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頑張り続ける中でも、余白を肯定できるように。

    RaM

    「頑張って」と言われなくたって、
    自然と過ごしているだけで
    「頑張っている」状態になってしまいます。

    それが、わたしの在り方でした。


    「頑張る」ことが、当たり前で。

    「頑張っていないといけない」という思い込みが、昔からあって。


    本当は、家に引きこもって、ずっと横になっていたいのに、常に、何かしら動いていないと不安だったりして。

    休んでいるようで、全く休めないという矛盾を抱えてきたのです。


    わたしは、自分が頑張ってしまうことが、悪いとばかり思っていました。

    だからですかね。
    この「頑張る」自分を捨てなきゃ!って思っていつつも、やるなら、ちゃんとしたいという考えも、わたしの中に根付いていて。

    そうして、頑張った結果。
    休日に動けなくなって、「あ~あ。また、やってしまった」と首を垂れる自分の姿を、わたしは、何度見てきたことか。


    でもね。
    最近、気づいたんですよ。


    この「頑張る」わたしは、なかなか消せないんだ、って。


    「頑張る」ことが出来ることによって、自分が救われる時間があることも、確かで。

    だから、「頑張り」を完全に無くさなくちゃいけない、という思い込みが、間違っているんだ、って。


    わたしの中で起こったこの考えの変化を、
    全面的に応援してくれたのは、
    わたしの中にできた『余白』でした。


    頑張ることが、あってもいい。

    思いっきり頑張った後に、くたばってしまう日があってもいい。


    だけど、
    そんな自分を肯定できる『余白』を持ち続けたい。


    全てがうまくいくわけではないけれど、
    『余白』を保つことができたら、
    少しは、わたしの目指す穏やかな暮らしの時間に
    近づくことができるかな~って、思ったのですよね。


    暮らしていれば、あたたかな日ばかりではなくて、しんどさに飲み込まれる日もあります。

    それでも、その揺らぎを、抱えながらも生きていくことが、この社会で暮らすということなのだと思います。


    ずっと同じままではいられない。
    そう、わかっていても、穏やかで、あたたかな空間に身を置いていたいのです。


    「どんなに嫌なことがあっても、自分が帰る場所がある」ということの大切さは、計り知れない。

    それが、どれだけ心強い生きる力になってくれるのかを、わたしは、もう気づいているから。




    ・・・


    暮らしの温度を、ほんの少しだけ上げてみたら、

    見える世界の色が、ちょっとだけ変わったお話。



    普段の暮らしを、+1℃、ほんわかとあたたかくする。

    この場所が、あなたのそんな時間をお手伝いできたら、うれしいです。


    ・・・

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    RaM

     
     
    今日も、おかえりなさい。頑張る毎日に、小さな余白を届けます。|なんてことない日常の中に、和みと安らぎを見つけながら、ひと息つく時間を、あなたと共に。|エッセイ💐・ときどき創作🌿|帰ってこられる場所☕ ⇒ メンバーシップ RaM's Fan Club *メロウな隠れ家*

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