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私たちはいつから、“叶いそうな夢”しか語れなくなったんだろう



「将来の夢を書きましょう」



小さい頃、何度この言葉を書かされてきただろう。


幼稚園のお誕生日会。
進級のタイミング。
二分の一成人式。
卒業文集。


大人たちは、節目のたびに子どもへ「将来の夢」を聞いた。


*****


幼稚園の頃のわたしは、お花屋さんになりたかった。

アパートの近くに、小さなお花屋さんがあった。

店先にはいつも色とりどりの花が並んでいて、その場所だけ少し世界が明るく見えた。

理由なんて、それだけだったと思う。

でも、子どもの夢なんて本来そのくらい純粋なものだったはずだ。

好きだから。
綺麗だから。
なんだか憧れるから。

それだけで十分だった。


*****


でも、いつからだろう。

わたしは「外交官になりたい」と言うようになった。

どこでその言葉を知ったのかは覚えていない。

でも、「外交官になりたい」と言うと、大人たちは褒めてくれた。

「すごいね」
「かっこいいね」
「あなたならなれるよ」

子どもは賢い。

だから、どんな夢が“大人に評価されるのか”をすぐ覚える。

「立派な夢だね」と言われる夢。
「現実的だね」と安心される夢。

逆に、曖昧な夢や説明しにくい夢は、少しずつ口にしなくなる。

そうやってわたしは、“好き”よりも、“評価される夢”を選ぶようになっていった。


*****


高校時代、わたしは海外大学進学コースに所属していた。

そこでは、「海外大学に進学すること」が、一種の正解のような空気だった。

海外へ行く人は応援される。
挑戦していると言われる。

でもわたしは、迷っていた。

本当に海外に行きたいのか。
何を学びたいのか。
どこで生活したいのか。

考えれば考えるほど、わからなくなった。

そして最終的に、わたしは国内大学への進学を選んだ。

でも、その選択は歓迎されるものではなかった。

応援されている、とは感じなかった。

きっと誰も悪気はない。

でも、そこには確かに「正しい進路」と「そうではない進路」が存在していた。


*****


わたしは、一度「海外に行く」という夢を、自分の中で終わらせた。

自分には向いていないのかもしれない。
もう遅いのかもしれない。

そう思うようになった。


――でも結局、今、26歳で海外の大学に通っている。


回り道をしたと思う。
一般的なレールから外れている自覚もある。

同級生たちが就職や転職をしていく中で、わたしは海外で学生をしている。

効率がいい生き方ではないと思う。

それでも今のわたしは、昔より少しだけ、自分の選択を信じられている気がする。


*****

将来の夢や目標は、いつの間にか“自由に語るもの”ではなく、“評価されるもの”になっていた。

だから、自分の夢を“説明できる形”にすることばかり上手くなった。

でも本当は、夢ってもっと曖昧で、非効率で、説明できないものでもいいはずだ。

幼稚園の頃、お花屋さんになりたかったわたしは、「それで食べていけるの?」なんて考えていなかった。

ただ、その場所が輝いて見えたから、なりたかった。

子どもの頃に口にしていた、あの無茶苦茶な夢の方が、案外その人らしさに近かったんじゃないかと思う。


*****


もし今、「将来の夢を書きましょう」と言われたら。

わたしはもう、“褒められる夢”ではなく、
“自分が惹かれるもの”をちゃんと書いてみたいと思う。


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