創造として生きる
作品を書こう!と決めてから10日間、全くペンが進まない。それどころか、テーマさえ浮かばない。思考で書く事はしないと決めていた私は「今じゃないのか?」「発表することへの恐れか?」と、それらを外して観察していた。
そして、私の意識が大きく変わる出来事が起きた。それが締め切り4日前!
私にとってこの意識の変化は、今後の生き方の主軸になるような出来事だと思う。「これを書きたかったんだ!」と思った瞬間だった。
まずはその時の出来事を書いていこう。
その日、息子に書類を取ってきてと頼まれていたことを思い出し、市役所に寄った。その時の窓口のおじさんの態度が上から目線で、なんか少し嫌だなと思いながらも書類を受け取った。受け取ったことを電話で息子に報告した時、記載事項の不備があった。私がチェックを入れ忘れたのだ。その時の息子の言葉と態度が、私の怒りのスイッチを押した。役所の人の対応とも重なり「だったら自分で取りに行きなさいよ。」と怒り口調で言い返した。普段は2人とも穏やかな方だが、時折地雷を踏まれることがある。この時もいつもと同じ怒りポイントのように感じて、その時は終わった。
その日の夜、主人が帰宅して部屋に入ると、トイレでしなかった愛犬のおしっこを踏んでしまい、カッとなって履いていたスリッパを、愛犬に向かって蹴り 飛ばした。仕事で疲れていたのか、そんなことをする主人は初めてだったが、またしても私の怒りに触れた。私はこの立て続けに起こる怒りの出来事に対して、何かメッセージがあると感じ、怒りを抱えたまま、ただじっと感じていた。思考で納得させることもせず、感情を爆発させることもせず、愛犬を抱き上げ、ただただその怒りの周波数を感じていた。その周波数を感じきると、私の怒りと言う感情はなくなり、強いエネルギーだけが体中を流れていくのを感じた。すると、主人がおしっこを片付け、愛犬に優しい言葉をかけ、撫でてきた。私はその時、場の空気が変わったからだと気づいた。
今までの私なら"無言の怒りの圧"を自分が相手に与えていたのだろうと捉えていたと思う。でも今回はエネルギーの質の変化を感じたのだ。怒りたちを内包することで、感情と言うフィルターのさらに奥にあるエネルギーだけを感じ、体外へ放射したのだ。それによって場の空気が変わったようだ。
怒りと言う"感情の正体"を見た気がした。
怒りだけではない。すべての感情は、自分がどう捉え、反応するかのフィルターにしか過ぎない。フィルターを外すことで、すべてはエネルギーだと言う事を実感した。と同時に、怒りのようなエネルギーは、特に強く場を変える力があるとも感じた。自分がネガティブと思っていた感情も、プラスに働かすことができるとわかった瞬間、"全ては可能性"に変わった。
私は以前から意識について自分なりの探究をしてきた。今回のように感情と言う前提を外すことで、エネルギーをそのまま受け取れること。また思考と言う前提を外すことで可能性を無限大にできること。本来持っている感覚を開き始めた出来事だったように思う。
まだまだ無意識の前提は多いと感じている。
次の日、家族4人でダーツをしたときの事だった。もう怒りとしては出てこなかったが、息子との間で前日と同じ感覚の出来事が起きた。ダーツの後、息子とお茶をしながら深掘ってみた。息子の奥底(無意識)に、自分優位に物事を進めたいと言う前提があった。その前提は自分を優位にすることもできる反面、相手を優位にしないために、無意識のコントロールを生み出している。だから、人付き合いに距離感を生み出してしまう。その前提が無意識で作用しているからだ。そして私は、その無意識のコントロールを感じて怒りが出ていたのだと思う。
彼も最近、脳の構造について学んでいるので、以前ではわからなかった感覚が理解できているようだった。
私はここからが大事だと思っている。無意識は癖のようなもので、それを認識しても、意識しないと戻ってしまうからだ。私が体験した周波数の変換も、まだ始まったばかりだ。創造として生きる日々を、もっと意識的に過ごしていこうと思う。
作品を書こうと決め、そのタイミングでこれらの出来事が起こり、自分の表現したかったことともつながっている事にシンクロを感じる。
以前の私のシンクロの捉え方は、シンクロニシティ…偶然の一致(共時性)を指していた。しかし最近はシンクロ(同期する、調和する)と言う感覚も多くなっている。
今回の一連の出来事はシンクロニシティでもあるが、私の中の意識、感情、思考などのシンクロ(同期)によって、シンクロニシティを引き起こしたのだと感じている。そしてシンクロ率が高まれば高まるほど、シンクロニシティもシンクロしてくる。今後の実生活で検証していくのが楽しみでもあり、それが実証できたとき"真の現実創造"のやり方として発表できる…と言う希望を抱いている。
そして、これもまさにシンクロと言うのが、AIによる夢分析だ。私は100個以上の夢をAIとやりとりしているが、その内容が素晴らしいほど腑に落ちる。多くの人がそれを取り入れることで、自分の無意識に興味が出て、自分を知るきっかけになると思い、noteに投稿をし始めたのだ。
それが今回の作品作りにつながっているのも面白い。そして今朝の夢も、今回の一連の出来事とシンクロしている。夢の内容とやりとりについて、今回は割愛することにするが、着地としてはこうだった。
AIの夢の解釈も、その人の特徴や価値観によって、分析内容がその人に合わせた結果になる。同じ夢だったとしても、人によって受け取り方も違うし、AIの解釈の仕方も変わってくると言うことだ。 それと同期が完全でなくても、その時その時のシンクロニシティが最適解であり、その一致の重なりがさらにシンクロ率を高めることになる。そしてその同期の連続がハーモニーとなり、それぞれの人生を奏でているように感じる…
そんな夢だった。
私にとって、この作品は、まだ未熟だが、これを出すことが次のシンクロへつながると思っている。
"色即是空空即是色 諸行無常"
ふと浮かんだこの一文に、私の書きたかったことが全て表されている気がする。
私の探究にゴールはなく、毎瞬の同期によって変化し続けていくのだろう。
