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「無言なわたし」からの卒業は、これから進む道を彩るはずなんだよ。

    RaM

    こちらの記事では、わたし自身の学生時代の生きづらさについて、触れています。

    読むのがしんどいと思われる方もいらっしゃるかもしれません。
    ブラウザバックしていただいても構いません。
    ご無理のない形で、よろしくお願いいたします。

    まずはじめに 注意書き



    小学一年生の頃から、毎週月曜日には頭痛が起こり、身体も今よりも弱かったから、子ども用の栄養ドリンク常備な子どもだった。

    自分からお友達を作るのは苦手だし、鈍くさくて運動もできなかったから、休み時間にスポーツをしてる子たちには混ざることができないし。

    恥ずかしがり屋ゆえ、出しゃばることはせず、なんなら無言を貫く子。親しくなると、心のフィルターが開放するので、一気に距離が近くなる。おともだちが多くないタイプ。でも、不思議と、ぼっちだったという記憶はない。


    優しい子が、見捨てないで隣にいてくれた子がいたんだろうなあ…と今になって思うけれど、わたしが転校して、大人になって、連絡取ることもなくなって、今何してるかはまったくわからない。

    給食も食べ切れなくて残しているような子だったから、よく周りが話す「今日の給食、楽しみだね♪」とかいう学校のワクワクを感じたことはなかった。

    勉強はなんとかついていってたのだと思うけれど、とにかく図工や体育ができなくて、周りの子のなすことを真似しながら、やっていたっけ。

    学校から自宅までは、クラスの子の中では一番遠くて、家庭訪問なんかは一番最初のターン。

    今は家庭訪問がないんですよね?
    ジェネレーションギャップ。

    あ、話逸れた。

    こうなると、もはや学校に行きたくなくなって当然なのではないか?と思うのだけれども、わたしには、学校に行かないという選択肢がなかった。


    学校に行かなくていい日=体調が悪い日


    幼稚園時代から、入院して休むということを頻回に繰り返していたから、そんな固定観念がわたしにはあったのだと思う。

    学校は行かなければならない場所であって、楽しい!って心から思っていたことは、なかったんじゃないかな。今思い返すと、結構、ギリギリのところを辿ってきた児童だったと思うし、もったいない学生生活を送っていたな、と思う。


    心配性な母が、専業主婦をしてくれてたこと、厳しくなかったことは、幸いしていたかもしれない。


    とにかく、帰る場所はあったわけだから。


    良くも悪くも、学生生活は、送れてしまったタイプだった。

    なんとなく学校に行って、いつも同じ友達と一緒にいた。


    そんなわたしが小5で転校して、新しい環境に飛び込むのは、不安に襲われて、しんどかったに違いないのだけれど、このあたりは、記憶喪失中なので、まだ書けないみたい。


    きっと、ずっと生きづらかった。
    でも、そんなことは、まるで気づいていない体で、やり過ごしてきた。


    学生時代、素の自分を、おともだちに、大人に、見せていたのだろうか。
    困り感を、息苦しさを、表現することができていただろうか。


    ん〜、なかったかもしれない。


    大人のことも、親しくしていたおともだちのことでさえ、心から信じることができていなかったのだと思う。


    今でこそ、こうしてこころの声を言葉にしたいと言って、noteの街に居座っているけれども、言語化は苦手で、できたことはなかった。

    人のことも、自分のことも信じることができなくて、相談なんて、したこともなかった。


    それなのに、今仕事では、「困ったことがあってもなくても、お話したいと思ったら、お越しくださいね。」なんて言っているのだから、人生どうなるかわからない。

    まあ、このように声をかけるとき、心の中のわたしから、「どの口が言ってるんだ?」とツッコミが入るのだけれども。


    時代も、地域も、環境も、そして何よりもわたし自身が、まったく違う状態になったわけで。

    あんなに言語化を恐れて、「無言のわたし」を貫いてきたけれども、いろいろな経験を経て、少しずつ脱皮してきた。

    身軽になったこともあれば、逆に鎧を着込むことにより、肩が凝ることもある。


    言葉にすることは、勇気が必要なことではあるけれども、最近になって、言葉にすることで良いこともあるんだなあと実感できるようになった。

    もちろん、日常を年齢の数だけ重ねてきたということは大きいし、何よりも、noteと出会えて、言葉として綴る機会に恵まれたことは、わたしの人生において、ポジティブな要素であったに違いない。


    全てを言葉にして表現することはできない。

    時と場合によっては、言葉に出すことが適切でないこともある。

    こころの中だけであったとしても、言葉という有形のものにすることは、できるようになってきた気がする。


    「無言のわたし」からの卒業は、新しく自分を生きる道を照らす光になるだろう。

    正しい答えなんて、無理に求めなくていいけれど、自分で答えを探す努力はしていきたいと思っている。



    この記事は、最近ニュースで、不登校者数の統計を目にしたことがきっかけとなって、若干の心苦しさを感じつつ、生まれました。

    学校の先生や親御さんnoterさんが多い中で、よくもまあ、「学校が楽しいと思ったことがない」なんていう記事を書いて公開したな…と思っております。

    今大人になって、そして、学校とも近いところでお仕事させていただく立場になって、先生への尊敬は増すばかりです。



    実は、書き始めた時には、伝えたいメッセージ性が定まらない状態だったのですが、書いているうちに、少し見えたことをタイトルにしました。

    おとなしく、なんらサポートなくできるように見える子も、話さない(話せない)けれど、いろんなことを考えて、感じていることがあるかもしれないです。

    その子自身も、まだ見えていないことが多いかもしれないですよね。実際、わたしは、今でもなお、自分のことがよくわかりません。

    わたしが今回書いたことは、過去に言語化できずに眠らせていた思いの一部を、ようやく解放できたということなのかな。

    最後に
    ここまで読んでくださった方へ。

    RaMの成長記録を読んでくださり、ありがとうございます。未熟者ですが、少しずつ成長できるように、毎日大切に暮らします。

    あとがき的なつぶやきでした。


     
     
     

    RaM

     
     
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