まっすぐ帰れなかった、あの数分。
残業を終えて、家に着いた頃には、もうすっかり遅い時間でした。
それでも、やることは、変わらずにある…。
ご飯を作って。
食器を洗って。
お風呂に入って。
ゴミをまとめて。
手は動いていたけれど、頭の中のエネルギーは、既に使い果たしてしまっていて、あまり考えられていなかった気がします。
日常のルーティーンの一つひとつを順番にこなしていくだけで、精一杯でした。
そんな中で届いた知らせは、自分にとっては、そう遠くはないけれど、そう近くもない出来事で。
そういうタイミングが来そうだったと事前にわかっていたこともあって、大きく取り乱すというよりは、「そっか」という静かな受け止め方に近かったと思います。
そこから、家の中の空気は一変しました。
夫が、あちこちに電話をかけ始めて。
その声のトーンだけで、この後起こりうることの現実味が増してきます。
言葉の中身までは、聞き取れていなかったと思うけれど、夫が同じ内容を何度も説明しているその声の質感だけで、十分察することができました。
何をすればいいのかを考えながら、できることを探して、動いてもいたわけですが、それでも、慌ただしさは、目から、耳から、止まることなく押し寄せてきます。
押し寄せてくる波に巻き込まれるかのように、体の内側が、じわじわと張っていく。
その日は、そのまま、いつも通りに眠った…はずだったんですが…。
異変に気づいたのは、その翌朝のことです。
頭が、重い。
肩のあたりがこわばって、うまく動かない。
そこで、ようやく気づくことができたんです。
昨日のあの一時的な慌ただしさを、
わたしの体は、ちゃんと受け取っていたんだ
と。
朝から準備に追われていたために、動かなくてはならなかったんです。
買い物を終えて、本当なら、まっすぐ家に帰らなくてはならない。
思いつつも、頭の中に浮かんだことは、ただひとつ。
今はまだ、帰りたくないの〜。
気づけば、近くのカフェに入っていて、一杯のコーヒーを前にして、ただ、しばらく座っていました。
ただ、座って、息を吐いて、また少し、吸って。
たった数分で、凝り固まっていた何かが、ほんの少しだけゆるんだ気がしました。
わたしは、たぶん、感じた何かをその場で処理しきれるほど、器用ではないのだと思います。
必死になっている間は、見えていないことも多くって。
そのおかげで、がむしゃらに動くことができる、ということでもあるんですけれど、気持ちだけではただただ消耗する、と言いますか。
その場では、何も感じていないように思っても、
体は、ちゃんと何かを抱えていたらしいです。
その場で気づくことができるのなら、
もう少し違う自分でいられるのかもしれないけれど…
不器用なわたしにできることは、
後になってからでも、「ああ、そうだったんだ」と、ちゃんと気づいてあげること。
加えて
たとえ、それがコーヒーを片手に過ごすほんの数分だったとしても、自分に自分の時間を取ってあげること。
何事も周りの人よりゆっくりさんなわたしが、
その場で自分に優しくなるということは、この先もできるようにならないかもしれないけれど。
後になってからでも、一息ついた時に、ちゃんと気づけること。
これが、贅沢でも逃げでもない、せめてもの救いなのかもしれない。
そんなことを感じたんです。
一息ついたところで、現実は、そう簡単には変わらないんですけどね。
ここを出たら、気持ちを切り替えて、いろいろなことをやらなくてはならないな…と、少しだけ気分が沈んだりしていますけどね。
そんな気持ちを抱えたまま、
今にも雨が振り出しそうなカフェの窓の外をぼんやりと眺めています。
さて、戻りますか。

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