
(掌編小説)それでも今日は日曜日
それでも今日は日曜日
日差しのきつい、秋の日曜日の昼下がりだった。
青い空には、季節を忘れたような白い雲がいくつも浮かんでいる。八月はとうに過ぎたというのに、残暑の残る街角では、ガタゴトと音を立てて走る路面電車が陽炎の向こうへ揺れていた。
二つ先の信号が青に変わる。そこを曲がると、四十年という歳月を静かに刻んできた小さな喫茶店がある。
妻と二人、窓際の席で向かい合い、温かいコーヒーを飲んでいた。
ガラス窓の向こう、陽炎が揺らめくアスファルトを、麦わら帽子をかぶった子どもたちが自転車で元気に走り抜けていく。汗を滲ませながら光の中を走り抜けるその背中を見た瞬間——
刹那、過去が私の胸を鋭く切り裂いた。
眩しい太陽に照らされていた、二十歳の頃の私。 あの日々には、愛する人がいた。彼女もまた、私を深く愛してくれた。二人で肩を寄せ合い、音楽ノートの五線譜を覗き込んでは、夢と未来を語り合っていた短くも眩しい青春時代。
しかし、その幸福は長くは続かなかった。待ち受けていたのは、あまりにも酷い結末だった。
忘れることの出来ない傷痕として、ずっと心の奥底に眠っていたあの日の幻たちが、秋の光の中でいくつも踊り出し、身をよじらせる。
「……どうしたの?」
向かいに座る妻が、優しく声をかけてくれた。 テーブルの横には、私が担いできたギターケースが静かに寄り添っている。
「いや……何でもないよ。昔のことを、少し思い出していたんだ」
そう微笑み返し、コーヒーの香りを深く吸い込んだ。
今日、私はあの日々のことを唄うことができた。酷い終わり方をしてしまったけれど、あれから四十年という月日が流れた今、私は穏やかな日曜日の光の中で、あの過ぎ去った日々の二人を静かに思い浮かべることができている。
悲しみも、後悔も、愛おしさも、すべてを包み込むように街路樹の葉がきらめいていた。
あの日の私が、浮かんでくる。 あの日のあなたが、浮かんでくる。
さまざまな思いを胸に抱きながら、それでも、今日も穏やかな日曜日が過ぎていく。