
あの日、バスを降りると雨の匂いがした
あんなに激しかった暑さが嘘のように和らぎ、台風の影響で曇天の日々が続いている。
この時期になると、ふと思い出す風景がある。
……
「母の初盆だから、必ず帰ってきなさい」電話口の父の声は、どこまでも平坦だった。都会の生活に追われていた私は「……分かった」と素っ気なく返し、羽田から飛行機に乗り込んだ。
機体後方の席。隣には、幼い子を連れた母親がいた。着陸の衝撃で怯える子に、母親は「大丈夫よ、頑張れ」と必死に声をかけている。その姿に、かつての母が重なった。
『当機の到着地、天候は曇り。気温は……』
機長の低く落ち着いたアナウンスが、窓の外に広がる灰色の雲をなぞるように流れる。
気づけば口をついて出た「よく頑張ったね」と、手元にあった飴を差し出すと、親子ははにかんで笑った。母もこうして、不器用な何かを私に差し出し続けていたのではないかと思いながら、親子にほほえみ返した。
タラップを降り、空港を出ると曇り空に湿り気とほのかな緑の香りが喉を伝う。実家へ向かう高速バスに乗り込む。窓の外を眺めていると、かつてアパートに届いていた母からの手紙の感触が、鮮明に蘇ってきた。

当時の封筒には、決まって二つのものが入っていた。
チラシの裏に書き殴られた要領の得ない長文の手紙と、永谷園のお茶づけ海苔に入っている「東海道五十三次」のカードだ。
母がコツコツ集めたであろうカードの束が、輪ゴムで留められ、これでもかというほど同封されていた。都会で働く息子には、こうした「立派な絵」が喜ばれると信じていたのだろう。当時の私は、その時代遅れな贈り物に困惑し、ただ無関心に引き出しの奥へ押し込むだけだった。
辟易しそうな満員電車と乗り継ぎ、慣れない職場環境、終電間際の帰宅。泣きたくなりそうな気持ちを堪えながら、手紙に返事を書く代わりに、たまに公衆電話から声を届けた。
「元気だよ」と、たった一言伝えるために公衆電話へ走ったあの日。十円玉が落ちる「チャリン」という硬い音。
長い年月を経て今なら、あのカードの束に託された、言葉にならない祈りのような思いが痛いほど分かる。けれど、あの頃の自分には、それを受け止める余裕も優しさもなかった。
高速のロードノイズと流れる車窓の残像。
バスの出口が近づき、見慣れた故郷の風景が広がる。古い木造家屋が並ぶ、湿り気を帯びた街の匂い。
その瞬間、不意に涙が溢れた。
満席の車内、私は窓の外を見つめるふりをして、静かに目元を拭った。
降り出しそうな空の色が、あの日届いた手紙と同じ、雨の匂いがした。
……
あの初盆の帰省から、数年。
結局、あのカードの束は引っ越しのどさくさで失くしてしまった。あんなに邪魔だと思っていたのに、失って初めて、母の温もりまで手放してしまったような寂しさが込み上げる。
今は、母の墓の近くで暮らしている。
供えるのは、あのカードではなく、母の手紙の余白に咲いていたような野の花にしよう。遠くでは鳴きやまない蝉の声。
「元気だよ」
そう呟いて見上げた空は、雲の隙間から光が差した。