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✍️ 「四季と時代」ー俳句と詩ー

    凪野 夜 -Nagino Yoru-

    1.春


    桜咲き
    温度二桁
    願うのみ


    雪が溶け始め、桜が開花、八部咲き、そして満開へと移り変わる頃。すっかり桃色に染まった木を見つめ、風景も少しずつ暖かみを増していくはずなのに、手元に表示される一桁の気温。まだ春が来たと言わせない神様がいるみたいで。早く上着を着なくて済むような、一桁から抜け出せる暖かさを、私は今か今かとそんな神様に祈っているみたい。


    2.夏


    縁側と
    西瓜と塩に
    憧れて


    締固められた石たちから想像できないくらいの暑さに見舞われて、道路では陽炎が見える風景が当たり前になってしまった。電気代を犠牲にした楽園で見たアニメの一コマ。縁側に座って氷水に足を突っ込む子供と外の暑さを物語るかのように真っ赤な西瓜。塩をかけて風鈴の音を聞きながらかぶりつく。「いいな」と思ってしまう私は、涼しい楽園のどこかで数十年前の日本の夏に行きたいとふと呟いた。


    3.秋


    寂しさと
    秋風かほる
    まちの中


    夏の暑さは何処へ。ふと散歩をしてみると肌寒かったので、一度戻って上着を羽織る。街中を歩けば体の隙間から流れる涼しい風。商店街も熱を奪われて、それでも香ばしい匂いが鼻をくすぐる。満たされているはずなのに、どこか少し足りない。そんな感覚が、この季節にはずっと残っている。風に触れるたび、何かを思い出しかけて、やめる。もっと暖かかったはずの空気だけが、ぼんやりと浮かんでは消える。


    4.冬


    道端の
    霜柱の影
    今見ぬと


    私が小学生のころ見た光景も、今や少し物珍しいものになってしまった。冬の氷点下といってもいいくらいの朝。家の前にあった植木の下に足を踏み入れて、霜柱をよく壊していた。ざくざくという音とともに、自分の足跡が地面に転写される。あの感触が、今でも少しだけ残っている。今となってはコンクリートやアスファルトばかりの道で、霜柱を見ることもなくなった。子供たちが同じように踏みしめているのかどうかも、もうわからない。見かけなくなっただけかもしれないし、気づいていないだけかもしれない。それでも、あのざくざくという音だけはどこかに残っている気がして。次に見つけたとき、同じように踏みしめられるだろうかと、ふと思う。

     
     
     
    文房具が好きな大学生 高専から編入学し、大学生として生活してます 「言葉」が好き、それと同じくらい音楽、ガジェット、いろいろなものが好きです 日々の投稿を見てくれたらうれしいです

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