
『役割』という呪いをかけ続けた私が、やっと自分の『こうなる』に向き合えた話
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「青さんって、強い人だから」
深い意味はなかったのだと思う。
でもその一言が、私の恋を止めた。
「それ、褒められたんじゃない?」
友人にも呆れられた。
今思えば、そうだったんだろうとも思う。
でも『強い人』と言われたら、弱さを見せたりできない。
だって、自分に期待されている『役割』ではないから。
そうしてまた、心のなかにまた1つ、感情のガラス標本が追加された。
こどものころは、すぐ泣くくせがあった。言葉にできない感情を涙にして全部出していたのだろう。「みんなと少し違う」ことに気づいていたから。
10代からはずっと『強い人』『頼れる存在』『しっかり者』という役割をこなすことが当たり前になった。
学校でも、自宅でも。
それがいつの間にか、こうなっていた。
弱音を吐く前に「青さんなら大丈夫」と先回りされる。
「助けてほしい」と言うタイミングがわからない。
気づけば、『役割を演じること』が、自分の『あり方』にもなってしまっていた。
期待に応えなければ、という呪いにかかっていた私のこと
改めまして、こんにちは。
にじの青、というアラフィフのセクシャルマイノリティです。
このnoteは、失恋の話を書きたかったわけじゃない。
過去の経験から『誰かから求められる役割』を演じ続けて、本当の自分がわからなくなってしまっていた事に気づいた話。
そして、
失恋をきっかけに『こうすべき』という呪いをかけ続けた人生から、
また人を好きになることで呪いから抜け出し、
『私はこうなる』と決めるまでの観察記録でもある。
『期待される役割』に応え続ける呪い
小学生の頃からずっと、自分に『期待されている役割』に応え続けようとしてきた。そのとき既に、みんなと少し『違う』という自覚があったから。
その結果、世の中の『こうするべき』『こうあるべき』を選ぶことが当たり前だと思い込んでしまった。
そうしなければ、誰にも受け入れられない。
本当の自分なんて「変なやつ」だから。
この思い込みは、成長するとともに強い呪いへと変わった。
呪いの始まりも失恋だった。
「自分のすべてを知ったら、きっと嫌われてしまうかもしれない」
そんな相手をアラサーの頃、うっかり好きになってしまった。
潔癖症で超お堅い職種。マジメで理屈っぽい人。
その人の持つ感性や知識に惹かれていた。逢うたびに自然と関係が深まることが、ただ、嬉しい。そんな関係性だった。
もしかしたら、付き合いかけてたのかもしれない。
でも、その裏側で、SMプレイヤーとして私は活動していた。
本当のことを言うかどうか、スッパリとなかったことにするか。
気持ちの踏ん切りがつかないうちに、突然現れた別の相手に全部持っていかれてしまった。
私と真逆なタイプに。
あのとき『こうすべき』を選べなかったのは、無意識のうちに自分の『こうなる』や自由を守りかったのだと、今は思う。
『こうすべき』という呪いから、私はどうやって抜け出したのか。
失恋が全てのきっかけだったのは確かだ。
でも、本当に私を縛っていたものは、
恋愛とは全く別のところにあった。
私は、恋愛を諦めたかったわけじゃない。
人と違う自分を否定したかったわけでもない。
ただ、
自分を許しかっただけだった。
そのために必要だったのは、
自分を縛っていた呪いの正体を知ることだった。
どうやって人生を支配する呪いを解き、
『ただの自分』を私は許せるようになったのか。
その話をしたい。
『こうすべき』をずっと選び続けてきた。
気づけば、その先に『こうなる』という本音と決意が待っていた。
『こうすべき』を手放したから、自分の本音に向き合えたんじゃない。
ずっと忘れてた『こうなる』という決意に、やっと立ち戻れただけだった。
もし、今
「なんとなく人に合わせてしまう」
「期待されると断れない」
「本当はどうしたいのか、時々わからなくなる」
そう思っているなら、
続きを読んでもらえたら嬉しい。