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【子どもたちに教わること#2】早退した息子と「グッジョイ!」

『子どもたちに教わること。vol.2』

陽くん(小4)、月ちゃん(年長)、芽ちゃん(年少)。

わが家は、賑やかな三兄妹。

子どもたちとの毎日は、
私にたくさんのことを教えてくれます。


今日、
陽くんが1校時目で早退した。

「1校時目で迎えに行くから」

その一言を頼りに、
勇気を振り絞って登校した。

迎えに行く車の中で、

「これでよかった…よね?」

という、

甘やかしだと非難されないだろうかという不安と、

「よく頑張ったな」

という、

陽くんの勇気を讃えたい気持ちが混ざっていた。


正直なところ、
私に正解なんて分からない。

同級生とのトラブルに心を痛め、

それを理由に休ませることが正しいのかなんて。

大人になって、
嫌なことがある度に休む人間になっちゃうよ?

そう言われたら、

否定はできない。

でも、

大人になる前に、
心が壊れてしまったら?

そんな可能性も否定できない。


「学校に行きたくない」

「教室に入りたくない」

その言葉の向こうに、
どれ程の想いが隠れているのか。

それは、
本人にしか分からない。


私にも、
小学生だった頃がある。

あの時、

言葉では伝えきれない苦しい想いを、

飲み込んで、

蓋をして、

蓋をして、

また蓋をして。


それで、

楽しかっただろうか?

それで、

幸せだっただろうか?


答えは、

ノー。


だから、

私は早退させる。

「休みたい」
そう本音を話せた彼を認めるために。


運転をしながら、
ふと思った。

『学校へ行く=普通』

多くの人たちは、

そう思っているし、

そう信じているし、

そうあってほしいと願っている。


その世の中で子育てをしていると、
強く思う時がある。

どうか、
“普通”であって…
と。


でも、

物事は、

人間は、

そんなに簡単じゃない。



学校へ行くことに、
大きなエネルギーを使う子もいる。

教室に入るだけで、
頑張っている子もいる。

一時間過ごしただけで、
もう限界な子もいる。

そして、

“普通を装っている子”もいる。


そう考えると、

「学校へ行けた」

も、

「学校を休んだ」

も、

それぞれにすごいことなんだと思う。


今日はそんなことを考えた月曜日でした。


そして、
午前中の個人セッションを終えて。

「ストレス解消しに行こうぜぃ!」
と、
陽くんをカラオケに誘った。

彼は、
大好きなドズル社の『グッジョイ』を、
これでもかと歌う。

AI採点で、
少しずつ点数が伸びることを喜びながら。

「やべ、喉つぶれそう」

そう笑う陽くんの顔は、

朝、

あれほど重かった表情が嘘みたいに明るい。


いいよ、
それがグッジョイ。

だってほら、

こんなにも母の心を晴れにしてくれるのだから。


学校へ行けた日も。

行けなかった日も。

人生は続いていく。

だから今日も、

笑える時間を大切にしていこう。


今日も

グッジョイ!

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