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僕が生まれる前、もうひとり姉がいた。

実は、父が関西へ赴任する前、僕にはもう一人、年子の姉がいた。しかし早産で、悲しくも九州の地で水子となった。
我が子を失った深い悲しみが癒えぬまま、二人は見知らぬ土地での生活を始めたのだ。父は慣れない仕事と夜勤に追われ、母は縁もゆかりもない都会の寮で、幼い姉を抱えながら一人静かに過ごす時間が多かったはずだ。味噌壺の底にわずかな蓄えを隠し、明日をも知れぬ不安と孤独を抱えながら、二人は寄り添うようにして生きていた。そんな心細い日々のなか、僕が産声を上げたのは、それから三年後のことだった。

続く


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