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ゆねこぱん

スーパーに湯ねこパンなるものが売っていた。

20数年生きてきて、そんなパンがあるとは全く知らなかった。驚き。
見た目はものすごくシンプルな食パンなのに、そんな可愛らしい名前がついてるなんてきっと何か裏があるに違いない。迷わず購入した。

「ねこふんじゃった」を鼻歌で歌いながら、腕にひっかけた買い物袋を揺らす。はてさて、その名の由来は何なのか、どうにも見当がつかない。目の前の信号が赤になった。立ち止まり、ふと考える。湯と猫。実家で飼っている猫を思い浮かべる。猫であるからには決まりきった習性なのかもしれないが、うちの猫はお風呂が大嫌いである。お風呂掃除や家族の入浴には「よしきた」とばかりに観察しに来て、湯船のへりに座って温かい湯気に目を細めながらまったりしているのに、自分の体を濡らされることは非常に嫌がる。シャワーをかけると鬼の形相で体によじ登り、普段はめったに鳴かないのに、ビー玉のような目を真っ黒にして自分がいかに可哀想な猫であるかをか細い声で訴えるのだ。

シャワーで洗ったところで、飼い主もろとも全身びしょぬれになるし、床どころか浴槽や壁まで泡だらけ、冷えた体でお風呂場ピカピカ大作戦を決行せねばならないのは目に見えている。ので、そのため、帰省時に私が洗う担当になるときは、覚悟を決めて猫を抱えたまま湯船にダイブすることにしている。逃げないように抱きかかえながらゆっくりと湯船に体を沈めていくと、初めは何が起こっているのかわからないといった顔でおとなしくしている。これはいけるぞとシャンプーを泡立て始めたところで徐々に爪が食い込んでくる。野生の勘、侮れない。ここからはいかに生傷をつくらず終わらせるかのタイムアタックである。

湯船から上がれば、ひたすらタオルで猫の体を撫でくり回し、間違っても廊下まで被害が及ばぬようにしなければならない。ドライヤーの音も大の苦手なので、毛が摩擦で焦げるんじゃないかと思うほどにひたすら拭いた後、石油ストーブの前で毛づくろいに勤しんでもらう。全身の毛がぺたりと体に張り付き、信じられないほど細くなる、そのフォルムの可愛いことと言ったら。しっぽを床にたすたすと叩きつけ、洗われた怒りを表現しているつもりだろう。が、そのしっぽが恐ろしいほどひょろっちく、目つきの悪さとその頼りなさのギャップがこの上なく愛くるしい。猫のなけなしのプライドの表れか。その中身の伴わないいじらしいプライドを見ていると、学校帰りの小学生が道端の何の変哲もない枝を大事に抱え、「無敵の剣だ!」と叫びながら駆けていく、そんな微笑ましい情景が思い浮かぶ。

洗われてすぐは、びしょぬれになった自分の体をひたすら毛づくろいすることとそんな可哀想なことをした飼い主への怒りに集中している猫である。たいてい私は少し離れたところから「ごめんねぇ」と謝りながら、によによとカメラを向け、年に数回しか見ることのできないその姿をたっぷりと堪能するのである。

信号が変わり、人の波に紛れて歩き出す。このパンは猫にお湯をかけたとき、信じられないくらいフォルムが細くなるように、食べると口の中で溶けて消えてなくなってしまうのだろうか。はたまた、お湯と猫の相性が最悪なように、このパンに使われている発酵菌は水が大嫌いで、名だたる研究者達がどうにかこうにか試行錯誤し、なんとか商品化までこぎつけた幻のパンなのか。白衣を着た研究者達が、集団で発酵菌の入った容器を囲んで必死に説き伏せている姿を想像して、ちょっと笑みがこぼれる。ひとりで良かった。

家に帰って、おやつがてら幻のパンを実食することにした。それほどまでに苦労して作ったパンとあらば、敬意を表してまずは素材の風味を感じるためにそのままいただくのが筋というものであろう。普段食べるひとくちよりもやや大きめにちぎって口に放る。なるほど、何の変哲もないパンに見えたが普通の食パンよりも甘みが強いように感じる。お湯をかけた猫ほどではないが、くちどけも良く、口の中で柔らかくほどけるような、そんな感覚がする。それでいて、ひとたび噛むともちっとした弾みが出てきて、さすがは幻のパンだけあるようだ。

そのままでも美味しいパンに何かをトッピングするのは気が引けたので、結局そのまままる1枚食べきってしまった。食パンをおやつにするなんて、減量界隈の方々からしたら信じられない愚行であるに違いないが、今の私にとっては心も体も満たされたこの時間がすべてなのである。そんな言い訳をしながら、明日の朝はこの自然な甘みを活かして砂糖控えめのフレンチトーストにしようか、と思案していると、ふと、パンの袋に貼られたラベルが目に留まった。

「湯こね食パン」

イッタイナンデスカコレハ。

なんということだろう、私が1日を通して「湯ねこ」と思っていたパンが、全く別の代物だったとは。とはいえ、勉強不足で「湯こね」という単語すら知らない私にとっては、まだまだ可能性がある。もしかしてもしかしたら、「湯こね」の語源が「湯ねこ」である可能性も大いにある。

緊張した面持ちで検索すると、「湯こねパン」とは、小麦粉の一部を熱湯でこねて作ったもので、もっちりとした食感と甘みがより強く感じられるパンとのことだった。猫、全く関係なし。

全身の力が一気に抜けて、まだ暖かい日差しが差し込む部屋の床に大の字で寝転ぶ。ほんの少しだけがっかりしたような、それでいて少し緩んだ自分の心が眩しい光のなかに溶けていく。自分の頬が情けなく緩むのを感じながら、また、実家の猫に思いを馳せる。毛づくろいを終えた後、まだ怒っているぞと目を逆三角形にしながらおやつをねだる猫。夢中でおやつを食べながら、反っていたけれど少しずつ前へと戻っていく耳。食べ終えた後満足そうに顔を洗い、陽の当たる畳の上でごろりと伸びをする姿。乾くにつれて、日差しを受けてふっくらと輝いていく毛並み。お腹を撫でるとちょっとだけ、いやかなり迷惑そうな顔をして顔を上げるけれど、すぐに夢の中に戻っていって、規則正しいリズムでふかふかと弾むおなか。シャンプーの洗いたての香りの奥に、ほんのり甘い、焼き立てのパンのような、うちの猫の匂いを探す時間の愛おしさも、何物にも代えがたい幸せだ。

なるほど、私の推理も結構理にかなっていたじゃないか。

次の連休には、あのパンを持って実家に帰ってみようか。こんな勘違い、恥ずかしくて家族には言い出せないけれど、食べたらなんとなく猫を思い浮かべたことを伝えるくらいなら、バレないはずだ。当の本人、いや、本猫は「なんだ、また帰ってきたのか」と迷惑そうに、でもしっぽをぴんと立てて出迎えてくれるんだろうな。

待っててね、愛しい私の湯こねパン。


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