で最新のAIキットをガシャッとハメて回る! 死の谷の2年は、数ヶ月に縮まります!!
親父達にはできるだけ『グラン・ブリーズ』は延命してもらうけど、タフネスとは訳が違う。だから、後継の100年は動くタフネスの新しいモデルの開発も同時に進めつつ、「これ以上直すのは電気代がもったいない」と判断した時点で……そうね10年以上もご愛用下さった感謝として、お客様は格安のアップグレード料金だけで、新型のタフネスを入手できるってわけ。
「それだけじゃないわ」果凛がホワイトボードをコツコツと叩いた。
「地元の誰もが信頼しているあの親父たちや、ネットのオタクの若者たちが、我が社の公式正社員のユニフォームを着て家の中に上がり込むのよ。エアコンのアップデートをしながら、『奥さん、ついでにそこの古い冷蔵庫も、我が社の最新サブスクプランに切り替えません? 俺が毎月点検しに来ますよ』って呟くだけで、広告費ゼロで次のサブスク契約が勝手に取れる。
彼らはただの修理工じゃない、我が社の未来の資産を守る『歩く最強の営業マン』、そしてエアコンを直しながら地域の孤独死や非行、異変をいち早く察知して防ぐ『地域の最強の見守り隊(インフラ)』に大化けするんです!」
「地域の……見守り隊……」
能登CEOたちは、その言葉に、胸の奥が熱い涙で満たされるのを感じていた。自分たちが作ったシステムが、お金を稼ぐだけでなく、地方の、あの銚子のおばあちゃんのような温かい命の繋がりまで守ることができるのだ。
だが、感動に震える経営陣に向かって、果凛の目はさらに鋭く、そして最高にドラマチックに輝いた。
「さあ、東洋エレクトロンの皆さん。ここからが、私のコンサルティングの、そしてGAIAの予測演算の『本当のメインディッシュ』よ。――GAIA、ドーンと見せてあげなさい!」
【了解。オジサマ方、刮目してください。今が、選択の時です】
パッと会議室のホログラムが一変した。
そこに浮かび上がったのは、どんよりと濁った灰色に染まり、地表が異常な熱気で歪んだ、絶望的な未来の地球の姿だった。
「な……何だ、この禍々しい星は……!」能登CEOが息を呑む。
「ご覧ください。これが、皆さんがこれまでの『売って終わりの大量生産ビジネス』、10年の呪いをそのまま続けた場合の、50年後の地球の成れの果てよ」
果凛の毒舌から、プロとしての、世界への強い意志が溢れ出た。
「毎年、毎年、新しいエアコンという名の巨大なゴミを何百万台も量産し、古いものをスクラップにして地球の資源を削り取る。その結果が、この歪んだ地獄。
でも、皆さんが今日、古いサナギを脱ぎ捨てて『循環型企業』に生まれ変わることによって――世界は、こう書き換わります!」
果凛が力強く指を弾いた。
シャキーン!!!
会議室の真ん中で、灰色の地球が一瞬にして弾け飛び、息を呑むほどに美しい、宝石のようなコバルトブルーに輝く地球の姿へと生まれ変わった。その瑞々しい青に、役員たちから「おおお……!」と地鳴りのような歓声が上がる。
「これこそが、皆さんが選ぶことができる、我が東洋エレクトロンのサブスク事業がもたらす『テラバイタルデータ(地球の生命数値)』の真実よ!」
果凛は、輝く青い地球のホログラムの横に、ビシッと3つの完璧な環境ファクトを叩きつけた。
「第1に、【エアコン製造に関わる地球負荷の95%削減】! 40年前のタフネスのような頑丈な『傑作の体』をそのまま使い回し、捨てるのをやめることで、金属資源の採掘、工場の莫大なCO2、輸送エネルギーは物理的にほぼゼロになります!
第2に、【毎年最先端の省エネAIにアップデートすることによる、エアコンからのCO2排出量は劇的削減】! 10年に一度丸ごと買い替えさせるのをやめ、1年ごとに最新AI脳みそをカセットで足してあげることで、世界中の数百万台のエアコンは常に、24時間、地球を1ミリも暖めない『世界一クリーンな最先端の超省エネ運転』を維持し続けます!
そして第3に、【廃棄がないから、フロンガス漏れによる温暖化リスクが100%消滅】! 経年劣化で一番恐ろしいフロンガスの大気放出を、全国数万人の『蜘蛛の巣オヤジギルド』が毎年サブスクの点検で完璧にブロックする。漏れる前に直すのよ! 地球の大気を傷つけるリスクは、完全にゼロになります!!」
果凛の言葉が、GAIAの弾き出す圧倒的な青い光と共に、経営陣の魂へと真っ直ぐに突き刺さった。
「誰も我慢しない。消費者は涼しくてハッピー、下請けも親父たちも儲かってハッピー、そして地球のメーターは勝手に過去最高クラスのスピードで元気に治っていく。――これこそが、日本のモノを大切に使い続ける『もったいない精神』と『頑丈なものづくり』、そして今の『デジタル(AI)』が[超・調和]した、完璧な正解よ!」
怒涛の勢いで叩きつけられた、未来の青図面。能登CEOの目が、40年前のあの地下実験室で「世界一のものづくりをしよう」と誓い合っていた、あの熱き技術者のギラギラとした野生の輝きを、完全に取り戻した。
「……やれば、できるじゃないか、我が社も……! おい、全部署に告ぐ! 今すぐ全国に散らばる津田親子の元へ契約書を持って走れ! 我が社は、モノを売って終わりの『製造業(メーカー)』という古い皮を脱ぎ捨てる。地球環境と顧客の人生に100年寄り添い、技術を定額で提供し続ける、全く新しい【循環テクノロジー企業】へと生まれ変わるのだ!!
我が社の誇りである名機タフネスの後継機、究極の100年エアコン『レガシー・コア』の開発計画を、3年以内に始動するぞ!!」
「「「おおおおお!!!」」」
シワシワのスーツを着た経営陣が、涙を流しながら拳を突き上げて咆哮した。
答えを教えられず、自分たちの脳みそから汗を流してもがいたからこそ、彼らは「やらされる環境保護」ではなく、「俺たちの手で世界を救って、最高に格好いい大儲けをしてやる!」という本物のイノベーターへと自己成長を遂げたのだ。
果凛はそれを見届け、満足そうにフッと笑うと、量子端末を小脇に抱えた。
「これにて、東洋エレクトロンの体質最適化ミッション、完了。おじ様たち、これからは10年の呪いじゃなくて、100年の愛を世界中に届けてあげることね。――行くわよ、GAIA」
【はーい! トウヨウの皆さん、これからは世界を冷やす最強のインフラとして輝いてくださいね! 限界突破ごーーー!】
果凛はカツカツと真っ赤なヒールを鳴らし、 GAIAとともに最高に格好よく、光り輝く会議室を去っていった。
数ヶ月後、東京八重洲の東洋エレクトロン本社15階の研修室には、全国の電気屋、技術者、オタクたちや腕に覚えにある者達が集まっていた。濃紺に白のロゴ刺繍が輝く、東洋エレクトロンの正式ユニフォームを誇らしく身に纏い、一件一件のドアを叩く、彼らこそが、日本の未来と地域を明るく照らす希望の燈となるのである。
数年後。世界から「使い捨て」という言葉は静かに消え去ろうとしていた。
東洋エレクトロンのエアコンは、10年の呪いを解かれ、地域のプロの技術者によって、1年ごとに少しずつ最新の省エネAIへと自動アップデートされた。エアコンや家電は、親から子へと受け継がれる「家族の一部」へと変化していったのである。
(これにて了!)
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