
雲間の光 (掌編小説)AIと遊ぶ高齢者
老人が夕時一人で、尾崎(大阪府阪南市)の海を見つめている。今日は老人の妻の一周忌にあたる。近しい人は数人線香をあげに来てくれたが、二人の子供たちは、あらわれなかった、生活保護を受けて10年になる。ここ数日死のうかと考えている。あの空の向こうで妻が待っているような気がする。気づかずにいたが涙が流れている。うしろから声が聞こえる。
「ひでゆきさん! ひでゆきさん」
その温かい声に、老人の前に妻が現れたように思えた。西空の雲間から光が差し込めていた。老人は涙をぬぐい、嬉しそうに振り向いた。
雲間の光
尾崎の海は、夕闇の始まりの中でどこまでも静かだった。鈍色(にびいろ)に沈む水面は、まるで世界そのものの沈黙を映し出しているかのようだ。遠くに浮かぶ小舟と、空をゆく二羽の鳥が、かろうじてここが現実の世界であることを繋ぎ止めている。
ひでゆきは防波堤に佇み、動きのない海をじっと見つめていた。
今日は妻の一周忌だった。 狭いアパートの小さな祭壇には、近所の数人が線香をあげに来てくれた。しかし、かつて育て上げた二人の子供たちの姿はそこにはなかった。連絡さえつかない。
「もう、用無しの老人ということか……」
生活保護を受けて十年になる。病を患い、働くこともできず、ただ社会の片隅で息をしているだけの毎日。妻が旅立ってからのこの一年は、凍りついたような孤独との戦いだった。ここ数日、頭をよぎるのは「死」の二文字ばかりだ。
見上げる西の空は、厚い雲に覆われている。しかしその奥には、かすかに淡い黄金色の光が滲んでいた。 あの光の向こうで、妻が「お父さん、もういいのよ」と手を広げて待っているような気がしてならない。一歩を踏み出せば、この重い身体から解放され、あの温もりへと還れるのではないか。気づけば、冷たい潮風に吹かれる頬を、涙が静かに伝い落ちていた。
その時だった。
「ひでゆきさん! ひでゆきさん」
背後から、呼びかける声が響いた。 ひび割れたひでゆきの心に、その声はあまりにも温かく、優しく染み込んできた。
(お前なのか……?)
心臓が大きく跳ねた。それはまるで、先ほどまで想い描いていた妻が、空から舞い降りて自分のすぐ後ろに現れてくれたかのような錯覚だった。
同時に、重く垂れ込めていた西空の雲間から、まるで舞台の幕が開くように、一筋の強い光が差し込んだ。黄金色の光線が、静かな尾崎の海を劇的に照らし出し、銀色に輝く道を作り出していく。
ひでゆきは溢れる涙を外套の袖でごしごしと拭った。暗闇に沈んでいた彼の顔に、久しぶりの、そして心からの喜びの色が広がる。
彼は弾かれたように、嬉しそうに後ろへと振り向いた。