
呪と果(人を呪わば)
あらすじ
縁切神社にのぼって呪い絵馬に取り込まれ人を呪った結果、人を呪わば穴二つ、という通り、二穴のうちの一穴に落ち、生まれ変わった先は鯰。鯰として卵から生まれ、逃げ、食べ、大きく育ち、田んぼから川へ川から田んぼへ、幾度かの産卵を経たのち、長雨に流され沼に閉じ込められやがて泥と同化し、落ちて来た種から伸びて小木となり、蟻になれと呪った相手に気がつく、というお話です。
一、呪
『人を呪わば穴二つ』と言うでしょう。あの人を呪ってあの人の入る墓穴を一生懸命掘るならば、掘るあなたの入る墓穴も隣にありますからね、すてきな墓穴ですよ、という意味です。いや、少し違いましたか。墓穴は別に隣になくてもよかったかもしれません。
『人を呪わば穴二つ』。今からわたくしがするのはただそれだけのお話です。いえ、何の教訓もございません。ただだだその通り、わたくしがある人を呪いまして墓穴に落ちました、というお話なのでございます。
『人を呪わば穴二つ』。そうです、わたくしは人を、呪いました。
人を呪う、とはどういうことでしょうか。呪う。あの人を、呪う。
ーー憎い憎い。憎いどころか心の中で鋭利な刃物で袈裟懸けにしても収まらぬ、限界まで引き伸ばして、限界を超えたところで千切れ散った欠片をぐるぐると棍棒で掻き回しぶっ叩いてまた固めたものを激しく遠く蹴り飛ばしても物足りぬ、このわたくしにこびりついた心もち。どうしてもわたくしから引き剥せませぬ。
それが黒い重たい粘液のまま、増え、増え、増え、増えて溢れて、垂れ下がり。一筋に伸びてゆき、ちびりちびりと、長い年月をかけあの人の元へと辿り着いたのでございます。
まさか、まさか辿り着くまい、とわたくしは思っておりました。
ところが。偶然、偶発的な、たまたまの巡り合わせ、でしたけれどもそれでも、ある日、あの人へと道が開き、ついに辿り着いてしまったのでございます。
ああどうせ辿り着いてしまったのならば。その粘液にびたびたに浸されたまえ。そして光を遮られ、光を失い、芯からぐだぐだに腐りたまえ。と、わたくしは祈りました。
それが、呪う、ということではありますまいか。わたくしなりの、わたくし自身の経験からの、それが答えでございます。
わたくしは、呪いました。
ええ、けれどもわたくしは呪った相手の名は決して決して明かしませぬ。これまでも、これからも、決して明かすことはないでしょう。
ただただ、暗い理由しかございません。輪郭を、くっきりとさせたくないのです。思い出したくもないのです。ぼんやり遠いところに、置き去りにしたいだけ、なのでございます。
さて。その頃は、わたくしの胸内の粘液も、まだ呪う、までにはいかぬ種ながら、ぐんぐん育つ勢いは凄まじく、収める器に余るほどでありました。
もうあの人とは一切関わりになりたくもないがそうもいかぬ毎日毎日毎日、わたくしは斧炉井神社という神社を知ったのです。オレンジとピンク色の溢れる賑やかな朝の情報番組でした。
青いくっきりとした色のワンピース、そうそれは初夏の空のような色合いでした。そんな青いワンピースを着た女性が、斧炉井神社を案内し、「縁切り神社」と、歯切れ良く紹介したのでありました。
斧炉井神社。斧の斧、溶鉱炉の炉、井戸の井の神社です。オノロイでなくヨキロイ神社と読むのです。あなたもご存知でしたか? 斧炉井神社、悪縁を斧で切り炉に焚べて井戸に沈めようという勇ましい名前の神社です。それがあの町、鏡町にあるという。わたくしの住む町のごく近く、電車で三駅ほどで行ける距離でした。
その近さに、わたくしは驚き、はっといたしました。なんと気軽に、縁切り神社に行けてしまうことでしょう。たったの三駅です。わたくしはわたくしの町に住み始めてから随分経つのに、初めてそれを知ったのです。
呪いの種を大事に大事に大きく大きく育ててしまったこの時、わたくしはそれを知ったのでございます。
次の日。わたくしは、斧炉井神社に、出かけることにいたしました。
それはまだ五月なのにもう真夏のようなじりじりした日差しの、けれど少しだけ五月らしい空気の涼しさがほんのり残る、朝でした。
わたくしはストライプの半袖の綿シャツに薄手緩めの紺色ズボン、慣れた黒色の運動靴を履き、いつもの散歩に出かける時と同じ声色で家人に「いってきます」と言い言い玄関を発ちました。が、あまりの日差しに一度足を戻し、傘立てにあった先日家人から貰った白い日傘を、似合わぬ気がしてなかなかさせなかったその日傘を、この日初めてさして出かけたのです。
日傘の白は太陽の光を弾き返し美しく、けれども防ぎ切ることはできず光は漏れ降りかかりました。そんなものかなと思いながら、溢れ漏れる日差しとともに、わたくしは日傘と出かけました。
電車は半時間に一本とのこと。時間も見ずに駅へと向かいましたが、程々の待ち時間で電車はやってきました。多少古びてはいるものの、深緑色のきりりとした顔の電車でした。
車窓の眺めは流れ流れ、扉脇に立つわたくしは、カタン、カタンとリズムを刻みながら、ゆらゆらふわふわ少しずつ地面から浮いていくようでありました。
けれども間の停車駅で、ブレーキがギュッとかかりスピードが落ち、カクカクンと電車が止まるときには、わたくしもぐっと地面に戻ることができるのでした。
三駅は、近いようでいて遠く、遠いようで近く、三度目のカクカクンで電車が止まると、扉前のわたくしは戻る勢いに押され、ぷしゅうと扉が息を吐いて開き切る前にそこからぽんと、飛び出したのでございます。
外はむわんむわんとして大変熱っぽく感じられました。車内の快適さはやはり冷房が効いていたようで、出るや否やわたくしから汗がじわりと滲み出ます。
立ち止まったわたくしの目の真っ直ぐ先に、北口の改札はありました。
南口へはわたくしからみて左奥の階段から行くのですが、その左奥へと流れる人達の小さな群れが、わたくしの後ろや右向こうから、ぱらぱらと流れて行きます。
北口へ向かう人たちは、南口の群れの合間から集団行動のように上手く抜け出ると、そのままのスピードで改札口の向こうに消えました。
わたくしもそのようにしたかったのですが、そのようにはどうしても上手く抜けられず、わたくしはいらぬ方向転換を何度かして、やっとのことで改札口を通ることができました。
そのくせ、わたくしがじっとりと握り締めていた切符のほうはあっけなく、自動改札機につるりと吸い込まれてゆきます。駅員の姿は見当たらず、以前は駅員がいたかと思わせる箇所は白い大きな柱と壁となって光り、斧炉井神社の行き方を訊ねる筈だったわたくしの台詞もその辺の空間に、つるりと吸い込まれて消えました。
かつんかつん、手持ち無沙汰のわたくしの、日傘を突く音だけが、あたりに大きく響いておりました。
昨晩拡大印刷した地図は、分かりやすくしたはずなのに分かりにくく、わたくしは大体の憶測で歩き始めます。
昔から、家人にも揶揄われるほどの方向音痴でございます。独りで出かける時はどこかで必ず引き返す、振り出しに戻るものだと思っておりましたが、この時は意外にも道を違うことなく、目指す神社へと進んでおるようでありました。曲がり角のお店の名が地図のものと一致なぞすると、ああこちらの道でよかったのだ、清水がふわっと湧き出でるような、ささやかな喜びがございました。
白いが錆びた看板に、赤い達者な筆文字で『斧炉井神社 コチラ⇨』とある、木々に囲まれた薄暗い一角にたどり着いたとき、わたくしはほっと安堵いたしました。看板以外たいした案内がなく、時間帯のせいか先行く人がいるにはいるのですがあまり多くもなく、情報番組で昨日放映したとは思えないほどおそろしく静かな道中でございました。
しかしながら、たどり着いたそこには、間違えようもなく神社であると示す派手な鳥居がありました。表は朱色で裏は墨色を塗りたてテカテカの大迫力鳥居でございます。
手水舎で手口を清め、一礼してわたくしはそれを潜ります。木陰からも陽射しはこぼれていたのですが、なんとはなしに日傘は閉じました。じわりぽたりじわりぽたりと汗が溢れます。
そびえる長い長い長い石の階段がございます。その果ての果てに、今度はこちら向き墨色の鳥居がゆらめいています。見上げるあまりの高さと遠さに、そこへと上る気持ちがぽきりと折れかけました。
いや折れてはなりません。さてさてなんのためにここまで来たのだか、思い出せ、思い出せ、と、わたくしはわたくしを叱咤し、歩きはじめます。
石段を一歩ずつ一歩ずつ、不安定な時折日傘でも突いて、一歩ずつわたくしはすすみました。
二人連れや一人者がまばらに先々におるものの、皆石段に取り組むので無口で、それぞれの上る音が遠くこぼれてくる程度でした。階段を構成する石も土も乾き切って白く粉を吹いております。そこに、ぽたりぽたりと時折わたくしから汗が落ちて染み込んでゆきます。段の尖りは欠け草も端にちらりと伸びるのみ。長年の歳月をかけ数多の人間が踏み潰してきた故か、手すりもないこの急な階段を数多の足が上り下り上り下りした故かと思い至り、背の筋がゾワリと毳立ちました。
その石階段のゆく先、果ての空には墨色の鳥居がいつまでたっても遠く、高く、細く佇んでおります。禍々しい墨色の、その裏面は更に更に深い墨色をしているという話。
わたくしは目の捉える鳥居の小ささとそのくらさに眩暈を覚え、その後はもう決して頂上を見ず、ただひたすらに足元だけを見て一足一足、一足一足、上っていったのでありました。
斧炉井神社に縁切り絵馬があることはご存知でしたか? あら、そういうものなのですか? 大体縁切り神社には縁切り絵馬があるものだ、ああそうですか、そういうものなのでしょうか。
斧炉井神社の絵馬も、相手の名前を書き記し裏返して掛けておけば、神職が代々伝わる斧で打ち壊し護摩に炊いて残った灰を裏池にさっぱり流してくださるのだそうです。
そうすれば、憎い憎いの心もちはさておいて、餅のような相手とのご縁がぷちりと切れてあとかたもなくなるのだと、そういうものだと。しかも一枚千円、とっても良心的なお値段ですと。テレビの中の方たちは、その情報を伝えた青空ワンピースに頷き、笑い合っておられました。
ええわたくしも、それならば確かに良心的であるし、それ以上に大層格安なお値段であると、そのように思ったのでございます。
しかしわたくしが肝を冷やし汗を垂らし息を切らしやっとのことで階段を上り切り、絵馬を売る窓に辿り着いた時、その有難い絵馬はすでにすっかり売り切れておりました。
参る人はさほど多そうに見えぬのに、まだ太陽は天頂にのぼりきっていないというのに、わたくしの荒い心音と鼻息の前に残っていたのは、一枚三千円の絵馬、呪いの絵馬それだけだったのでございます。
「こちらの呪い絵馬になされますか」
木造の色褪せ古びた小屋の薄暗い窓内には、ただただ細いが骨張ってその上背筋のぴんと伸びた、小枝のような女性が座っておりました。小枝のような女性は小枝のような手に、三千円の派手な色彩の絵馬を載せて差し出し、わたくしにみせてくれました。
表に描かれたのは左右一対の美しい橙と朱色の美しい鳳凰。二羽が踊るように互いの翅を交差させておりました。その二羽の瞳の鮮やかな青緑色が、私の目に飛び込んでくるようでありました。
ゆっくりと裏返された反対側には、青い海と白波から現れるお日様が。お日様にはお顔が描いてあり、朝日か夕陽かと問われると朝日と答えたくなるような笑みを浮かべておられます。そんなお日様と白波の下には、深い深い影がございました。光沢のない太く明瞭な線と色とで、端正に描かれてありました。
「それにいたします」
縁も切りたし、こびりついた思いは重く、それ以上にここまで来たのだからそう言うより他にはなく、息も戻らぬままわたくしは三千円を払いました。
「ではご案内いたします」
小枝のような女性はわたくしに絵馬を渡しませんでした。三千円と絵馬を握り込んだ手をぐいっと引っ込め、くるりと後ろを向き、かたんと立ち上がり、しずかに奥に消えてゆきました。と思うと、ガシャガシャと脇の薄い扉が薄く開き、そこからするりと抜け出てくると、わたくしに付いてくるよう、三千円と絵馬を握りしめたままの左手を振って、促しました。
後ろ姿の彼女の、焦茶色の髪は一本に括られ、その毛先は竹箒の先のようにばらばらと広がっております。その身はやはり細く、空気を孕んだ薄茶色の作務衣から姿が浮き上がる度に、もう折れるのではないか今折れるのではないかとわたくしを不安にさせました。その一方で、彼女のザックザックと土を蹴り進む速さにはえもいわれぬ力強さがあり、その力強さにわたくしは、縋るようについてゆきました。
縁切り神社の立派な本殿と、無数の絵馬の奉納棚を横目で通り過ぎ、ぐるりとその後ろに回り込むと、小枝の女はその生い茂る雑草に足を突っ込み、獣道のような、細く踏み固められた一筋の道を掻き分けてみせ、そこを進むようにと目と顎で示しました。
わたくしはその時になって、「いやだいやだ」と叫びたくて堪らなくなったのですが、後にひけないことはなんとなく分かっておりましたので、ぐうと堪えて、その道へ足を踏み出したのでありました。
そこからがわたくしひとりの道行でした。
日傘は大層邪魔でしたが捨て行くわけにもいかず、わたくしはそれを抱きかかえて歩きました。
木々がうっそうと茂り、深緑どころか黒々とした暗緑、先程までの日差しの熱が嘘のよう、ひんやりとして半袖ではぶるりと震えるほどでした。足元は暗く険しく、道は一筋に薄く光りながらも空中の縄の上を歩くような心細さ、一筋を踏み外したなら何処か遠く深い場所へ一瞬で振り落とされそうな感覚がございました。
わたくしは辛うじて一筋を踏み外すことなく、黒々とした深林から広く明るく丸い場所へと辿り着いたのですが、おそらく大変運が良かったか悪すぎたのかどちらかでありましょう。
いやもしや、振り落とされた果てにその場所に辿り着いたのに、わたくしだけがそのことに気づいておらなかったのやもしれませぬ。
その広く明るく丸い場所には、目が潰れるほどの光が輝いており、広く明るく丸いこと以外はわたくしには何もわかりませんでした。
中央には左右一対の鳳凰がデカデカと鎮座しておりました。
ああ。と、わたくしは息を吐きました。
ああ。
わたくしは、絵馬の中にいる。
ああ。
わたくしは絵馬の中におりました。あの呪いの絵馬、小枝の女の手にあったあの絵馬、あの三千円の絵馬、高いか安いかよくわからないあの三千円の絵馬の中に。境目もわからぬままに、わたくしは中へと入り込んでいたのでありました。
入り込んでしまったわたくしは、息を深く深く深く、吸って吐くしか、なかったのでございます。
と、右側の朱色の鳳凰が、じりじりじりじりと動き出し、わたくしの方に顔を向けました。ゼンマイ仕掛けのように、ぎこちなくじりじりと首を傾げ、
「呪いますか?呪いませんか?」と聞きました。
青緑色の双眸がわたくしを吸い込むようにずしりと光っておりました。
おお、わたくしは。
おお。わたくしの中身は、この時、大方吸い込まれてしまっていたのだと思われます。
「呪います」わたくしは答えました。
「どうしてやりましょうか」
朱色の鳳凰の声は、低く甘く深く。じじじじという機械音のような一定の超低音を底に響かせつつも。囁くように歌いかけてくるのでした。
「二度と目の前に現れぬようにい」
わたくしも負けまいと、精一杯、歌うように答えました。
「どうしてやるのが、良いでしょう」
「ううあああええ? ううああ蟻にしましょう、自分で自分を踏み潰せいえ」
わたくしの歌はずるずるとわたくしから湧き出てきました。
歌に、朱色の鳳凰は満足そうに頷きました。やはりゼンマイ仕掛けのように、じりじりじりじりと。そして、ピタリと動かなくなりました。
ぐらり。それに代わるように、左側、橙色の鳳凰が揺れ始めました。ぐらり、ぐらり。次第に、首がもげるのではないか、飛んでいってしまうのではないかという程、揺れが激しくなってゆきます。ぐらんぐらんぐららんぐららんぐらららん。
ぐららららん、ぐぐぐ。突然、すごい力でもって、びたり、とそれを止めました。
「もう一度お尋ねします」
じとり、とわたくしを見据えました。
こちらの青緑色の瞳はぎらりと光り、わたくしを真っ直ぐに捉え、掴み、その上で、跳ね飛ばすかのようでした。
「呪いますか?呪いませんか?」
問いかける橙の鳳凰に、いや、負けたりなぞするものか、わたくしはガンと視線を合わせ跳ね返すつもりで叫びました。
「呪いますよ!」
「呪いますね、では」
左の橙色の返事はあっさりとしておりました。事務的な声でした。左の橙色は頷きもせず、右の朱色をちらりと見ただけでした。
そのちらりが合図だったのでしょう、一対の鳳凰は並んだまますうっとさがってゆきました。さがってゆきながら、ぶわりと同時に羽根を膨らませ、翅をばさりとふりおろし、もう一度ふりあげ、ばさりとふりおとし。わたくしの目の前は翅のばさりでいっぱいになりました。
ばさり毎に、朱色橙色朱色橙色が溶け混じってゆきました。混ざり合った真ん真ん中は橙色に近い濃厚な朱色、艶やかで鮮烈な色合い。
さすがに美しすぎて。その濃厚な色合いに、わたくしの心は震えました。
その瞬間。
わたくしの心の隙をつくかのように。
すとん。と、急に足元の大地が失われました。すとん、と、あっけなくわたくしは落ちました。
落ちながら一瞬、まあるい、真っ暗な真っ暗な穴が二つ、並んでいたのを目に捉えました。その左の側の穴に、鳳凰側から見れば右側かしらどちらでも構いませんが、その一穴にわたくしは。
すとん。と、落ちていったのでありました。
抱き締めていたはずの腕からあっという間に日傘が上にぶっ飛んでゆき、肩に掛けられた鞄も紐ごと引きちぎられるように去ってゆき、肌をなぶる風の勢いは激しく痛く、これが重力というものでしょうか、落ちる速さはどんどん増して、増して、増して、増して、次第に麻痺してゆきました。
真っ黒な穴の側面時折混じる砂粒のような灰色が流れ流れてゆく速さにも、だんだん目がついていかなくなり、やがてついてゆくことを諦めました。
ただ落ちていきながら、落ちていくことをただ感じながら、わたくしは狭間に途切れ途切れの微かな声を聞きました。小枝の女の声のような、鳳凰たちの歌のような、わたくしのよく知っているあの人の奏でる音のような。
人を呪わば…
人…を呪…わば…
あああ! しまった! そういうことか!
その時。
ちょうどその時、むわむわんと魚が腐ったときのような臭気がわたくしの鼻腔を、突き刺しました。あまりの生臭さにわたくしは息がとまり、しかし息をせねば息ができぬので息をし、息をして臭気に刺されます。鼻先どころではない、全身にその生臭さが纏わりつき痛むほどで、苦しいばかりで逃げるところはありません。
わたくしは、ただちに全ての感覚をあきらめる他なく、そうなればただただ大変よい姿勢で真っ直ぐに落ちる他なく。丁度そうです、この時丁度わたくしは、正気を失いかけていたこのぎりぎりの時丁度、この音を捉え、残り少ない正気の中で。おおそうか、そういうことだったのか! なんとまあ、なんでまあ、気が付かなかったのだ己れよ! 自らを罵りながら得心いたしました。
ええそうです、丁度その時です。
これはわたくしの穴でした。どうしようもなく、罠で理で、この臭いと同じく、どうもしようがない。どうしようもなく、これは、この穴は。
この穴はわたくしの穴だ。
人を呪わば、なのです。穴二つ、だったのです。
「人を呪わば穴二つ」。
わたくしは呪いという罠に嵌り、あの人を呪うつもりで。わたくしこそが作った大きな大きな二穴に。ああいや、二穴にではさすがにありません、一穴は残されております、おるはずです。ですから結局二穴のうちの一穴に。
あああああーしまった、わたくしは心の内で叫びました。二穴のうちの一穴に、わたくしこそが落ちました! 兎に角にも落ちたのです!
ええじゃあわたくしが呪ったほうのあの人はどうなりますのや! わたくしの心の中は嵐です。
三千円払ったのだから蟻にぐらいはせめて! でなけりゃ金をおのれくそ鳥おのれ小枝女!
「蟻にはしてくれるんでしょうねえ!」
心の声が溢れたのか、びっくりするほどの荒い唸り声がわたくしから出ました。まあそんな状況ならそんな下品な声にもなりましょう。まだやさしいほうだったと思います、なにせそんな状況でしたもの。とりすましてたってなんにも聞けませんものねえ!
「蟻にはしてくれるんでしょうねえ!」
返事がなかなかないもので、もう一回、
「蟻!」言いかけたところで、
「はーい、大丈夫ですよー」
小枝の女も情報番組の女もあの鳥どももけして出しそうにない軽い気の抜けた声が、遠くから被せ気味に返事をいたしました。
「大丈夫ですよー。もう一つは蟻穴でーす」
「……くそ!」
被せられた上に、声色の軽さに腹立ちを加速され、わたくしの口からは悪態しか出て参りませんでした。そりゃそうでしょう。仕方ありませんね。だってわたくしは、この時さえも、ただひたすらに、この痺れるような臭いにまみれ、落ち続けているんですからね!
ああそうなればもう帰れぬのだな。ということが急に、ぐんと胸に迫ってまいりました。家人に何かもう一言告げてくればよかったな。昨日散歩に誘われた時、断らずに行けばよかったな。でも暑かったし疲れてたからな。ああでもあの白い日傘、させてよかっ……
「あなたの穴はナマズですよ!」
なん? なんと言いました?
遠くからの声が、軽々しく何かを告げましたが、一瞬理解が追いつかず、わたくしはなんとか冷静に思い返そうとしたところで、
「あなたの穴はナマズですよ!」
もう一度その声を聞きました。
ナマズ? ナマズとは? あの鯰? あの暗くてズルズルでぬるりとしたあの鯰?
わたくしは少々どころでなく激しく慄いて、いやだがしかしだがしかし、わたくしも三千円を払って奴を蟻にと呪った身、もう一穴、もう一穴あるならば、それは受け取るしか他ないのかそうなのかと、落ちてゆきながら、凄まじい勢いで落ちてゆきながら、わたくしは、しょうがあるまいと覚悟をきめ……たかったのですが、どうしても決められませんでした。
出てくる言葉は「くそ」しかなく、「くそ」「くそ」「くそ」「くそ」唸りながら、わたくしはいつまでたっても底に辿り着きそうにない果てしない鯰穴に、落ちていったので、ございます。
二、鯰
ぱーんと弾けて。
散り散りの粒になって掠れて消えて。
わたくしがぱちり、と眼を開けると、そこはゼラチンのように凝ったもので溢れかえっており、とろ、どく、とろ、どく、と波打っておりました。
ぐりん、と時折からだを回して、良い塩梅の箇所で丸まり、ぐりん、と時折からだを回して丸まり、ぐりん、丸まり、ぐりん、丸まり、ぐりん。ぐり。ぐ。ぐぐ。ぐ。
回りにくくなったなあと思っているうちすぐに回れなくなりました。むちむちむち、からだかきついのです。動きにくいのです。わたくしはおそらく、大きくなりすぎたのではないでしょうか。何かを間違えたのではないでしょうか。
けれど、だからと言ってどうする訳にもいかず、わたくしはきつきつの世界でみちみちみちみち、動くような動かぬような、居心地の悪い狭さに押し潰されようとしておりました。
もうこれはお終いだ、もうこれは潰される、と、思った瞬間。
ぶちり、大きな音がいたしました。わたくしを包んで狭めていた薄い皮のようなものが破れたのです。
わたくしはそれよりも随分厚く強くしぶとかったようなのです。
狭さが破られ、楽になったと思う間に、腹下の破れ目から白光と藍闇と泥煙が凄い勢いで流れ込んできます。濁流と化したそれらがわたくしの回りをぐるんと巡り、激しくわたくしをどこかへ押し出します。どこかへ、遥か遥か遠い遠いところへ、わたくしはぐんぐんぐんぐん運ばれてゆきました。
なんと、世界は広く、なんと、心許ないことでしょう!
あまりの、あまりの流されっぷりに、わたくしは制御不能、機能不全、生命の危機を感じました! 恐ろしい! 背筋がぞわぞわぞわぞわいたします。
どうする、このまま意識を手放しましょうか。いやいや、弱気になってはいけません。わたくしは自分を叱咤いたしました。
この恐怖を振り切らねば何処かに引っかかって引き止まれば少しは。わたくしは杭となる存在を探しました。しかし、探したとて見つけたとてわたくしにどうすることもできません。
再び諦めかけた時、突然、流れの勢いが削がれました。
突然、流れは流れかというほどにゆったりと緩やかになり、わたくしはふわんと、茶色のような白いような黒いような薄橙色のような薄緑色のような斑点のようなぼろぼろのようなごてごてのような、枯れた植物たちの丘に降り立ちました。同時に泥煙もふわんと、舞い上がりました。
わたくしは、降り立ったこの丘に留まります。否、留まる他はないのです。わたくしはこの時、わたくしの思うほど、思うように身体を動かすことはできませんでしたから。できることと言えば、ちろちろとどこかを動かし、ちろちろとごく近くを彷徨うことだけだったのでございます。
しかし、これはわたくしにとって、大変な幸運でございました。柔らかい、昏い、深い枯れ植物の丘は優しく、わたくしはどこにも流されることなく、いくらでも休み、いくらでもそこに留まることができました。
頭ばかり大きく下半身は有るのか無いのかわたくしは、しかし腹の辺りの温い袋から温い何かを吸い込めば温い何かに満たされ、温いままわたくしは、枯れ丘の安心の中でしばらくぼんやりと過ごしておりました。
隠れた枯れ草の隙間からちらちらりと覗く世界は、ゆらゆらゆらゆら滲んだ影が流れては消えてゆき、上から時折さしこむ光が明るくそこを染めたり染めなかったりしました。
あれ、ひょいひょいと視界に踊るこの細い糸のようなものは一体何であろうかと思いきや、わたくしの口の端から伸びる髭なのでございました。ええわたくしは鯰なのですから、髭があるのでございます。何本なのかは不明ですが、どうも二本よりは多いようでありました。ええわたくしは鯰なのでして、何故なのかはわかりませんけれども、わたくしが鯰だということを、最初からわたくしはわかっていたようなのでございます。そのように言いながら、生まれてからの記憶はどうにも定かでなかったのが不思議です。
髭が生えました。わたくしの頭身体のバランスは多少良くなったような、身体と同じくらいの頭と尾を交互に振ってみれば多少前に進んでゆくような気がいたします。わたくしはその時にようやく腹の辺りの温い袋がすっからかんで温さが消え失せ、わたくしの腹の中がぺこぺこである状態を知りました。
上を見上げれば、濃い黄緑、緑の草がしゅんと立って揺れており、その葉先に光がさし、埃のように細かい生き物たちが震えております。それをしゅんと飛び出し水毎つるりと呑み込めば、わたくしの腹は満たせるのでございます。
埃たちが呼んでいます。わたくしは、しゅんつるりと埃たちを呑み込みました。美味しかった。
しかし気をつけねばなりません。不意に大波とともに深い深い穴が現れるからです。あの穴からは逃げなくてはなりません。穴は恐ろしいものでございます。わたくしはよくよくそれを知っておりました。
埃たちにつられ、しゅんしたときこそを狙い、穴は嵐のように現れ、その昏い穴にわたくしの同胞やら何やら似たり寄ったりのものたちが何匹も何匹も何匹も何匹も、ひゅんひゅんひゅんひゅんすいこまれて消えてゆくのでございます。
ああなんと恐ろしい。
わたくしはどんどん大きくなり、どんどん薄黒くなりました。そしてまだまだ大きくなってゆくのです。
埃だけでなく、わたくしは手当たり次第どんどん呑み込みます。わたくしより小さければ何だって美味しいのです。わたくしはいつだってお腹が空いているのです。けれども、時折流れてくる黒い粒蟻だけは、けして受け入れられない。粒蟻だけはわたくしすぐに吐き出します。あの虫は大変不味い。ですのでこれは、粒蟻以外の話です。
わたくしは、埃のような粉々からひょろんと長い切れ端から、より大きな個体をつるりつるりと呑む。つんつん泳ぐ透明な小エビ、きらきらちらちら銀色の小魚、とぅるんと頭しかなさそうな黒い、そう、あれは多分オタマジャクシという名の、いずれ黄緑美しいカエルになるものも、つるりつるりと呑むのです。
ええ、お気づきですか、わたくしはオタマジャクシやエビやカエル、あああの憎き蟻もですね、いくつもの名前をよくよく知っておりました。どうしてでしょうね、そうした呼び名は時折わたくしの奥のほうから湧き上がってきて、あの美味しそうな頭でっかちのとぅるんとぅるんを、わたくしはオタマジャクシと呼ぶのです。
オタマジャクシも小エビも小魚も髭が震えるほど美味かった。一等は銀の小魚でごさいました。
わたくしは美味しいものも、多少味の落ちるものも、沢山沢山呑み込みました。沢山呑み込むのはよいことです。その分わたくしは大きくなり、大きくなれば、わたくしが呑み込めるわたくしより小さいものは増え、わたくしを呑み込めるわたくしより大きいものは、まだまだ沢山おりますがそれでも減ってゆくのです。
そしてわたくしは、あの、不意におとずれる大波の穴が、わたくしに似たわたくしより大きいなにものかの口であることを、ああそうであったと思い出すかのように理解したのでございます。
あら、わたくしに似たもの、と言い切ってはいけませんね。似たものばかりではございません、似てはいないが大きいなにものかの口も、わたくしと同じように、なにものかより小さなものをすいこみ、食し、わたくしと同じように、その分大きくなってゆくのでございます。
それは、竜かと思う程に鱗をうねらせる大魚の口。みっしりと歯が生えております。
それは、真っ赤な鎧で覆われた薄白いザリガニの口。大きな鋏を巧妙に使います。
それは、電光石火、頭上からさし込まれる鋼鉄の鋭い大鳥の嘴。
ええ、それらは、わたくしよりも殊更大きく激しく強く美しいものたちばかりでございました。怯え、圧倒されながらも、しかしわたくしは、いずれはやつらより、遥かに大きく強くなってみせる、と、念じておりました。美しさはさておき、わたくしは必ずや大きく強くなり、必ずややつらを呑み込み噛み砕き散らかすのだ。
雨がどっさり降っておりました。長雨です。随分水嵩が増しました。泥と枯れ草の丘で過ごしておりましたわたくしの体も、この増水でいつもより浮いているかのようでありました。
体の中でも何か、ぷかぷかと焦りのようなものが涌いてきます。この水量に乗ってわたくしは何かを乗り越えてゆかねば、強く強くそう思いました。
何をかは自分でもよくわかりませんが、おそらく境のようなものでしょうか。
しかしながら、まだ厚い雲に陽も遮られ昏いけれども日中です。夜を待たねばなりません。
わたくしども鯰は夜の方が、安心して動けるのでございます。暗さがわたくしどもの色に近いからでありましょうか。
じりじりと、わたくしは夜を待ちます。
濁る増える泥水の底、混乱する虫や小魚や散乱する景色やらがじりじりと、薄暗く染まってゆきます。
やがて、周囲がわたくしかわたくしでないか区別がつかぬほどどす黒くなったその時。わたくしはゆるゆると泳ぎ始めたのでございます。
わたくしは髭で探ります。探り探り進みます。
わたくしの髭は優れもので、目よりもよく見えるのでございます。見える以上にわかるのでございます。四本の揺らめく繊細な髭です。以前は六本あったように思いましたが、気付けば二本消えておりました。もう記憶も朧ではございますが、しかし確かに消えてしまった二本の髭で、埃のような透明な粉々をしみじみ味わった思い出がございます。
髭はよくわかりますので、このような時でも美味しいものに吸い寄せられそうになりますが、このような時ですからね、わたくしもそれはぐっと堪えました。
泥水が増え、その上皮のあたりに、微かな流れができております。その微かな流れに沿って、わたくしは進みます。
昔、そう、少しばかりの昔、わたくしはこの世の広さに感動したことがございましたが、この頃にはわたくしは世の中がその時感じた広さより、もっともっともっと広いことを知っておりました。その広さに向けて、わたくしはぐいぐいと進んでゆきます。
堰き止めの境をぬるんと超えて、わたくしはぞくぞくするほどの興奮を覚えます。わたくしの行先が、決まっているようで決まっていない、この先の広さが、恐ろしくもあり堪らなくもあり。
このような時こそ、油断を生み命を落とすこともあるやもしれません、と、わたくしの中の慎重さが警笛を鳴らします。
しかし、ただただ広さを求める一念が溢れかえったわたくしには、その音はさほど届かないようでありました。いつものわたくしでは考えられない程の大胆さで、わたくしはうねうねうねうね進んでゆくのです。
わたくしは海へ行くつもりでした。鮭のように。
海も鮭も、鯰たるわたくしは知らない筈なのですが、あいも変わらずわたくしは鮭のことも海のことも、よくよく知っているのでありました。
わたくしは初めてわたくしの優しい丘の周り、わたくしの身には少しばかり浅くなってきた場所から離れ、堰を越えたのですが、いずれ戻ってきたくなることは、なんとなくわかっておりました。海や鮭のことを知っているのとは少し違い、なんと言いますか、そういうものだと骨のあたりまで染みておると言いましょうか。
どうせ戻ってくるのならばとわたくしは思っておりました。どうせ戻るのならば、鮭のように戻りたい。鮭のように、海から川を遡るあの激しさで戻りたいと思ったのですけれど。わたくしはやはり鯰なのでごさいます。大きな深い流れに辿り着いたらもう、それ以上は進みたくないのでありました。
わたくしは鯰なのでございました。
素敵な岩陰をみつけ、わたくしはここで、しばらく穏やかに暮らすことを決めました。この淡水の、淡白な味をわたくしは大変好ましく思ったのです。
季節を何度か繰り返し、大きくなったと思っていたわたくしは更に更に大きくなり、大変大きな鯰となりました。
向かうところ敵なし、その川の深瀬がわたくしの天下です。
水は清らでありながらも、端の草下底のあたりはそこそこ濁っており、家のような構えの岩陰は隠れやすく過ごしやすく、餌となる魚やエビや蛙や虫のようなものも近くの草下や枯れ草丘から流れに沿ってちょくちょく飛び出してきます。
敵となる鳥もわたくしには届かず、時折現れ一帯を荒らしてゆく人の足はわたくしの脇をただ通り過ぎてゆくだけです。
わたくしは一生ここで満たされます。身下の柔らかな泥のように思考を緩ませ、わたくしはおそらく何かを忘れてしまいましたが、わたくしは一生ここでぬるんと生きてゆくつもり。
でしたのに。
ごとり。わたくしの中で何かが音をたてました。
やはり雨の日でごさいます。わたくしは雨にあれやこれやを呼び覚まされがちな鯰なのかもしれません。否、鯰は皆そんなものかもしれませぬ。
戻らねば。唐突にわたくしは、忘れていた優しい丘を思い出します。
腹の下に重たい熱い塊がございました。わたくしはそれを放ちに、この幸福な場所を打ち捨ててでも、優しいけれど今となっては酷く狭い、浅い、あの泥水の場所に再び帰りたい。
思い返しますのに、あそこは、あのわたくしの懐かしい枯れ植物の丘は、田圃の中にあったのではあるまいか。大きく育ち尽くしたわたくしにはどう考えてもあの田圃は浅すぎるのでございますが、あの浅すぎる秘境の泥水に、わたくしはただただ、まみれのたうちまわりたいのでごさいました。
ごとり。もう一度鳴りました。わたくしはゆらりゆらりと泳ぎ始めます。
雨が川上皮の透明な水を少し濁らせております。もっともっと濁ったあの泥をわたくしは求めて、ゆらりゆらりと進みます。
雨の夜です。雨の音はじゃらじゃらと響きますが、生き物の気配は大変静かな夜でございました。暗闇で時折蠢くものどもは、この辺りの強者ばかりではございますが、水中の頂点に立ちましたわたくしからは逃げたいものばかり、美味しそうな匂いに気を散らしそうにもなりますが、いいや、それよりも強く激しくわたくしを誘う力があるのです。わたくしは彼方から手繰り寄せられ、あの田圃に有無を言わさず引き戻されるのです。
ふと隣に身を寄せるものがありました。ぬらり。常ならば噛みついて威嚇するばかりのところ、やつが側にいても構わぬかというわたくしのおおらかさ。わたくしにどんな変化があったというのでしょう。我が事ながら不思議でした。
そしてわたくし、わたくしが雌だということに気がつきました。そうして、私に寄り添う、わたくしよりも小柄なこの鯰は雄なのだとわかりました。わたくしに近づいては離れ離れては後を追いくるりと身を翻しわたくしに触れながらまた離れる。その阿るような動きが、わたくしには心地よいのでありました。
わたくしはおそらくこの雄と子を残すのだろう。
それはなんと素晴らしいことでしょう。その時、わたくしの目の前の波がふいに泡立ち薄く光り、もし水神というものが存在するならばこのように祝福をあらわすに違いない、と、わたくしは信じました。
わたくしたちの子がわたくしたちのように天下無双に育ちますように。わたくしたちの子がわたくしたちのようにまた子を産みにここへ戻ってまいりますように。
と、祈っていた頃がありました。
卵も何回か産むと少し慣れてくるようで、いや、子の行く末への気持ちは何度産んでも変わりはないのですが、多少雑になるのは仕方のないことでありましょう。
だってわたくし数えきれない程卵を産みますからね。一粒一粒まではわたくしも気持ちを配りきれないのでございます。
わたくしの同胞たちも、おそらく小さいうちから沢山沢山失われて参りました。鯰という存在、大きく育ったわたくし自身への信頼も随分薄くなりました。知識と経験が増えるのも良し悪しですね。天下無双などと思えていた頃が懐かしい。
わたくしたち鯰には、強敵はまだまだ溢れるほどおりました。わたくしも鳥や、罠や針、残忍な爪と牙をもつ動物どもに何度も命を狙われました。そして天候。天候こそがわたくしたち鯰の日常をあっという間に変えてしまう恐ろしいものでございました。嵐もさることながら、日照りや長雨も続けば、どんな環境へ連れていかれるかわかりませんからね。
この世はなかなか広く、どこにでも命の終わりが転がっているのでございます。
わたくしはそうした危機をなんとかぬるりと潜り抜けてまいりました。
その奇跡を思うと、ついつい、わたくしは願ってしまうのでございます。わたくしの子たち、一粒一粒全ての行く末に奇跡を願うことはおこがましいけれども、しかしわたくしは願いたい。全体的に、全体的でよいのである程度はぬるりぬるりと生き残り、細くとも長く長く長く、先へと繋がり続けていて欲しい。
そう考えますに、わたくしという鯰にもおそらくわたくしという鯰一粒を生み出した父母というのでしょうか、雌雄がいたのでありましょう。ありがたいことでございます。
その雌雄の一粒を生み出した雌雄が更におり、また更に……と、そう考えてゆきますと、わたくしという鯰もわたくしという鯰に連なる粒々たちも、天文学的な確率の末にある命なのでございました。合掌。
三、果の一
そしてわたくしは沼地のはずれに暮らしているのでございます。ここがわたくしの縄張り。そうなのです、産卵後、いつものように澄んだ美しいあの小川に戻ろうとしたところ、わたくしはついに戻れませんでした。その年は長雨がひどく、水嵩が増しすぎて、田圃の中の出産も出来たのか出来なかったのか定かでないありさま。底に潜んでやり過ごすつもりが大きな流れに巻き込まれて、半分気を失ったように連れて来られたのがこのあたり。わたくしもうここが何処やらわからなくなっております。田圃にも小川にも二度とわたくしは帰れないことでしょう。しかし、意外にもここは豊かな沼地なのでありました。カエルが唄い、小魚が揺れ、タニシや水生昆虫があちこちに埋もれている。もちろん小さい獲物が多いのですが、もうあまり動かないわたくしには十二分なのでございます。そう、もうわたくしはあまり動けない。
そうなのです。ここは楽園なのでございますが、期間は限られているのでございます。ここは飛び池というのでしょうか、川からも水路からも地下の水源からも離れた、寂しい哀しい小さなお池です。次第に次第にゆるりゆるりと、少しずつ少しずつ水が減っておる。もうお池とも呼べぬ程小さくなりはじめたこの地はもうすぐ枯れまする。全ての命はやがて絶え、泥土ばかりが残るでしょう。
泥に塗れているうちに、わたくしの皮膚はもうわたくしなのか泥なのかわからぬ色となり、わたくしはわたくしなのか泥なのかわからぬ形となり。わたくしは、ぼんやりと蕩けて、ゆきました。
わたくしの命は絶えた。
絶えた、ものと思っておりましたが。
わたくしをわたくしと呼ぶわたくしの意識は健在で、ですのでこうしてあなたさまにお話が、できているのでございます。
ある朝のことでした。
ぽとり。
と。わたくしの泥土に何かが飛び込んでまいりました。
それは小さな粒、つやつやした茶色い堅い粒。軽いけれども、微かに確かな重さがありました。
暖かな日差し。さわさわの風。
その粒はわたくしの湿気をそっと吸い込みながら、しばらくしばらくしばらく、ずいぶんと長い間を、揺れておりましたが。
ぱきん。
いつか音をたて、わたくしの中で弾け、細く鋭く伸びる何かを、わたくしに食い込ませてきたのでございます。
それは、白く小さく美しい、根でした。
その根はわたくしにしっかりと根差しました。
その根は、わたくしの意識を記憶をわたくしをゆっくりと吸い上げ、すくすくと伸びてゆく柔らかな緑の芽の先へと運んでゆきます。
わたくしは小木になりました。
灰茶色の幹に、すっきりとした枝ぶり。明るい黄緑の若芽は、やがてしっかりとした深緑の葉になります。そして、いずれはその内に、わたくしに飛び込んできた粒種と同じ実をたわわにならせることでしょう。
わたくしは、どんぐりの木、の、ようでございます。
どんぐりの木にも、楢や櫟やさまざまにあることはわかっておるのでございますが、詳しい区別は知りませぬ。
どんぐりの区別を知らぬわたくしであったことは今となってもわかりますが、あら、笑わないでくださいませね。今となっては大分忘れて参りました。
色々ごさいました。色々とごさいましたが、今となっては、大分掠れて参りました。思い出し得る限りのお話をあなたさまにいたしました。あの頃のこと、順に思い出しながらこうして語っております内に、わたくしというものが、更に、益々、どんどん、掠れていっているような、気がいたします。
前世、そのまた前世までの記憶はどれもたった今のわたくしと並列しておるのですが、それ以前は全く思い出せぬのも不思議です。思うに、わたくしの生はそのまた前世からしかなく、その前はわたくしはわたくしではなかったのではないでしょうか。と、なれば、徳というものを、たいして積む間はなかったに違いない。
けれども結果このどんぐりの木の身に辿り着いたならば、呪ったり穴に落ちたりしたこともさほど後世に響かぬようで、ありがたい限りでございます。
わたくしはだんだんぼんやりとして参りました。わたくしは再び、だんだんと、わたくしではなくなってゆくのかもしれません。
未だ細い幹ではございますが、細いながらも数多の枝を伸ばし濃い緑の葉を広げ風に揺れるのが、なにより楽しいのです。まあなんと気持ちの良いことでしょう。
時折、小鳥や蝶、あなたさまのような得体の知れない虫や生物が、私の枝や幹や葉や根に現れ、消え、繁殖し、消滅し、また現れ、わたくしは、わたくしより大きな存在に、なってきているのではないかしら。
そのときです。わたくしはそれに気がついた。
ああわたくし、ぼんやりの中に沈みはじめたと申しましたのに、それのことを、その瞬間。くっきりと、鮮明に、思い出しました。
大体何でも後から気づくのです、わたくしというものは。
わたくしは、それを、みつけました。
それは、わたくしの葉の上にそっととまって、ふるふると揺れていました。
ぷつんと小さな、黒子のような、けれども橙の二つの模様があるために、何らかの芸術を現しているような。そろりと触りたくなるような、つるんと逃してしまうような。球体を半分にした玩具のような形の下には細かな脚爪がいくつか隠れております。
あなたはさもわたくしの話を聴くかのように、葉の上でゆらゆらと揺れておりましたね。
そしてあなたは、細かな脚爪でわたくしの葉の上をゆっくりと這い始めたのです。
そのときです。わたくしの芯に、何かがぞわりと響きました。
ああ、その感覚には憶えがございました。
蟻です。わたくしの憎き憎き蟻が這い回る時の厭らしさです。蟻の厭らしさです。それと、全く同じ感覚でございました。
あなたは。
わたくしが憎んだ果ての蟻。と、今は姿が違いますけれども同じ塊。なのですね。
ええ、説明はつきませぬ。けれどわたくしにはわかりました。姿形は違えども、わたくしがあなたを間違う訳がございません。あれ程までに意識したあなたという呪い先を、わたくしが間違う訳がないではありませんか。
わたくしが憎み呪い、共に隣の穴へ落としたものが。巡り巡って、こうして私の元へと再びやってきたのです。因縁というものは、大変しつこく、剥がし難いものだとわたくしは思いました。
否、やってきたのではないのかもしれません。
ただこうしてまた、すれ違っただけのことなのかもしれませぬ。すれ違うだけのことながら、あああなたがこの身を這う時の不快さは、こんなに可愛らしいフォルムとなった今も相変わらずで不思議です。
ああ、でもどうせ巡り巡ってすれ違うならば、あの頃大事に思っていた人やものたちであってもよかろうものを。呪った相手を、相手しか、気づかぬ業の果てなき深さよ。呪った相手こそに、語りかける哀れな道化の可笑しさよ。それがわたくしの器なのでございましょう。負の思いに満ち満ちて道を誤り、落ちてきたわたくしなのですものね。
あなたは、私の語りを聞いたとは思えぬほどの虫らしさで(その実、全く聞いていなかったのでしょう)、しばらくわたくしを這い、立ち止まり、這い、しばらく表し難いほどの不快さをふりまいておりましたが。
やがて、葉の先端へと辿り着き、ぴたり。と、止まりました。
そして。
ふるっとその身を震わせ、ぱかんと堅翅と柔翅を広げ。
びっ。
音をたてて、空へ、飛んでゆきました。
空を、飛んでゆきました。
果の二(天道虫)
わたしこんなに幸せでいいのかしら!
なんといってもわたしは翔べる。翔べるのだ!
ぱかんと開ける、堅いのと柔らかいの、両方の翅。じわりと広げて、ぶるぶるぶるん、素晴らしい振動。ふわりと浮かび上がって、真っ直ぐ高く。
わたし空を翔べるのよ。翔べるの!
空から見下ろすは、黄緑緑深緑の草はら。夏の濃い色。風にさわさわさわさわ揺れている。
おお世界は美しい。
風が強すぎて、わたしは随分ふらついてるけどね。若干斜めに風に流されながらわたしは少しずつ落ちてゆく。
落ちてゆくと、目の前を木の葉が塞ぎあっという間に暗くなって。
ギラギラの光が遮られるとものがなしくなる。だって、ついこの間ぐずぐずした暗いとこからやっと飛び出したんだもの。やっとやっと飛び出したのに。
でも、わたし、熱すぎるのは得意じゃないのよね。それもわかってる。ギラギラの光に熱されすぎたら多分、わたしコロリと死んじゃうと思う。だから多少ものがなしくったって何だって。日陰のほうが、わたしには生きやすいでしょうよ、どうしたって。
ものがなしさを笑い飛ばしながら落ちてゆくと、流れるような景色の中から、二本のまっすぐな木の幹が目の前に現れる。
ああわたし、この木大好きなの。ああわたし、この木にとまりたい。
わたしにとっては、どっちも馴染みのある、どっちも生活圏内の木なんだけど、お気に入りの木はあって。二本並んだ木のうちの、こっち。こっちの木が本当に大好きなんだけど。こっちって、どっちの木のことかって、言うとね。
一本は年季の入った大きな大きな木よ。鋭い深緑と茶色の針葉が覆いかぶさって、枝が棘だけでできてるみたいにささくれ立ってて、幹は赤黒くて、堅くて、バリバリとした粗い木肌。どーんと聳え立っている。
もう一本はまだ若く細く、大きな木の半分にも届かない丈。つるんとした灰白色のひょろりとした幹に、一丁前にもう葉をわさわさ黒々と伸ばしている。葉っぱは、飛び乗りやすそうな緩やかなカーブ。トランポリンみたいに跳ねそうなカーブなの。
どういう訳で、向こうの密集の林とはいくぶん離れたこの場所に、種類の違う二本の木が、並んで生えているのかはわからない。
けれどこの二本のうちの一本の木を、わたしはよくよく知っている。たくさん這い回ったし、飛び込んだし、実のところ、思い入れがあるのよね。
さてここで問題です。この二本の木のうち、わたしの大好きな木はどっちでしょう?
わたしは若木から伸びるわさわさ葉の一枚にポタリと落ちる。ゆるんゆるんゆるんゆるん揺れる葉にわたしはぐっとしがみつく。この揺れ方はトランポリンね、やっぱり!
ゆるんゆるんゆるんゆるん葉を斜めから揺らす風があるわ。語りかけてくるように、葉と葉を鳴らす音がする。これだから、トランポリンに乗るのはすてき。
ほら下をみて。二本の木は足元も少し違って、巨木は草はらに広く長く根を張って、若木は半分泥濘んだ土地に片足を突っ込んでる。この向こうは昔、池があったんだと誰かが教えてくれたわ。誰かって、誰かよ。いつ聞いたかなんてそれ重要なこと? そんなの覚えてられないわ。
それよりほら、上をみて。ここからみると、どちらの木も暗がりの薄明るい果てにすうっと先が細って、どこまでもどこまでも続いてゆきそうな気がするわ。どこまでもどこまでもどこまでもよ。
あら違うわよ、さっきの答えはね。若木の葉にはとまったけれど、トランポリンはすてきだけれど。
だからってお好みは若木でしょう?、なんて。捻りがないし、浅はかと言えば浅はかよね、あなたって。
わたしの後ろ脚の苦い液でもおみまいするか。綺麗な、何かを煮詰めたような、どろっとした黄土色の液体よ。そしておそろしく苦い。
そうなの、おそろしく苦いの。わたしの後ろ脚のあたりにたっぷりと、溜め込んでいるのよ。気がついたらわたし、溜め込んじゃってるのよねえ、昔っから苦いものを。だから誰もわたしを食べられない。昔からって、昔からって、どうしてそう思ったのか不思議だわ。でもそう思ったんだから仕方ない。そう思ったんだからきっとそれはほんとうのこと。
そう。だから正解は巨木です。わたしの大好きな木は、わたしが今とまってるトランポリンの若木ではなくて、そのお隣のツンツン葉のバリバリ木肌の君よ。
実はわたし、この巨木の木肌の陰で産まれたの。翔べない時から、温さも湿気も最高だった。少し大きくなったら、幹をただただ歩くだけでバリバリの丘や大地の裂け目を渡る冒険者にもなれたしね。翔べるようになったら、ここが暗かったことにも、冒険が陳腐だったことにも、気づいちゃったけど。まあでも、それはそれ、これはこれ。
なにより、ツンツンバリバリの君にはね、とっても美味しいわたしの大好物が沢山くっついているの。群れて沢山いるから、食べたい放題よ。ジューシーだし、細い脚のところは適度な硬さもあって、わたし、翔べるようになる前から、沢山沢山食べて、大きくなったの。私の中の苦い液体は、もしかしたら、この大好物からできているのかもしれないわ。食べてる時は、ほんのり甘いのだけどね。
そうね、だからわたしはツンツンバリバリの君のほうへ、本当は、行きたいの。トランポリンも楽しいけど、そろそろお腹も空いたしね。
だから、わたし、今から翔んでゆくわ!
だってわたし、翔べるのだもの!
わたしは、トランポリンの葉をゆるんゆるんと揺らしながらゆっくりと葉先へとのぼる。
この時間がわたしには最高なの。翔ぶ前のカウントダウン。もうすぐ翔ぶんだって、さきっぽに辿り着いたらすぐ翔べるんだって、そのわくわく感が堪らないでしょ。のぼっていたら急に脚元がなくなって、あらもうのぼれない、翔ぶしかないって。追い詰められたその先にある、空中の果てしなさが、あなたにわかる? わたしにはわかるわ! 考えただけで、ぞくぞくするの!
そう、翔ぶのには、できるだけ上から、さきっぽからがいいの。あら、でも、この弓形の葉だと上にのぼったようで途中から下向きになっちゃうわね。ちょっと残念。でもまあいいわ、さきっぽはさきっぽだもの。
上りつめて、辿り着いた葉先、葉のさきっぽ。ぴたり、とわたしは止まる。ああ武者震いするわ。だって、ねえ。もうこれ以上は、脚ではすすむところがないのだもの。ふるふるっと身体を震わせて。ぱかんと堅翅と柔翅を広げて。
びっ。音をたてて、空へ。
ほらみて。わたし、空を翔べるのよ。
空を、翔べるの!
完
参考文献
田んぼの生きものたち ナマズ
文・写真 前畑政善
発行所 一般社団法人 農山漁村文化協会
発行 2014.4.30 第1刷発行
印刷・製本 (株)東京印書館
制作 岡崎さゆり