玉のないハンドベル
幼稚園に通っていたころ、ハンドベルを演奏したことがある。
1音を2人が担当する方式で、エミちゃん(仮名)とペアになって1音を担当することになった。
曲のパートでふたり息を合わせてハンドベルを振るという演奏だが、園児にとっては1音でも記憶力を要する大変な役目だったと思う。
演奏会は何回かあって、わりと観客のいる演奏会で事件は起こった。
序盤は自分のパートを着実にこなし、何回目かのパートでハンドベルを振ったそのときだ。
玉が勢いよく飛んでいった。
「まずい!!」
わたしは条件反射的に玉を追って、舞台端まで駆けていった。
衝撃的すぎてその後の演奏会の記憶はない。
責任感のあるわたしだから、おそらく自分の位置に戻って演奏を続けたと思う。いや、玉がないのにどうやって演奏したのか。
そのときの自分を思うとかわいそうでならない。
結局、ハンドベルを修理できず、その後の演奏会では玉のないハンドベルで演奏しているフリをした。
幼いながらに虚しさを感じた記憶がうっすらある。
その経験から教訓を挙げるとしたら、
・そのときどきの環境でやれることをやる(音がなくても演じ切る)
・できないときは人を頼る(エミちゃんにがんばってもらう)
だろうか。無理やりな気もするが。
当時わたしはわたしで大変だったが、エミちゃんも大変だったと思う。
遅くなったけど、あのときはひとりで演奏してくれてありがとう。
