見出し画像

【 Re:write ―俺は異世界を科学でハックする― 】第36話「魂の器と、賢者の狂宴」

―絶望を、書き換えろ。


【初めましての方へ】
物語の始まり第一話へのリンクはこちら
👉 第一話: 観測者は森で目覚める

前話:第35話 最初の調律と、心の水面
次話:第37話 最初の器と、家族の産声

一夜にして、工房は祭壇へと変貌した。

壁一面、張り付けられた羊皮紙。曼荼羅のような数式が、空間を埋め尽くしている。
天井。水晶と銅線の惑星模型が、不規則な軌道で回転している。乾いた駆動音。
中心の作業台。掌サイズの水晶の器が鎮座する。空っぽの器。
工房のガラクタたちが、息を潜めて見守っている。

「――全天球魔力集積回路、起動! 時空連続体への干渉準備、完了! これより、世界で初めての『魂の鋳造』を開始する!」

エラーラの高笑い。白衣ではない。星と月の刺繍が施された怪しげなローブ。片手には鳥の羽根つきの杖。

狂気と歓喜。瞳孔が開き、瞬きが少ない。

ドレイクがこめかみをピクつかせる。
「……おい、アリア」
低い囁き。

「あいつ、頭のネジが一本、完全に飛んじまったんじゃねえか?」
「し、静かにしてください、ドレイクさん!あれは、エラーラさんなりの、儀式なのですから……たぶん」
アリアの口角が引きつる。
視線が一度、壁の数式へ逸れ、戻る。指先が裾を掴み、皺を伸ばして離す。

エラーラは止まらない。器の周りで踊る。杖を振る。
古代語と数式の読み上げが混じる。語尾が跳ね、息が短い。意味不明の詠唱。

「虚数時間軸に固定したマナの奔流を、界律定数で除算し、その剰余を触媒とする!いでよ、魂の原型!万物の霊、我に力を!」

「もう見てらんねえ……」ドレイクが頭を抱える。

「――静粛に」
カイの声。腕を組み、冷徹に分析する目。
「一見、非合理に見えるが、彼女の行動には論理的根拠がある」
「エラーラの理論では、『生命』の創造には術者側の精神状態も合わせる必要がある」

カイは、杖を振るエラーラへ視線を向けた。
「あれは、そのための自己誘導だ。極めて合理的だ」

「「はぁ!?」」
ドレイクとアリア。完璧なハーモニー。

ドレイクの歯が鳴る。
「お前まで、あいつの側に付くのか、この石頭!」
「カイさんまで、エラーラさんの宇宙語に汚染されたんですか!?」

二人のツッコミが響く。

「……みんなで、おゆうぎかいしてるの?」
ミミの声。無垢な一言。

誰かが息を吐く。張り詰めた空気が、風船のように萎む。
カイとエラーラが動きを止める。かすかな笑み。

エラーラが咳払いをする。杖の先が下がり、声の高さが戻る。
「……茶番は、ここまでだ。準備はいいかい、二人とも」
瞬きが戻る。水晶の器へ視線が落ちた。

カイが羊皮紙を手渡す。エラーラの理論を翻訳した、魂の創造プログラム。
アリアが頷く。竪琴を構える。
アリアの指が、弦の上で一度だけ止まり、位置を探して戻った。
カイの手が、水晶の器にかざされる。

アリアの指先。最初の和音。

工房の光が、水晶の器へ吸い込まれていく。
アリアの旋律が低く沈み、一度だけ細く揺れる。そこへ高い音が重なった。
空間に満ちていたマナが流れを変え、水晶の器へ集まっていく。
光が重なり、器の中心で小さくまとまり始める。

歌が終わる。

弦の余韻が消える。

水晶の器の中に、温かな光が残っていた。
小さな魂の灯火が、ゆっくりと揺らめいている。


前話:第35話 最初の調律と、心の水面
次話:第37話 最初の器と、家族の産声


小説「Re:write」のこれまでの話をまとめたものはこちら。


いいなと思ったら応援しよう!