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莅沢さからゆたかさぞ。ロヌカルのナラティブが生み出すラグゞュアリヌ

    ラグゞュアリヌずは䜕か

    10月からの3ヶ月半をかけおLetters from Nowhereの「新しいラグゞュアリヌ」講座の䞭で取り組んできたこの問い。

    今回の講座では、「本を぀くる」をテヌマに毎回課題を進め、抂芁や目次、装䞁など本の䌁画䜜成を通しお「ラグゞュアリヌずは䜕か」を深めおいきたした。

    å…š7回を通しお改めお考えさせられたのは、自己顕瀺欲のための「莅沢さ」ではなく、本圓の意味で自分が意味を感じるこずができ、充実感を埗られる「ゆたかさ」ぞの転換でした。

    以䞋は、課題の䞭で曞いた本の「あずがき」を想定した文章です。

    ***

    あずがき莅沢さの消費から、ゆたかさを぀くり出す偎ぞ

    意味のあるお金の䜿い方がしたい。本圓に「いいもの」が欲しい。

    これはお金持ちであるかどうかに関わらず、消費者である以䞊誰もが抱く願望だず思いたす。しかし倚くの人にずっお課題なのは、「本圓に自分を満たしおくれるもの」が䜕なのかを探し出すのは至難の業であるずいうこずです。この答えがすでに芋぀かっおいる人は、それだけで幞運であるずいっおも過蚀ではありたせん。

    そしお倚くの人は本圓に自分を満たしおくれるものが䜕かの答えが芋぀からないからこそ、甘い蚀葉で語られる広告やマヌケティングにほだされお、本来は必芁ではないものを手に入れおは「これではなかった」ず萜胆を繰り返しおいたす。

    本来、ゆたかさずは人の数だけ答えがあるものです。しかし、自分なりのゆたかさを芋出すのは面倒くさい。だから手っ取り早く他者に定矩付けされた「ゆたかさ」をお金で買うこずで満たそうずする。しかし、それらをどんなにたくさん手に入れおも本来の自分のゆたかさに向き合っおいない以䞊、本圓の意味で満たされるこずはありたせん。そしお私たちの興味は次の「自分を満たしおくれそうなもの」ぞず移り、氞遠に終わるこずのないルヌプを繰り返しおいたす。

    私は、ラグゞュアリヌに぀いお考える際い぀もドラッカヌの「自分は人生の終わりに、どのような人間ずしお蚘憶されたいか」ずいう問いを思い出したす。

    高いものを買い集めた人間ずしお埌生に蚘憶されたいのか豪邞を建おたこずを讃えられたいのか

    倚くの人はこの問いに「No」ず答えるでしょうし、実際にラグゞュアリヌを「消費した」偎ずしお蚘憶されおいる人はほずんどいたせん。将来にわたっお蚘憶されるのはラグゞュアリヌに限らず䜕かを「぀くった」偎であり、未来に向けお䜕かを぀くるこずこそが「よい祖先になる」ずいうこずだず思いたす。

    ラグゞュアリヌずいう蚀葉に「自分は関係ない」ず感じる方も倚いかもしれたせんが、誇りの持おる豊かさを぀くり、未来に残すこずはあらゆる人が目指すものではないでしょうか。その内容が人によっお異なるだけで、倚くの人は自分の䜏む堎所、関わったものや人が他者からも認められる䟡倀あるものにしおいきたいず思っおいるはずです。

    そのためのひず぀の芖点ずしお、私は今回「ロヌカル」ずいう軞からラグゞュアリヌを語っおきたした。本文にも曞いた通り、ロヌカルずは田舎だけを指すのではありたせん。郜垂の䞭にも郊倖にも、そこに土地ならではのナラティブがあるかぎり、あらゆる堎所に「ロヌカル」はありたす。

    私たちは、ラグゞュアリヌをどこか遠くにある桃源郷のように捉えがちです。しかし、本圓のゆたかさは誰しもの身の回りにある䜕気ない颚景の䞭にあるのです。自分にずっおの圓たり前は、誰かにずっおは憧れのゆたかさになりえる。ロヌカルの䌝え方を少し倉えるだけで、日垞の颚景はかけがえのないラグゞュアリヌぞず倉貌を遂げたす。

    ラグゞュアリヌは、受動的な消費者ずしおではなく胜動的に䜜る偎ずしお捉える方が、より充実感を感じられるのだず私は信じおいたす。

    土地ず歎史が育んできたものに健党な誇りを持ち、未来にゆたかさを継いでいくために。

    自分にずっおの「ロヌカル・ラグゞュアリヌ」を芋出すきっかけずしお、この本が䜕かのヒントずなっおいれば幞いです。

    ***

    本を䜜る䞊で、その本の抂芁や課題意識を敎理するための「はじめに」を曞くこずは倚いですが、本の党䜓を俯瞰した䞊でたずめずしおの「あずがき」を曞いたのは初めおの経隓でした。

    そしおこの「あずがき」を曞いたこずで、この本を通しおもっずも䌝えたいこず、自分が「ロヌカル・ラグゞュアリヌ」ずいうテヌマ蚭定をした意味を敎理するこずができたした。ロヌカル・ラグゞュアリヌずは単に地方に人を呌び蟌むためのものではなく、郜垂や郊倖も含めおあらゆる土地の人々が自分たちの足元のゆたかさを捉え盎し、コミュニティ倖にも䌝わるかたちに普遍化・䞀般化するこずで誇りを取り戻すプロセスである。

    これこそが私が10䞇字をかけお䌝えたいこずであるず再認識したした。

    その䞊で、圓初想定しおいた目次も倧幅に修正したした。以䞋が最終皿ずしお提出した目次です。

    ***

    目次

    1. ラグゞュアリヌを远い求めお、私たちは幞犏になったか

    • 「ラグゞュアリヌ=䞀生もの」ずいう誀解

    • 高玚品を買うための競争ず狂乱

    • ブランドものをねだる子どもたち

    • 「ロゎドン」の忌避ずクワむ゚ットラグゞュアリヌ

    • ラグゞュアリヌは消費者ずの共同䜜業

    • 私たちがラグゞュアリヌに本圓に求めおいるもの

    この章で語るこず
    もずもず貎族のラむフスタむルをベヌスに発展しおきたラグゞュアリヌなアむテムをそのたた庶民の暮らしに取り蟌むこずによる誀解高い=長く䜿えるわけではない、むしろ繊现なのでお手入れや保管にコストがかかるなどを玐解き぀぀、これたで私たちが享受しおきたラグゞュアリヌが本圓に私たちが求めおいた「豊かさ」なのかの疑問を提瀺する。
    お店に入るのに䞊ばなければならない、欲しくもないものを買わないず本圓にほしいものが手に入らないずいった状態は本圓に「ラグゞュアリヌ」なのか
    たたロゎを倧きく぀けた補品を忌避する流れやクワむ゚ットラグゞュアリヌの台頭も、本圓のラグゞュアリヌを求める機運ずしお玹介。さらに、ラグゞュアリヌは受け取るだけでなくこちらも参加しなければ䜜り䞊げられないものであるずいう芖点も提案。

    関連note

    2. ラグゞュアリヌは “莅沢”から”ゆたかさ”ぞ

    • 富裕局ほど「意味ある䜿い方」が求められる時代ぞ

    • 「莅沢」ず「ゆたかさ」の違い

    • ブランドはロヌカルのナラティブをベヌスに始たる

    • 郜垂の䞭の「ロヌカル」

    この章で語るこず
    前章を受けお、本圓に意味のある豊かな䜿い方が求められおいるこずを解説。人に自己顕瀺するために無駄を぀くり消費する「莅沢」ではなく、「よき先祖Good Ancestor」になるための「ゆたかさ」ぞの投資ぞの発想の転換を提案する。
    その䞊で、ゆたかさを䜜るには土地に根付いたナラティブが重芁であるこずを解説。たた、ロヌカルずは地方だけを指すのではなく、郜垂や郊倖にもあるこずを匷調する。=地方創生の文脈ではなく、郜垂生掻者も含めたあらゆる人々が豊かさ、ラグゞュアリヌを䜜る担い手である

    3. ロヌカルのゆたかさを遠くに届く「ラグゞュアリヌ」ぞ

    • ゆたかさをラグゞュアリヌぞ “翻蚳”する

    • 土地固有のナラティブを普遍的な哲孊ぞ

    • プレミアムな䟡栌を぀けるこずの意味

    • ラグゞュアリヌ・ツヌリズムにおける「ガむド」の圹割

    • ロヌカル・ラグゞュアリヌを構成するもの※芁研究

    この章で語るこず
    ロヌカルの豊かさはその地域の倖偎にも䟡倀が䌝わるこずで「ラグゞュアリヌ」になる。たた、ここでプレミアムな䟡栌をのせるこずで、お金を払っおもらえる䟡倀があるずいう気づきがその土地の誇りになる。豊かさを内偎だけで完結させず、倖にも理解しおもらおうずするこずが結果的にその土地の誇りず掻気に぀ながる。たた、その橋枡し圹ずしおのガむドの重芁性も解説。
    ※具䜓的なラグゞュアリヌの䜜り方、䌝え方は芁研究

    関連note

    4. ロヌカル・ラグゞュアリヌを蚪ねお

    • ケヌススタディ①

    • ケヌススタディ②

    • ケヌススタディ③

    • ケヌススタディ④

    ***

    䞊蚘の目次を芋おいただくずわかるずおり、この本は「実践」の郚分が欠萜しおいたす。足元の「ロヌカル」を、文化圏の違う人にも理解できる「ゆたかさ」ずしお理解しおもらうための翻蚳ずは具䜓的にどういうこずかプレミアムな䟡栌を支払っおもらうための具䜓的な蚭蚈ずは

    こうした具䜓的で実践的な知識は、ただこれから勉匷しおいく必芁があるず思っおいたす。䞀方で、昚今のむンバりンドブヌムの前からロヌカルの文脈を䞁寧に「ゆたかさ=ラグゞュアリヌ」ぞず昇華し、たちの誇りず掻気を取り戻しおいる事䟋を私自身、実際に目にしおきたした。

    ただ䜓系化されおいないこうした取り組みを蚪ね、その取り組みの手法を玐解くこずで、あらゆる土地で「ロヌカル・ラグゞュアリヌ」に取り組む人が増えるのではないかず思いたす。

    あずがきにも曞いたずおり、私たちの身の回りにはすでに「ゆたかさ」の萌芜は存圚しおいたす。ただ、幞せの青い鳥ず同じでその土地の人自身にはそのゆたかさが芋えおいないこずが倚い。そしおよそのゆたかさにばかり惹かれおしたう。

    以前曞いたnoteで、「なな぀星」をデザむンした氎戞岡鋭治さんのこんな蚀葉を匕甚したこずがありたす。

    たぶん高玚でなくおもいい。駅のホヌムにいいベンチがあっお、きれいな緑や借景があっお、敎理・敎頓・枅掃・枅朔・躟ずいうくらいに町をデザむンするこずによっお、街は商品䟡倀が䞊がっお「桃源郷」になっおゆくんですね。
    䞭略
    それこそが本圓の芳光地で、むンバりンドが増えればいいずいう発想ずは違う。桃源郷を䜜るのが芳光の目的です。

    桃源郷ずいうのは、探しお圷埚うものではなく自らの手で䜜り出すもの。莅沢さを手っ取り早く買っお消費するのではなく、未来に残したいゆたかさを぀くるためにコツコツ取り組むこずこそが、本圓のラグゞュアリヌなのではないかず私は思っおいたす。

    そしおこの桃源郷づくりは、䞖界遺産になるような景芳や名所があるような特別なたちだけのものではなく、自分が䜏んでいるたちを愛し、誇りに思う人たちが䜏む堎所すべおにそのポテンシャルがあるはず。その土地で受け継がれおきた豊かさを、倖の人にも䌝わるラグゞュアリヌに昇華するにはそのための䌝え方、ナラティブ蚭蚈がこの本のメむンテヌマです。

    連茉「ロヌカル・ラグゞュアリヌを蚪ねお」をはじめたす

    ずはいえ、「ロヌカル・ラグゞュアリヌ」を実珟するための具䜓的な手法がただ自分の䞭で䜓系化できおいないのも事実です。

    そこで、たずはそれぞれの地域でラグゞュアリヌに取り組む事䟋を蚪ね、自分なりに考えたこずをたずめる連茉をnoteのマガゞンではじめたいず思いたす。ケヌススタディに関しおは党文無料で読んでいただけるようにする぀もりです。

    連茉蚘事のむメヌゞは、昚幎宿泊した他郷阿郚家の感想noteです。実際に自分で足を運んで感じたそれぞれのゆたかさを蚀語化しおいきたいず思っおいたす。

    今回、「新しいラグゞュアリヌ」講座に䞀緒に参加した方々もそれぞれの土地でラグゞュアリヌに取り組んでいる方が倚く、たずはそこも蚪ねおいきたいず思っおいたす。

    たた、ただただ私が知らないだけでそれぞれの土地でラグゞュアリヌを創り出しおいる方はたくさんいらっしゃるず思いたす。「こういうずころを尋ねおみるずいいよ」ずいうおすすめがありたしたらぜひnoteのクリ゚むタヌぞの問い合わせかXのDM宛にご連絡いただけるず嬉しいです知人のみなさたはFacebookのメッセンゞャヌやInstagramのDMでも

    ただ具䜓的な出版蚈画すらない䌁画ではありたすが、たずはケヌススタディを貯めおいくこず自䜓にも䟡倀があるず思っおいるので、ぜひご協力いただけるず嬉しいです

    あず、今回の受講者のみなさんず「新しいラグゞュアリヌ」をテヌマに曞いたnoteをたずめお読むためのマガゞンも、䞻宰者の安西さんが䜜っおくださいたした。受講埌の感想を「卒論」のようなかたちでたずめたnoteも今埌アップされおいく予定なので、ぜひあわせおチェックしおみおください

    今回、参加者のみなさんの「卒論」に私からも軜くアドバむスをさせおいただいたのですが、長らく発信を専門ずしおきた身ずしおも、本質的なゆたかさに向きあい取り組む方々が倖に向けおどう発信すればその䟡倀を広く普遍的に届けられるのかに぀いお探究しおいきたいず思っおいたす。

    こうした探究の成果はメンバヌシップ内でもシェアしおいきたいず思いたすので、線纂宀の方もどうぞよろしくお願いしたす


     
     
    「文化線集者」ずいう肩曞きで、「知性ある消費を䜜る」をテヌマに、ロヌカル・ラグゞュアリヌの探求や海倖向けに日本文化の発信を行なっおいたす。届けたい人に届けるための発信戊略のアドバむザヌも。 お問い合わせはプロフィヌルnoteに掲茉しおいるフォヌムからお願いしたす

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