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ただ動かない䞀手

    あらすじ

    電車の音がかすかに響く、線路沿いの静かなバヌ。
    カりンタヌの端には、誰かが途䞭で垭を立ったたたの将棋盀——「指し掛け」が残されおいる。
    そこぞ珟れたのは、くたびれたスヌツに、䞍自然なほど綺麗な靎を履いた男。
    行き堎を倱った圌は、止たった盀面にそっず向き合い、䞀手だけ指す。
    未完成のたた眮かれた駒ず、途䞭で立ち止たった䜕かが亀差する、䞀倜。

    ―



    グラスの底で、氷がわずかに鳎った。

    遅れお、倖を電車が通り過ぎる。䜎く、長い音が、店の奥たで流れ蟌んでくる。

    カりンタヌの䞊には、柔らかい灯りが萜ちおいる。

    棚には、ラベルの色だけで季節がわかるほどのボトルが䞊び、奥の小さなテヌブルには、将棋盀が眮かれたたただ。

    駒は途䞭で止たっおいる。

    誰かが考えたたた、垭を立ったように。

    マスタヌは䜕も蚀わず、グラスを磚いおいる。

    その手぀きは、い぀も同じ速床だった。

    扉が開く。

    颚が少しだけ入り、煙の局を揺らした。

    「  やっおる」

    男が䞀人、入っおくる。

    四十を過ぎたあたりか、スヌツはくたびれおいるが、靎だけが劙にきれいだった。

    マスタヌは軜く頷く。

    男はカりンタヌに座り、しばらく䜕も蚀わなかった。

    芖線だけが、店内をゆっくりず巡る。

    「  いい匂いやな」

    「葉巻です」

    短く、それだけ返る。

    男は小さく笑っお、ネクタむを少し緩めた。

    「匷すぎぞんや぀、ある」

    「ありたす」

    出おきたのは、琥珀色がやや薄い䞀杯だった。

    氷は入っおいない。

    男はそれを受け取り、銙りだけを少し確かめおから、口に含む。

    喉を通るたでに、時間をかけた。

    「  ああ、これええな」

    マスタヌは䜕も蚀わない。

    再び、電車の音がする。

    さっきよりも少し速い。

    男の芖線が、奥の将棋盀に止たった。

    「途䞭やん」

    「ええ」

    「誰か、戻っおくるん」

    「さあ」

    それきり、䌚話は途切れた。

    男はグラスを眮き、少しだけ考えるような顔をしたあず、立ち䞊がった。

    将棋盀の前に座る。

    駒に觊れようずしお、指が止たる。

    「觊っおええ」

    「どうぞ」

    蚱しを埗おからも、男はすぐには動かなかった。

    盀面をじっず芋おいる。

    「これ  詰んでる」

    「ただです」

    マスタヌの声は、䜎く、平らだった。

    男は、ひず぀息を吐く。

    「ほな、ただか」

    その蚀葉は、盀ではなく、どこか別のものに向けられおいるようだった。

    しばらくしお、男は䞀枚の駒を持ち䞊げる。

    軜く、指先で確かめるように。

    ——それでも、眮かない。

    「なあ」

    「はい」

    「途䞭でやめたや぀っおさ」

    男は盀から目を離さずに蚀う。

    「戻っおきたずき、前ず同じ手、指せるんかな」

    マスタヌは少しだけ間を眮いた。

    「同じ手は、もう指せたせん」

    男は、ふっず笑った。

    「やっぱりな」

    ようやく、駒が䞀぀、盀に眮かれる。

    小さく、也いた音がした。

    それだけで、盀面の空気が倉わる。

    男はそのたた、もう䞀床グラスを口に運んだ。

    さっきよりも、少しだけ早く飲む。

    「  気づいたら、堎所なくなっおたわ」

    ぜ぀りず、萜ちる。

    マスタヌは、手を止めない。

    短い沈黙。

    倖を、たた電車が通る。

    今床は、少し遠くに感じた。

    男は将棋盀に目を萜ずす。

    指したばかりの駒を、もう䞀床芋぀める。

    「これ、ええ手なん」

    「わかりたせん」

    「無責任やな」

    「将棋ですから」

    男は、ゆっくりず頷いた。

    「せやな」

    しばらくしお、男は垭に戻る。

    グラスはもう半分ほど枛っおいた。

    「ここ、よう来る人おるん」

    「たたに」

    「みんな、途䞭なんやろな」

    マスタヌは答えない。

    ただ、新しい氷を䞀぀、静かに萜ずした。

    男は最埌の䞀口を飲み干し、しばらくグラスを芋おいた。

    それから、䜕も蚀わずに立ち䞊がる。

    マスタヌが口を開く。

    「終わらせなければ、負けにはなりたせん」

    男は、少しだけ振り返る。

    「  ずるいな、それ」

    「将棋ですから」

    同じ蚀葉が、静かに眮かれる。

    男は小さく笑い、今床こそ扉に向かう。

    手をかけお、わずかに止たる。

    「たた、来おもええ」

    「ええ」

    それだけで、十分だった。

    扉が閉たる。

    倖の音が、䞀瞬だけ匷くなり、すぐに遠のく。

    店には、たた静けさが戻る。

    マスタヌは、奥の将棋盀に目をやる。

    䞀手だけ進んだ盀面。

    グラスを磚く音ず、遠くを走る電車の気配。


    #創䜜倧賞2026 #゚ンタメ原䜜郚門


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    WhiskyCat



     
     

    acinori

     
     
    倧阪のバヌ「WhiskyCat」のマスタヌ。 りむスキヌず バむクず、ずきどき将棋。 店のトむレに眮いた䞀枚の玙から、 この物語は始たりたした。 静かな倜の出来事を曞いおいたす。

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