私たちはいつから、“叶いそうな夢”しか語れなくなったんだろう
「将来の夢を書きましょう」
小さい頃、何度この言葉を書かされてきただろう。
幼稚園のお誕生日会。
進級のタイミング。
二分の一成人式。
卒業文集。
大人たちは、節目のたびに子どもへ「将来の夢」を聞いた。
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幼稚園の頃のわたしは、お花屋さんになりたかった。
アパートの近くに、小さなお花屋さんがあった。
店先にはいつも色とりどりの花が並んでいて、その場所だけ少し世界が明るく見えた。
理由なんて、それだけだったと思う。
でも、子どもの夢なんて本来そのくらい純粋なものだったはずだ。
好きだから。
綺麗だから。
なんだか憧れるから。
それだけで十分だった。
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でも、いつからだろう。
わたしは「外交官になりたい」と言うようになった。
どこでその言葉を知ったのかは覚えていない。
でも、「外交官になりたい」と言うと、大人たちは褒めてくれた。
「すごいね」
「かっこいいね」
「あなたならなれるよ」
子どもは賢い。
だから、どんな夢が“大人に評価されるのか”をすぐ覚える。
「立派な夢だね」と言われる夢。
「現実的だね」と安心される夢。
逆に、曖昧な夢や説明しにくい夢は、少しずつ口にしなくなる。
そうやってわたしは、“好き”よりも、“評価される夢”を選ぶようになっていった。
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高校時代、わたしは海外大学進学コースに所属していた。
そこでは、「海外大学に進学すること」が、一種の正解のような空気だった。
海外へ行く人は応援される。
挑戦していると言われる。
でもわたしは、迷っていた。
本当に海外に行きたいのか。
何を学びたいのか。
どこで生活したいのか。
考えれば考えるほど、わからなくなった。
そして最終的に、わたしは国内大学への進学を選んだ。
でも、その選択は歓迎されるものではなかった。
応援されている、とは感じなかった。
きっと誰も悪気はない。
でも、そこには確かに「正しい進路」と「そうではない進路」が存在していた。
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わたしは、一度「海外に行く」という夢を、自分の中で終わらせた。
自分には向いていないのかもしれない。
もう遅いのかもしれない。
そう思うようになった。
――でも結局、今、26歳で海外の大学に通っている。
回り道をしたと思う。
一般的なレールから外れている自覚もある。
同級生たちが就職や転職をしていく中で、わたしは海外で学生をしている。
効率がいい生き方ではないと思う。
それでも今のわたしは、昔より少しだけ、自分の選択を信じられている気がする。
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将来の夢や目標は、いつの間にか“自由に語るもの”ではなく、“評価されるもの”になっていた。
だから、自分の夢を“説明できる形”にすることばかり上手くなった。
でも本当は、夢ってもっと曖昧で、非効率で、説明できないものでもいいはずだ。
幼稚園の頃、お花屋さんになりたかったわたしは、「それで食べていけるの?」なんて考えていなかった。
ただ、その場所が輝いて見えたから、なりたかった。
子どもの頃に口にしていた、あの無茶苦茶な夢の方が、案外その人らしさに近かったんじゃないかと思う。
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もし今、「将来の夢を書きましょう」と言われたら。
わたしはもう、“褒められる夢”ではなく、
“自分が惹かれるもの”をちゃんと書いてみたいと思う。
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