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いつも通りの朝が、いつも通りじゃなくなった。

    凪

    ※この記事は「何故私は別居を選んだのか」で書いた内容を、あの朝の出来事に焦点を当てて書いたものです。


    「実家に帰っていいよ」
    夫がそう口にしたのは、私が「帰りたい」と絞り出すように伝えてから数日後のことだった。

    その朝、私はもう“いつも通り”ではいられなかった。

    まだ外が暗い早朝。
    私の心と体は、限界という名の悲鳴を上げていた。

    前の夜、娘をお風呂に入れたあとも、少し眩暈がした。
    その時は、のぼせたかな?大丈夫だろう、と思っていた。
    そしていつも通り、入浴後のお風呂掃除をした。

    毎朝、夫の弁当を作るために5時には起きる。
    夫は2階、私は1階で娘と寝ていた。
    夫は毎朝6時過ぎに起きて来る。

    その日は、娘の寝つきが悪く、眠りについたのも遅かった。
    それでも、娘は授乳で4時ごろに目を覚ました。

    暗闇の中で娘を抱き、授乳を終え、なんとか寝かしつけたあと、休む間もなく台所に立つ。

    エアコンのタイマーで温まっているはずの台所。
    それなのに、その日はいつもより寒く感じた。

    前日におかずを作り、お米もタイマーで炊けるようにセットしてある為、温めて詰めるだけ。

    台所は静かで、冷蔵庫の音だけがやけに大きく聞こえていた。

    いつも通りお弁当を作り終え、
    いつも通りその日のゴミ出しの準備をし、
    いつも通り水をコップ一杯飲み干し、
    いつも通り娘が寝ている横の布団へ再度潜り込む。

    その時だった。

    横になったのに、目眩でふらつく感覚に襲われて、気持ち悪くなり、慌てて体を起こす。

    ……。

    ジトっと冷や汗をかいていた。

    視界が歪み、涙が溢れてきた。
    拭うこともできず、ただ空虚を見つめる。

    「あ、このままだと私、倒れる」

    そう思った瞬間、怖くなった。

    私が倒れたら、この子はどうなるんだろう。

    まだ小さなこの子を、
    あの空気の中に一人で残すのかもしれない。

    私はこの子を母乳で育てている。
    哺乳瓶も、粉ミルクも受け付けてくれない。

    私がいなければ、この子はどうやって生きていくのだろう。


    そう考えた瞬間、
    喉から胸の奥が、ぎゅっと冷たくなった。

    想像するだけで、怖かった。

    その怖さから、目を逸らせなかった。

    そう考えた時、初めて思った。

    ここに居続けることの方が、怖い。

    ピリついた空気の中で、
    ビクビクしながら、心身を削ってまでここで踏ん張る意味は、もうどこにもなかった。

    この「ふらつき」は、
    私の体が教えてくれた、最後の警告だったのだと思う。

    あの朝、私は家を出た。

    正しかったのかは、今でも分からない。

    それでも、あのままでは
    この子を守れなかったと思う。



    ※あの時のことを、もう少しちゃんと書いてみました。

    「何故私は別居を選んだのか」で書いた話の、あの朝のことです。

    同じように、限界の中で踏ん張っている人に届けばいいなと思っています。

     
     
     

    凪

     
     
    乳幼児の娘を育てながら、夫と別居中。 離婚に向けて現在調停中です。 何故別居に至ったのか。 そこから更に、離婚に至った経緯や調停の準備、 合間の育児日記など。 乳幼児の娘とただただ穏やかに過ごしたい!と願いながら、 日々のことや、これまでのことを、少しずつ書いています。

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