
資本主義に疲れ果てて墨を磨る
東京アンダーグラウンド。今日もお金を稼ぐために勤労の精神の一日だった。生活費は稼がないといけない。とはいえ、今まで散々、贅沢をしてきた人間なので、思い残すこともないといえばないのだが・・・。
何か心が落ち着くことがしたくて、小さい頃に習っていた書道をすることにした。祖父の家の近くに書道教室があって通っていたのだ。
スパルタな書道教室で、うまく書けるまで帰してくれなかった。普通の書道教室はそうなのだろうか?
『日展』という書道の個展がある。由緒正しい個展だ。僕も出展するために作品を猛練習した。何回も朱が入り、書き直す。そのたびに墨を磨る。
出来た墨汁ではだめだ。磨った墨でなければいい文字は書けない。墨を磨るというのも、なかなか難しいもので濃くてもいけないし、薄くてもいけない。
あとは、『とめ、はね、はらい』である。躍動感を意識して書く。四字熟語だが作品として出展するのだ。きちんとした作品でなくてはいけない。
先生(正式には師範かな?)の審査を通過して出展した。日展に自分の作品が飾られていた時は感動した。猛練習してきて良かった!と心の底から思った。
今、AIが文章を書いてくれる時代だからこそ、美しい文字が求められているのではないか?少なくとも習い事で反復練習をすることは、その後の人生に役立つはずだ。何かを学ぶときは反復練習が基本である。
当時を思い出し、美しい文字を心を静かにして書いてみる。
精神統一
明鏡止水
行雲流水
書くだけで本当にそんな気持ちになるから不思議だ。文字を手で書くとは大切なことだと思う。書道は日本の大切な文化だ。美しい文字を書いていこうと思う。そのためには心を静かにすることが大切だ。人生は修行であるということ。
心が乱れると、書く文字も乱れてくる。
贅沢三昧
無為徒食
酔生夢死
いかん。本当に乱れてきた。欲望に心が支配される。ロードオブザリングである。あれもこれも欲しくなってきた。かように僕の心は弱い。
書道の練習をひたすらして、心を律しなければいけない。しかし書道の筆も高級なものがあって買いたくなってきた。
結局、勤労の精神で生き続けるしかない。お金が欲しい。