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ラーメンを食べる理由。

    「ラーメンは身体に悪い。」
    そんな言葉を、何度聞いてきただろう。

    塩分は多い。
    脂も多い。

    健康だけを考えるなら、
    もっと正しい食事はいくらでもある。

    それでも、人はラーメンを食べる。
    お腹が空いたから。
    もちろん、それも理由の一つだ。

    でも、それだけじゃない。
    僕は、その理由を考えるようになった。

    ラーメンを好きになったきっかけは何ですか。
    そう聞かれるたびに、少し困る。

    人生が変わるほど衝撃を受けた一杯があったわけじゃない。
    誰かとの思い出が始まりだったわけでもない。

    気づけば、ラーメンはいつも人生のすぐそばにあった。
    だから「好きになった日」は思い出せない。

    学生時代、僕は剣道をしていた。

    夏は防具の中が蒸し風呂になり、
    冬でも稽古が終われば道着は汗を吸って重くなる。

    ポカリスエットを一本飲んでも足りない。
    アクエリアスを飲んでも足りない。
    身体は、もっと塩を欲しがっていた。

    帰り道に寄る家系ラーメン。
    「味濃いめ、油多めで。」

    今なら少し躊躇する注文を、あの頃は迷いなく口にしていた。

    スープを吸った海苔をご飯に巻く。
    身体中に塩分が染み渡る。

    ラーメンが頑張った一日を終えるために、
    必要なご褒美だった。

    社会人になると、汗の種類が変わった。

    新人だった頃は先輩や上司は仕事を教えてくれた。

    「前と同じだから。」
    「普通そうやるよ。」

    でも、その”普通”がわからない。
    その言葉も知らない。
    ルールも知らない。
    何がわからないのかさえ、わからなかった。

    質問をするのが怖くて、理解したふりだけが上手くなった。
    仕事帰りには、自分を責める言葉ばかりが頭に浮かんでいた。

    そんな日は決まってラーメン屋へ向かった。
    ライスを頼む。
    スープに浸した海苔で包む。
    一口。
    また一口。
    「くぅ……。」

    問題は何一つ解決していない。

    でも、ラーメンを食べている間だけは、
    自分を責める声が少し静かになった。

    僕は何度か転職を繰り返し、
    辞めるたびに履歴書の内容は少し厚くなった。
    その代わり、自信は少しずつ薄くなっていった。

    新しい職場へ向かう朝は、何度経験しても慣れない。
    またゼロから始まる。
    また「普通」がわからない自分に戻る。

    そんな帰り道にも、ラーメン屋だけは変わらずそこにあった。

    店員は、僕が転職したことなんて知らない。
    隣で麺をすすっている人も知らない。
    それがよかった。

    何者でもない一人の客として迎えてくれる場所があるだけで、人は少し救われる。

    ラーメンは現実を変えてくれないし、
    嫌な出来事を消してくれるわけでもない。
    でも、ほんの少しだけ頭の中の主役を入れ替えてくれる。

    もちろん、この先も疲れる日はある。
    うまくいかない日もある。
    理不尽だと思う日もある。

    そんな日は、またラーメンを食べに行く。

    逃げるためじゃない。
    明日を迎えるために。

    学生だった日も。
    仕事で怒られた日も。
    転職を決めた日も。

    気づけば、人生の節目にはこの店があった。
    思い出に残る一杯は、
    必ずしも一番おいしかった一杯じゃない。

    どんな日に食べたのか。
    どんな気持ちで暖簾をくぐったのか。

    その記憶が、味を特別なものにしてくれる。

    だから僕は、ラーメンの写真を撮る。
    味を記録したいからじゃない。
    あの日の自分を忘れたくないからだ。

    このnoteではおすすめのお店だけを書くつもりはない。

    その一杯を食べた理由。
    食べ終わったあと、どんな気持ちで店を出たのか。

    その日に見た景色。
    その日に抱えていた悩み。

    ラーメンの向こう側にある物語を書いていきたい。
    ラーメンを食べる理由は、人それぞれだ。

    空腹を満たすため。
    ご褒美のため。
    誰かと笑うため。
    そのどれも、きっと正しい。

    そして僕にとっての理由は、一つだけだ。
    今日を受け入れ、明日へ進むため。

    悩みは消えない。
    現実も変わらない。

    それでも、一杯に夢中になれる時間があれば、
    人はもう少しだけ頑張れる。

    だから今日も、僕はラーメンを食べる。
    それが、僕のラーメンを食べる理由。

    #創作大賞2026
    #フード部門

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