
着飾らない言葉を選んだら、「わたしらしさ」を見つけた話。|エッセイ
ꕤはじめにꕤ
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れいぽんらしさを集めたエッセイ集「あっちでこっちで」
「わたしの暮らし」をエッセイに|自分らしい文章の育て方
クリスマスが終わった。
今日は息子とツリーをお片付け。
オーナメントを外すたびに、本来の素朴な木に戻っていく。
キラキラとした「武装」を外して、自分を取り戻せたかな。
そんなことを、ふと思う。
わたしは、「着飾ること」をやめた。
もちろん服装やメイクもそうなのだけれど、
それは息子が生まれた3年前から。
服装でもメイクでもなくて、もちろんアクセサリーでもない。
わたしがやめたのは、「自分の言葉を着飾ること」。
「人を感動させるエッセイ」に憧れてあれこれと模索していた時は、
恥ずかしいほどキラキラと着飾った言葉を使っていたように思う。
「この表現は、少し照れくさいな」
文章を打つ手が止まる。
「この言い方、自分に合っているのかな」
そう思って考え込む。
そんな「小さな違和感」をいくつも感じていたのにも関わらず、
自分の気持ちを無視して言葉を打ち込んでいた。
”豊かな表現をするほど、人を感動させる文章になる”
心のどこかで、そう思っていた。
そんなわたしの考えを、溶かしてくれた言葉がある。