
♯40 本当に育てていたものは何か? 〜がんばらない農場経営⑤〜
前回は、作業を仕組み化することで生まれた時間で、もっと自分の「こだわり」を追求してみては?という提案をしました。
そもそも、畜産における経営改善のゴールはどこにあるのでしょうか?
利益を増やすため、規模拡大のため、それとも別の理由があるのか。今回は、この問いへの答えを探してみようと思います。
🟡小さな改善は牛を健康にする
このがんばらない農場経営シリーズでは、これまで子牛の下痢、繁殖管理、初乳管理、エサやりなどの例をあげて、小さな工夫を意識することで、見えないロスを防げるという話をお伝えしました。
これらの小さな改善策は、お金の手残りを増やすという効果だけにはとどまりません。
自身の農場の良かったポイントや、工夫できそうなポイントを意識することで、自然と牛を観察する時間が増えます。
それによって、ちょっとした変化に気づき、体調が悪化する前に対応することができることもあるでしょう。
もともと繁殖農家のみなさんは、日々ご自身の感覚を使って牛飼いをするのが得意なんじゃないでしょうか?
「牛の顔つき」や、「今日はいつもと行動が違う」、「牛舎の匂いが違う」など、感覚を研ぎ澄ませて「この牛、今日は具合悪いかも」という気づきに繋げる“技”は、小さな子供を育てる親に近い気もします。
それだけでなく、牛それぞれの性格や特徴まで把握していますよね。
その得意の感覚技を発揮して、小さな改善をしていくことはそのまま牛たちの健康にも繋がります。
🟡牛の健康は農場を強くする
牛が健康になると、病気や事故が減り、繁殖成績が安定することでロスが減ります。そして利益が残るという形で、農場という“資産の質”が高まっていきます。
がんばらない程度の小さな工夫の積み重ねが、「牛の健康」を中心に、農場経営の循環をより良く、大きく変えていくのです。
でも、本当に豊かになるのは農場だけではありません。
農場の経営がうまく回るようになることで利益が増えます。そして利益が増えることの価値は、お金が増えることそのものではありません。
利益が増えれば、
・心に余裕が生まれる
・家族との時間が増える
・健康を大切にできる
・趣味や楽しみの時間が持てる
ようになります。
つまり、改善によって豊かになるのは農場だけではなく、自分自身の暮らしでもあるのです。
🟡畜産農家は、一つの会社であり、一つの家庭でもある
和牛繁殖農家さんは、一つの会社であり、同時に一つの家庭です。
一般的なビジネスであれば、オフィスを出れば「仕事」は終わり、家に帰れば「プライベート」が始まります。しかし、繁殖農家さんのほとんどは牛舎と自宅は地続きで、仕事と暮らしの境界線がありません。
会社と家庭が紙一重だからこそ、「もっともっとがんばらなきゃ」と自分自身を犠牲にする経営を続けてしまうと、大切な家庭のゆとりや、自分自身の心の健康までが削られてしまいます。それはあまりにもったいないです。
私が目指して欲しいのは、心にもお金にもゆとりがある、「長く続けられる経営」です。
小さな引き算や仕組み化で、農場に「安心(お金と時間のゆとり)」を作る。
だからこそ、外からのプレッシャーに振り回されず、「がんばりすぎない経営」へとシフトしていく。それは、そのまま「温かい暮らし」を守り、人生を豊かにすることにダイレクトに繋がっているのです。
🟡牛はお金ではなく、パートナー
以前、獣医師である私が「牛=お金」だったことにやっと気づいたという話をしました。
このnote投稿を始めたきっかけもそこにあります。
牛は経営資源であり、資産でもあります。でもやっぱり、それだけではないはずです。
何年も農場を支えてくれる母牛や手をかけて育てた子牛たち。
繁殖農家さんにとって牛は、お金を生む道具というよりも、一緒に農場を支えてくれるパートナーのような存在です。
会社でいえば、大切な従業員と言ってもいいかもしれません。
どこの企業でも、会社と従業員の関係が良好である方が風通しがよく、ストレスフリーな働き方ができるであろうことは想像できますよね。
「がんばらない仕組み」を作って牛舎の環境を整え、彼らのストレスを減らしてあげれば、パートナーである牛たちは「健康に育つ」「元気に子牛を産む」という最高の姿で応えてくれます。
言葉は交わせなくても、人間が環境を良くすれば、牛がそれに応えて、農場全体がうまく回り出す。そんな優しい循環が、農場には確かに存在します。これこそが、畜産という仕事の何よりの魅力だと思うのです。
🟡私たちが本当に育てているもの
日々の「小さな改善」は、パートナーである目の前の牛を健康にします。
牛が健康になれば、農場という「資産の質」が上がり、利益が増えます。
利益が増えれば、心にゆとりが生まれ、あなたの暮らしの質が上がり、人生が豊かになります。
経済的なゆとりと、家族の幸福は、バラバラのものではなく一本の線で繋がっているのです。
結局のところ、毎日牛舎で汗を流し、牛たちと向き合う中で本当に育てていたものは、何だったのでしょうか。
目の前の牛でしょうか。それとも、農場という会社でしょうか。
一番の答えは、「自分たちの手でつくる、大切な未来そのもの」だったのではないでしょうか。
追伸:
繁殖農家さんの仕事は、日々のコツコツとしたがんばりや、牛たちへの細やかな気配りが、すぐには数字(成果)として見えにくいという難しさがあります。
「本当にこのやり方で合っているのかな」と、時には不安になることもあるのではないでしょうか。
だからこそ、これまでお伝えしてきたファイナンスの視点は、農場を豊かにするためだけでなく、自分自身の選択に自信を持つための道具として使っていただけたら嬉しいです。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
また次のシリーズでお会いできるのを楽しみにしています。