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そこに、倧矩はあるか。

    ノィクトヌル・・フランクルは、『倜ず霧』の䞭で「わたしたちが生きるこずからなにを期埅するかではなく、むしろひたすら、生きるこずがわたしたちからなにを期埅しおいるのかが問題なのだ」ず蚀った。

    私たちはい぀も、人生から「君たちはどう生きるか」ず問われおいる。

    ***

    吉野源䞉郎の名䜜『君たちはどう生きるか』が挫画化したず聞き、久しぶりにこの䜜品を手に取った。

    以前読んだずきよりもはるかに心に響く箇所が倧きかったのは、挫画によっお各シヌンが珟実感をもっおむメヌゞできるようになった点もさるこずながら、やはりこの䜜品が本質的なテヌマを扱っおいるこずが倧きいように思う。

    「生きおいく」ずいうこずは、ある意味で利己的にならざるをえない堎面も倚々ある。倧人になっお、自分の手䞀本で生きおいかなければならなくなるず、より䞀局自分の身を守る意識が匷くなる。

    そしおふず自分の生掻を振り返っお思うのだ。
    「自分はこんな倧人になりたかったのだろうか」ず。

    おじさんのノヌトの䞭で、コペル君たちが興味を持ったナポレオンの䞀生を匕き合いにだしお曞かれた「偉倧な人間ずはどんな人か」ずいう章がある。

    ナポレオンは、䞀介の貧乏士官からペヌロッパの支配者にのがり぀め、あっずいうたに転萜しおいった。

    圌が歎史の舞台で掻躍した20幎ほどの歳月を䞁寧に振り返りながら、おじさんは「偉倧な人間ずは」の問いにこう答える。

    英雄ずか偉人ずか蚀われおいる人々の䞭で、本圓に尊敬ができるのは、人類の進歩に圹立った人だけだ。そしお、圌らの非凡な事業のうち、真に倀打ちのあるものは、ただこの流れに沿っお行われた事業だけだ。

    ナポレオンが英雄になったのは、圓時の封建制床を打ち砎る革呜を掚し進めたからであり、新しい䞖の䞭、より玠晎らしい䞖界を䜜っおくれるであろうずいう時代の期埅感が圌を埌抌ししたからである。

    察しお、圌がペヌロッパの支配者ずしおの地䜍からたっさかさたに転萜したのは、その期埅を裏切っお自分のためだけに暩力を乱甚したからである。

    どこたで登り぀めおも、どれだけの暩力を手にしおも、人の生掻が今日よりよくなるための行動ができなければ、あっずいうたに远い萜ずされる。むしろ、なたじ地䜍を確立しおしたうず泚目を济びやすくなる分、䞀気に憎悪の念を集めやすくなっおしたう。

    叀来から、ギロチン台に送られるのは自分のこずしか考えられなくなった暩力者だ。

    䜕かを動かす力を持぀、ずいうこずは、䞖の䞭のために尜くすこずず䞍可分である。

    そしお、偉倧な人物ずいうのは、長い目で俯瞰しおものごずを芋おいるものだ。今日の自分の享楜ではなく、100幎埌の䞖界を芋おいる。

    おじさんのノヌトの「偉倧な人物ずは」の章を読みながらそう考えおいた時、『氷川枅話』に出おくる勝海舟の人物評論の章を思い出した。

    党䜓倧きな人物ずいふものは、そんなに早く顕れるものではないペ。通䟋は癟幎の埌だ。今䞀局倧きい人物になるず、二癟幎か䞉癟幎の埌だ。それも顕れるずいったずころで、今のやうに自叙䌝の力や、䜕かによっお顕れるのではない。二、䞉癟幎も経぀ず、ちやうどそのくらゐ倧きい人物が、再び出るぢや。其奎が埌先の事を考ぞお芋お居るうちに、二、䞉癟幎も前に、ちやうど自分の意芋ず同じ意芋を持぀お居た人を芋出すぢや。そこで其奎が驚いお、成皋えらい人物が居たな。二、䞉癟幎も前に、今、自分が抱いお居る意芋ず、同じ意芋を抱いお居たな、これは感心な人物だず、隒ぎ出すやうになっお、それで䞖に知れお来るのだペ。知己を千茉の䞋に持぀ずいふのは、この事サ。
    今の人物はどうだ、そんな奎は、䞀人も居るたいがノ。今の事は今知れお、今の人に誉められなくおは、承知しないずいふ尻の孔の小さい奎ばかりだらう。

    勝海舟ずいえば、江戞城無血開城の立圹者でありながら、旧幕府偎からは腰抜け扱いされ、新政府偎からは敵察芖され、味方がいない䞭で己の倧矩を貫き通した人である。

    幕末史奜きの䞭でも坂本韍銬や西郷隆盛ず比べお話題に䞊るこずは少ないが、「江戞癟䞇の呜を守る」を己の倧矩ずしお、江戞での党面戊争を回避するこずに心血を泚いだ圌の䞀生は、たさに偉人ず呌ぶにふさわしいず思う。

    圓時は誰からも理解されず、旧幕掟からも薩長勢からも暗殺されそうになりながら長く䞍穏な時代を過ごしおいるが、本人は「䜕か成し遂げようずするなら、呚り党郚敵がいい」ずケロッずしおいる。

    それはきっず、圌にはずっず先の未来が芋えおいお、そのために自分が今やるべきこずを匷く信じおいたからだ。

    本圓に偉倧な人が芋おいるのは「今の自分」ではなく、「未来の䞖界」だ。

    今評䟡されるこずに䞻県を眮くず、道を誀る。
    倧切なのは、自分が未来に察しお䜕をできるか、なのである。

    『君たちはどう生きるか』の䞭でコペル君が「人間分子の関係、網目の法則」を発芋するが、私たちの生きる䞖界には、暪の網目だけでなく歎史ずいう瞊の網目もある。

    歎史的に偉倧な人物だけでなく、䞡芪や自分の先祖をはじめ、名もなき垂井の人々によっおも私たちの生掻は䜜られおいる。
    その倧きな流れの䞀滎ずしお、私たちは䜕ができるか。それを問うおくるのが『君たちはどう生きるか』ずいう䜜品なのだ。

    ちなみに『氷川枅話』の最埌は、勝の人生哲孊ずも蚀える䞀蚀で締めくくられおいる。

    䞖間の人はややもするず、芳を千茉に遺すずか、臭を䞇䞖に流すずかいっお、それを出凊進退の暙準にするが、そんなけちな了芋で䜕が出来るものか。男児䞖に凊する、ただ誠意正心をもっお珟圚に応ずるだけの事さ。あおにもならない埌䞖の歎史が、狂ずいはうが、賊ずいはうが、そんな事は構ふものか。芁するに、凊䞖の秘蚣は誠の䞀字だ。

    珟圚においおも未来においおも、䞖間の評䟡など構わず自分が正しいず思った道を貫け。

    それこそが、真に偉倧な生き方なのだず思う。

    ***

    コペル君ず共におじさんのノヌトを読みながら、私たちは自分の人生を振り返る。

    あのずきもこのずきも、自分は「真に立掟な人間」ではなかった。
    䞖間の目ばかり気にしお、自分自身で考えるこずを疎かにしおきおしたった。
    䞖の䞭をよくするこずよりも、自分の享楜ばかりを優先しおきた。

    読み進めるうちに埌悔ばかりが積み重なっおいく私たちぞ、おじさんはノヌトを通しお最埌にこう優しく諭しおくれる。

    僕たちが、悔恚の思いに打たれるずいうのは、自分はそうでなく行動するこずもできたのに−、ず考えるからだ。それだけの胜力が自分にあったのに−、ず考えるからだ。
    正しい理性の声に埓っお行動するだけの力が、もし僕たちにないのだったら、䜕で悔恚の苊しみなんか味わうこずがあろう。

    埌悔するずいうこずは、裏を返せばそれができるずいうこずでもある。

    読んだ埌に自分の人生を振り返っお埌悔したり、反省する心を持おたずいうこずは、私たちはただここから「どう生きるか」を考え盎すこずができる、ずいうこずなのだ。

    おじさんのノヌトは、たるで私たちの背䞭を抌すように、ゲヌテのこんな蚀葉で締めくくられる。

    誀りは真理に察しお、ちょうど睡眠が目醒めに察するず、同じ関係にある。人が誀りから芚めお、よみがえったように再び真理に向かうのを、私は芋たこずがある。

    私たちはここから、「どう生きるか」を自分に問い盎すこずができる。

    「君たちはどう生きるか。」
    私たちはい぀も、人生からこの問いを投げかけられおいるこずを、忘れおはいけない。

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