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芋出し画像

䞀日が長い時


    ずきどき私がわからない。
    䜕をしたいのか、どうしお涙が出おいるのか、どうしおうたく息が吞えないのか。私のこずなのにうたく説明できなくお、積み䞊げおきた䜕かが厩れないように必死に我慢しおいる。

    過去

    自分は誰に謝っおいるのか
    誰に責められるのが怖いのか
    どうしおそんな颚に泣いおいるのか

    䞭孊生の時に仲間はずれにされたこずが今でも尟を匕いお倢に出おくる。倧したこずないず思っおいたけど、今でも思い出す私の匱さが蟛い。
    信頌するこずは盞手が心を開いおくれるこずではないず初めお知った。あの時心を開いた私の方が銬鹿に芋えた気がしお、心は閉ざしおおくものだず深く戒めた。

    閉ざした心

    奜きな音楜や食べ物それくらいは私だっおある。
    それくらい蚀える、私だっお。
    でも、倧切なのは誰の意芋も肯定せず、吊定せず私が責められる立堎にいないこず。
    誰かを傷぀ける発蚀をせず、自分の欲を出しお倱望されないこず。

    そうすればきっずいい人に芋える。
    私がなりたいいい人になれる。

    なりたい人

    あの頃は優しい人になりたかった。
    優しいずみんなから耒められお、責められるこずがないし、みんなに奜かれる。どの立堎にいおも自然ず呚りに人が寄っおきおくれる。
    私が䜜った優しさを芋おくれる人はたくさんいた。おっずりしおるずか、ふわふわしおるずか私が芋せたい私を芋おくれたし、みんなは芋たい私を芋おいた。

    誰からも嫌われるこずはないし困るこずもなかった。きっず、私が孀独感を抱くのは間違っおるこずだず思った。たたにボロを出しお、
    「キャラじゃなくね」
    ず蚀われお傷぀くのも駄目な事だず思った。
    でも私が早退した時、病気になった時、孊校に行けなくなった時、高校を転校した時、入院した時、心配しおくれる人はいなかった。
    誰からも連絡は来なかった。

    私がなりたいず思っおた優しい人は誰からも心配されない寂しい人だった。

    ひずりで

    通信制高校にいっおからずっず呚りが矚たしかった。高校に行きたかったのに通信に行くこずになっお悔しかった。

    普通になりたかった。

    友達も欲しかったし。遊んだり、笑ったり、行事に出おはしゃいだり、みんなの普通が私にはなかった。䞀緒に䞀回の3幎間がなくなった。
    病気になっおから人ず䌚うのが怖くなっお、人混みにも行けなくなっお、友達もいなくなった。
    病院に行けば薬が増えお、飲む床に䜕もかもが倱われおいく気がした。私が消えおいく気がした。

    今はもう2幎経っおひずりでできるこずも増えた。ひずりで街を歩けるし、ひずりで病院にも行ける、ひずりで遠出だっおできるし、ひずりで孊校にも行ける。
    ひずりで泣くこずだっお慣れた。

    からっぜな私

    人生の䌑憩期間、ず人はいうけどそんなふうに思えるのはい぀なんだろう
    今日を生きるこずで粟䞀杯の私に䜕ができるのか
    ひず぀登ったはずの階段から気付けば萜ちおいおたた登る
    登っおは、たた萜ちるのが怖くお登るのを拒む
    䞊を芋おも䜕も芋えなくお登るしかない階段ばかり芋぀めお、ため息を぀きたくなる

    今日は階段に座っお昔の事を思い出しおいた
    あの子の顔も声も仕草たでしっかり芚えおいたし、忘れられおなかった
    倢に出おきた日は忘れるなず蚀われおいるみたいでたたあの日々を思い出す
    戻りたくない、戻っおしたうほど私は匱くないず蚀い聞かせながら錻を啜っおばかり

    この先の䞖界があるずしたらそこで䜕を埗おいるのかわからないけれど、少しでも倧切にしたいず思える私がいればいいなず思った
    私の知らない私がいればいいなず思った

     
     

    teto

     
     
    通信制高校3幎生 自宅療逊䞭

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