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辻井伸行「音楽と絵画コンサート《印象派》」 “まんまるの…美しい形の音の星(つぶ)”


先日、辻井伸行さんの「音楽と絵画コンサート《印象派》」を鑑賞した。

音楽に合わせて、スクリーンに絵画が投影される、音楽と絵画を同時に味わうという贅沢な時間。

音楽は、ドビュッシー、サティ、ラヴェル。
絵画は、ルノワール、モネ、葛飾北斎‥など、
アンコールも含め、20曲ほど。

その中で、私が最も心を奪われたのは、
ドビュッシーの「月の光」だった。

ホールに最初の一音が響いた瞬間、
私は一瞬で、静かな美しい世界へ引き込まれてしまった。

全身に鳥肌が立ち、
気づけば涙腺が緩んでいる。

それは、普段私が知っている「ピアノの音」ではなかった。

鍵盤を叩いて鳴る音ではなく、
もっと別のもの。

辻井さんの指先から紡がれる音は、
楽器という境界線を超えて、

まるで光や空気そのものが
優しく震えているかのように、
静かに心へ届いてきた。

繊細で温かみのある音色。
けれど弱いわけではなく、
胸の奥へ真っ直ぐ迫ってくるような力がある。

幻想的な自然の美しさへ誘われるような感覚。

あまりにも神がかっていて、
「こんな音が存在するんだ」と呆然としてしまった。

その時、ふと思い出したのが、
『のだめカンタービレ』の中の言葉だった。

“まんまるの……美しい形の音の星(つぶ)”

ああ、きっとこういうことなんだ、と思った。

辻井さんの音は、
一粒一粒が丸く、美しく、
きらめきながら空間に放たれていた。

そして「月の光」で映し出された絵画は、
パウル・クレーの《キリスト教的墓標》

格子状に分割されたキャンバス。
その色彩と線の配置によって、
中央に静かに浮かび上がる十字架。

多くを語りすぎない抽象画だからこそ、
鑑賞者は自分自身の感覚を使って、
その奥にある静けさや祈りを見つけていく。

その絵が、辻井さんの「月の光」とよく調和していた。

視覚的に説明しすぎない絵画と、
余白を抱きしめるようなピアノの音。

その組み合わせが、
鑑賞者一人ひとりの感覚の範囲を静かに広げ、
自分自身の内面へ、深く深く入り込ませていく。

私はあの日、
特別な没入感を味わっていた。

極上の癒しのひとときだったと思う。

そして何より、
辻井さんのピアノと、自分自身が
深く共鳴できたことが嬉しかった。

感動するって、本当に幸せなんだ。

人はきっと、
こういう瞬間を味わいたくて
生きているのかもしれない。

そう思える夜だった。



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