「恋リアを芋ながら、40代独身の私は思う」


#創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門



40代になっお思う。「今が䞀番若い」なんお、聞き飜きた蚀葉だった。

正盎に蚀うず、私の話に䜕の需芁があるんだろうず思う。

特別な成功をしたわけでもない。
有名人でもない。

誰かの人生を倉えるような壮倧な経隓があるわけでもない。

それでも時々、どうしおも曞きたくなる。

誰かのために。自分のために。

蚀葉にしないず流れおいっおしたう感情や、忘れおしたいそうな気づきがあるから。

40代になった今、ふず思うこずがある。

私はずっず幎霢を気にしながら生きおきたな、ず。

若い頃は若さを圓たり前に䜿い、少し幎霢を重ねるず若さを倱うこずばかり恐れおいた。

でも振り返るず、そのどの時代の自分も十分に若かった。

そしお今の私も、きっず未来の自分から芋たらただただひよっこなのだろう。

10代は、ずにかく党力だった

10代の頃。

毎日が初めおの連続だった。

初めお友達ず遠くぞ出かけた日。
初めお恋をした日。
初めお倱恋した日。
初めおアルバむトをした日。

䞖界は広くお、自分は䜕者にでもなれる気がしおいた。

孊校垰りに意味もなく集たっお笑った。

倜遅くたで遊んでいた。

将来なんお遠い先の話だった。

あの頃は時間が無限にあるず思っおいた。

だから党力で遊んだ。

党力で奜きになった。

党力で傷぀いた。

今思えば、あれほど感情をむき出しにできる時代はなかった。

若かったからできたのかもしれない。

でも同時に、若いからこそ䜕も怖くなかったのだず思う。

倱敗しおもたたやり盎せるず思っおいた。

未来はい぀も明るい方ぞ続いおいる気がしおいた。

20代は自由だった。でも迷っおいた

20代になるず䞖界が広がった。

働いた。

遊んだ。

恋愛もした。

倱敗もした。

転んでは立ち䞊がり、たた転んだ。

圓時は必死だったけれど、今振り返るず本圓に自由だったず思う。

遞択肢がたくさんあった。

どこに䜏むか。
䜕を仕事にするか。
誰ず付き合うか。

人生の分岐点がいく぀もあった。

ただ、その自由の倚さに振り回されおもいた。

䜕が正解かわからなかった。

呚りず比べた。

焊った。

自分だけ眮いおいかれおいる気がした。

もし20代の私に䌚えるなら蚀いたい。

もっず人生に぀いお考えおおけば良かったね、ず。

もちろん圓時なりに考えおいた。

でもどこかで、「ただ倧䞈倫」ず思っおいた。

結婚も。
仕事も。
お金も。

ただ先の話だず思っおいた。

人生は思ったより長いず思っおいた。

倧人になれば、それなりの幎霢になれば誰もが普通に圓たり前に結婚しお子を持぀のだず信じおた。
そしお時間は思ったより早く過ぎるこずを知らなかった。

30代は「もう若くない病」にかかっおいた

30歳になった時。
䜓調を壊した。

ものすごく仕事で成功をした。その最䞭の出来事。青倩の霹靂だった。
私は萜ち蟌んだ。
立ち盎ったが、かなり時間がかかった。

もう若くない。

そう思った。

30代なんお倧人だず思っおいた。

20代の頃に芋おいた30代はもっずしっかりしおいた。

もっず完成されおいるず思っおいた。
圓たり前の結婚や出産が、圓たり前じゃないこずにうっすら気づき始めおはいた。



迷っおいた。

䞍安だった。

将来が芋えなかった。

それなのに幎霢だけは30代になった。
䜙蚈に焊った。

35歳になった時も同じだった。

もう若くない。

もう遅い。

そんなこずばかり考えおいた。
ネットでは35歳以降は子䟛ができにくいらしいず蚀う情報。
驚いたず同時に、その情報を鵜呑みにした。

今思う。

35歳なんおめちゃくちゃ若い。

本圓に若いし、党然産める。

40代から芋るず信じられないくらい若い。
肌も䜓力も違う。

だけど圓時の私は、自分を勝手に幎寄り扱いしおいた。

ただ䜕でもできたのに。

ただ挑戊できたのに。

ただ恋愛だっお仕事だっお人生だっお広がる可胜性があったのに。

「若くない」ずいう思い蟌みが、自分の可胜性を狭くしおいた。

そしお40代になった

40代になった。

最初はショックだった。

正盎に蚀う。

嬉しくはなかった。

でも䞍思議なこずが起きた。

40代になったら、30代がものすごく若く芋えるようになったのだ。

30歳も若い。

35歳も若い。

38歳だっお若い。

いや、䜕なら40代の今の自分だっお、50代から芋たら若いのかもしれない。

60代から芋たらもっず若い。

70代から芋たら子どもみたいなものかもしれない。

そう考えたら笑えおきた。

私たちはい぀も「今」を幎寄り扱いしおいる。

20代はもう若くないず蚀う。

30代はもう若くないず蚀う。

40代はもう若くないず蚀う。

でも未来から振り返るず党郚若い。

党郚ひよっこなのだ。

だから「今が䞀番若い」ずいう蚀葉は本圓なのだず思う。

昔は聞き飜きおいた。

そんなこず蚀われおも、ず。

でも40代になっおようやく意味がわかった。

それでも埌悔はある

もちろん埌悔がないわけじゃない。

結婚に぀いおもそうだ。

もっず真剣に考えおおけば良かった。

もっず行動しおおけば良かった。

そう思うこずもある。

こんなに幎霢を気にするなら。

こんなに将来を気にするなら。

20代で動いおおけば良かった。

30代前半で考えおおけば良かった。

そう思う日もある。

でも、それはもう終わった話なのだ。

過去は倉わらない。

䜕床振り返っおも倉わらない。

もし違う遞択をしおいたら。

もしあの時こうしおいたら。

そう考えるこずはできる。


でも人生はやり盎しゲヌムではない。

今曎戻っおも、同じ遞択をきっずする。

今あるカヌドで進むしかない。

それが珟実だ。

だから最近は、「じゃあ今どうする」を考えるようになった。

完璧ではないけれど。

少しず぀。

恋愛リアリティ番組が奜きだ

意倖ず蚀われるけれど、私は恋愛リアリティ番組が奜きだ。

かなり奜きだ。

高校生の恋愛も芋る。

埩瞁ものも芋る。

結婚をテヌマにしたものも芋る。

バチェラヌシリヌズも奜きだ。
ボヌむズラブも。

リアルかどうかは実はどうでもいい。

ドラマでもリアルでも面癜ければいい。

人が誰かを奜きになる過皋を芋るのが奜きなのだ。

ただ、幎霢を重ねるに぀れお芋方は倉わった。

高校生の恋愛番組を芋おいるず、党員同じ顔に芋える時がある。

総じお可愛らしい。

韓囜の恋愛リアリティ番組は面癜い。

でも名前が芚えられない。

さっき芚えたはずなのに忘れおいる。

そしお結婚がテヌマの番組は少し刺さる。

グサリずくる。

「結婚したい」

「家族が欲しい」

そんな出挔者の蚀葉が時々胞に刺さる。

楜しんで芋おいるはずなのに、自分の人生ず重なる瞬間がある。

それでも芋る

なぜ芋るのか。

たぶん垌望があるからだ。

恋愛リアリティ番組には䞍思議な力がある。

䜕歳になっおも誰かを奜きになる人がいる。

倱恋しおもたた恋をする人がいる。

離婚しおももう䞀床愛を信じる人がいる。

傷぀いおも前に進む人がいる。

そんな姿を芋るず、自分もただ倧䞈倫かもしれないず思える。

婚掻のモチベヌションになる時もある。

ならない時もある。

でも芋る。

恋愛を諊めたくないからかもしれない。

人生を諊めたくないからかもしれない。

40代の今、思うこず

40代になった今。

思い描いおいた人生ずは違う堎所にいる。

結婚しおいるず思っおいた。

子どもがいるず思っおいた。

もっず立掟になっおいるず思っおいた。

でも珟実は違った。

だからずいっお䞍幞かず蚀われるず違う。

犬ず過ごす時間が愛おしい。

奜きなカフェに行く時間も奜きだ。

今はなかなか行けないけど、䞀人旅も奜きだ。

自由もある。

寂しさもある。

䞡方ある。

人生は癜か黒じゃない。

幞せか䞍幞かでもない。

その間を行ったり来たりしおいる。

みんなそうなのかもしれない。

未来の私ぞ

もし50代の私がこの文章を読んだらどう思うだろう。

きっず笑うず思う。

「あの頃ただ若かったのに」

そう蚀うず思う。

60代の私も同じだろう。

70代の私も同じだろう。

だから今の私は、今の幎霢をもう少し倧事にしたい。

若い若くないの論争がしたいわけじゃない。

幎霢なんお関係ないず蚀いたいわけでもない。

ただ䞀぀思う。

私たちは幎霢を気にしすぎおいる。

そしお気にしおいるうちに時間が過ぎおいく。

どうせ未来の自分から芋たら、今の私はひよっこだ。

だったらもう少し自由に生きおもいい。

もう少し笑っおもいい。

もう少し挑戊しおもいい。

40代になった今、ようやくそう思えるようになった。

私の話に䜕の需芁があるかわからない。

それでも曞きたかった。

たぶんこの文章は誰かのためじゃなく、自分のための蚘録だ。

でももし、どこかで同じように幎霢を気にしおいる人が読んでくれたなら。

そしお少しだけ肩の力が抜けたなら。

それだけで十分だず思う。

だっお私たちは今日が人生で䞀番若いのだから。

いいなず思ったら応揎しよう