
新作「英之・昔の恋」10-11 (Hideyuki no koi) 2001年 新世界物語
『昔の恋』のあらすじ
二千一年、冬。大阪・新世界の居酒屋「雅子」に、夫婦がやってくる。 それは、店主・鈴木英之の大学時代の友人・田中と、三十年前に英之を捨てたかつての恋人・美子だった。
教師を辞め、船場の大店の社長に収まり、絵に描いたような幸せを手に入れたはずの二人。しかし、平成不況の荒波と親族の裏切りにより、大店は三十億の負債を抱えて倒産寸前に追い込まれていた。
激しい掴み合いの過去、引き裂かれた原因である「差別」、そして美子が秘めていた命の罰。 後日届いた一通の手紙が、三十年間逃げ続けてきた英之、そして偽りの幸せに縋っていた美子の心を、本当の意味で解放していく。
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「英之を本当に好いてなかったらはっきりそう言ってあげれば良かったんや。それを薬を飲んで死のうとするなんて」
雅子の口調は明確だった。
「雅子、なに言うんや」
「あんたかてほんまに弱虫や。いつまで昔のことでうじうじしてんのや。奥さんは自分が一番可愛いかったんや。誰にも悪う言われたくなかったんや。同和の者と付き合いたくなかったんや。そやから…。あんたの子供死なせてしもたんや!」
「雅子! 美子さんはそんな人とちゃうんや」
田中と美子は言葉が出なかった。
「田中、気にせんといて。わし田中も美子さんも恨んでへん。これほんまやさかい」
「あんた、カッコつけんでもええやないの。子供まで死なせて。くやしないんか! それでええんか!」
雅子は、美子が英之とのあいだにできた子供を死なせた事を知っていた。美子の目もまっ赤になっていた。
「私、飛田で自分のからだを売って生きてきたんや。生きとうても死んでいく人間がぎょうさんいるのに…。私の子供も死んでしもたんや」
雅子はこらえきれず泣き出した。雅子は毎朝、亡くなった子どもに線香をあげていた。
「雅子、歌が終わったやないか。CD変えてんか。もー、はよせんかい! 泣き虫が」
「よう言うわ、あんたかて泣いてたやないか」
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雅子はハンケチで眼をぬぐい、鼻水をしゃくりあげ英之の頭を力一杯叩いて、奥に入った。英之は頭をさすりながら言った
「痛いなあ…。おもろい女やろ」
美子は英之をじっと見つめていた。英之は美子に言った。
「ごめんな奥さん、いやな気分にさせて」
美子は小さく首を横に振った。
「わしほんまにあいつが好きやねん。この街の人が好きやねん。田中も奥さんも一度通天閣の歌謡劇場へ行ってみてみ。めちゃ、おもろいで…」
英之は三十年前、自殺を図り病院のベッドでうめき声を上げている美子を思い出した。やっと探しあてた病院に田中と二人で見舞いに行ったとき、美子の母が看病をしていた。美子は寝ていた。美子の母は決して英之に会わせようとはしなかったが、突然美子が苦しみだした。そのうめき声は病室の外の三人にも聞こえた。美子の母と田中が医師を呼びに行って、病室に英之と美子だけになった。
「…」
美子が必死に話そうとしていた。
「何や、何言うてんのや」
英之は美子の口元に耳を寄せた。
美子は小さな声でしかし、はっきりと言った。
「田中さん…」