メインコンテンツへスキップ
見出し画像

まだまだこれからだ |【番外編・路地裏短編小説】

    ペースは遅いけれど、前に進んできたことを実感している。


    この場所から、いろんな人を見てきた。

    何をしたわけでもないけれど、誰かのちょっとした変化のきっかけになれているのかもしれない。

    ここのマスターとしていられる時間は、自分にとって希望の光になるかもしれないとも思った。

    ずっといられるのなら、ここにいたい。できれば、変えたくない。
    そんな思いも確かにあった。

    ここ数ヶ月、ずっと考えていた。

    果たして、このままでいいのだろうか?と。


    口コミで来ていただいた親子がいた。

    それも、暑いこの季節に、バスに乗って。

    今どき、なんでもネットで検索すればすぐ出てくる膨大な情報。なのにもかかわらず、この店は何も宣伝をしていないから、到達するにもひと苦労なわけだ。

    これでは、自己陶酔でしかないじゃないか。
    そんな自分が嫌になった。


    どんなに、自分のことが嫌になっても、この黒猫は、出ていくことなく、近くにいてくれた。

    あれから、もう少しで1年の月日が経とうとしている。そろそろいい頃合いなのかもしれない。

    黒猫を優しく撫でながら、また物思いに耽ふける。


    戻ってこれる場所は、必要。
    戻ってこれる場所があるから、外に出ることができる。


    だから、あの店に、黒猫といることには意味がある。

    でも、別の方法だって、やってみることが出来るんじゃないか。


    いつだって、なんでもない日常は、輝く原石になりうるものだから。

    もし、ひとりでも多く、暮らしを続けるモチベーションになってくれるのなら、自分が出せるものをやり切ろうと思えた。

    それだけ夢中になって考えられることに出逢えるということは、幸せなのかもしれない。



    画像


    挽いたばかりのコーヒー豆を持って、店の外に出た。太陽がさんさんと照っている中、隣町まで歩くことにした。

    黒猫は、別ルートで、散歩に行くらしい。今日は、戻りが遅くなるから、お客さまはあまり連れてこないように…と、念を送った。届いたかは、わからない。

    いつも立ち寄る食材を手に入れるお得意の店を通り過ぎ、たどり着いた先は、今の店を作る時からお世話になっている管理会社の社長の元だ。


    受付には、ひとりの女性が立っていた。

    「あの。。。社長いらっしゃいますか?隣町で物件をお借りしている者です。」

    この会社の受付嬢は、私のことがすぐに分かったようだ。少しお待ちください、と私に告げて、奥に入っていった。



    画像

    ーー5分後。社長が出てきた。

    『そちらから来るとは、珍しいじゃない。さあ、どうぞ。』

    社長室に招かれた。

    「あ、、、ありがとうございます。これ、さっき挽いてきたばかりのコーヒー豆です。以前美味しいと言ってくださったブルーマウンテンブレンドです。もしよければ、後でお楽しみください。」

    『ありがとうね~。、あ、そこに腰かけて待ってて。今、秘書にコーヒー持ってきてもらうから。最近ばたばたしていて、行けなくてさ~。来週あたり行くから、また軽食食べさせてよ。』

    『で。今日は、どうしたの?』

    相変わらず、矢継ぎ早に話す社長である。こちらが口を挟む間もないくらいだが、この後は、私が話すターンだ。

    「それでは、社長お忙しいと思うので、できるだけ手短に。今の🍀nanohanacafe🍀は、そこまで繁盛しているという訳ではないのですが、それでも、少しずつ食にもこだわれるようになって、楽しくやらせてもらっています。それも、あの場所を貸してくれている社長のおかげさまで。それで、新たにご相談したいことがあって、来てみました。」


    私が、あまりに真面目に話しているからか、社長は静かにこちらの話に耳を傾けてくれている。

    このタイミングで、社長室に別の女性が入ってきて、アイスコーヒーを差し出してくれた。秘書と思われる女性に謝意を伝え、一口いただき、喉を潤して、こう続けた。

    「このスタイルを続けるのも良いとは思うのですが、まだまだ足りないと思いました。変化していく時期かもしれません。でも、私と黒猫ちゃんだけでは、力不足で、なかなか動き出せません。そこで、一緒に何かしてもらえないかなと、思いました。ちなみに、社長。キッチンカーのコネなんてないですかね?」


    キッチンカーは、冗談も半分含まれていたが、自分から相手に手を差し伸べに行く手段としては、あながちズレていないのでは、と思った。


    『相変わらず、突然の話だねえ。なんのはなしですか、と言いたいところだけれど、ガチだもんね。キッチンカーか~。ちょっとやったことない部類だけれど。知り合いの中にいるかもしれないから、少し時間もらえる?力になれるように、連絡してみるからさ。』


    店に来ては、明るく無茶なことを話してくる社長だが、経営する管理会社が、ちゃんと経営維持し続けているというのは、こういうところなのかもしれない。

    『それで、人は足りるの?自分の身体は、ひとつしかないでしょう?いつから始めるとか、決めてる?』

    痛いところを突いてくる。今日思い立ったままに、相談に来るのは、時期尚早だったのかもしれない…。

    「そこを迷っています。曜日で分けるのか、時間帯で分けるのか。でも、もし、店と出る方をどちらもやるとするならば、ちゃんと仕組みを考えないと、と思っています。すぐに動き出せるところもあると思いますが、この体制の部分については、半年後とか、、、ですかね。まだ、そこまで具体的に考えてなかったです。」

    『もし決めたら、教えてよ。必要と言ってくれるのなら、できることをするし。』


    出してもらったアイスコーヒーを飲み終えたタイミングで、お暇することにした。

    それにしても、社長のコネがあるにせよ、人脈はだいぶ広そうだ。秘書も、受付嬢もいるなんて。なんて立派な仕事をしてるんだ。


    ふぅ…と、ため息をつきそうになったところをぐっとこらえて、今を見つめる。

    自分の脳内に思い描いていたイメージの話を聞いてもらえただけで、少しだけ自分の身体が軽くなった気がする。


    否定しないで、できる策を一緒に考えてくれる存在は、とてもありがたい。


    いつものお得意先に寄って、明日以降のメニューに使うための食材を購入して、店に帰った。


    画像


    帰宅すると、黒猫のみーちゃんが扉の前に座っていた。私の帰りが遅くて、心配していたんだと、言わんばかりの様子だ。

    「みーちゃん、今日起こった出来事の話を聞いてくれるかい?長くなりそうだけど。」


    画像

    ニャンのはなしですか

    言葉で否定するようなことを言われないとわかっているのを良いことにして、一通り社長と話したことを報告した。

    黒猫に一方的に話をするだけで、何か返事をもらえるわけでもないし、アドバイスをもらえるわけでもないが、今の自分には、ただそっと聞いてくれる相手が欲しかった。


    いつの日か。

    自分がこの社会での役割を明確にできるのなら、もっと幸せな世界が見えてくるのかもしれない。

    私の人生も、まだまだ、これからだ。


    まだまだ、これからだ
    《了》


    今回の短編小説は、番外編でした。
    物語の序章に過ぎないので、いつもよりは、短めです。

    お客さまメインではなく、店主側のストーリーを書いてみました。

    ちょっとずつ変化してみてもいいかな・・・という思いが、フワッと降りてきまして、書いてみました。

    とはいえ、書いているわたし自身が変化にあまり強くないので、おそらくじわじわと変えていきます。


    月1開店している🍀nanohanacafe🍀。

    これまでの物語は、下記マガジンに収容しております。


    noteの街に、こそっと生まれた不思議な喫茶店で起こるお話の集合体。ご入店の合言葉は、「#なんのはなしですか  」です。



    この記事が参加している募集

     
     
     

    RaM

     
     
    今日も、おかえりなさい。頑張る毎日に、小さな余白を届けます。|なんてことない日常の中に、和みと安らぎを見つけながら、ひと息つく時間を、あなたと共に。|エッセイ💐・ときどき創作🌿|帰ってこられる場所☕ ⇒ メンバーシップ RaM's Fan Club *メロウな隠れ家*

    あなたへのおすすめ