境界防衛戦記〜パーソナルゾーンは譲らない〜
プロローグ
現代社会において、個の尊厳を守ることは戦術が求められる。
心理学者エドワード・ホールは「公衆距離(360cm以上)」などと提唱したが、奴らはそんな学術的知見など知ったことではない。現実はもっと巧妙かつ過酷だ。特急列車という世界の縮図。戦火は静かに幕をあけた。
第1章:突然の侵略者
特急列車に揺られて30分。無機質なビル群を眺めていた私の平穏は、一人の男の登場によって打ち砕かれた。齢50半ば。ポロシャツにスラックス、黒縁眼鏡。一見して害のなさそうな普通のおじさん。
あえて…問題を挙げるなら、足だ。
着席と同時に「ドスン」。
肘掛けは完全に乗っ取られ、足元からもじわじわと領土を削られる。
これは不注意じゃない。無自覚の帝国主義。
むしろ、「帝国のスパイです」、「物理的な圧力による示威行為です」と宣言されたほうが、まだ頷ける。
だろうな、と。

第2章:静かなる応戦
本来であれば、私にとってのパーソナルゾーン(PZ)はもっと広い。半径50メートルは欲しい。しかし、社会人として理性的に妥協し、最小限の防衛ラインを敷いている。にもかかわらず、この侵害は許容の限界を超えていた。
私は足を左へと寄せた。
不快を表明する「外交戦略」だ。
しかし、奴はその表明を「降伏」と受け取ったらしい。
(信じられん…)
隙間を埋めるように、足が当たるか当たらないかの絶妙な距離まで前線を押し上げてくる。
この前線の緊張感が一番ムカつくのだ。
私は小さく呟いた。
「PZ展開……」
足を右へと寄せる。
物理的衝突を避けるため「2cm」で止めている。
当然、触れたくはない。
こちらは敵を捕捉し、スクランブル発進した、と気づかせるのが狙いである。
視線を刺す。
相手は気づかないふりをして窓の外を見ている。
この無自覚こそが、最強の武器だ。帝国はいつもこれである。もしかすると、領土侵犯など些事にすぎんと考えているのかもしれない。
(全面戦争か)
第3章:終戦、そして食事処へ
「次は人界食事処〜人界食事処〜」
無機質なアナウンスが響く。私は時間的リソースの消耗を確認すると、心の中で「PZは妥協しない」と唱え、立ち上がる。
勝ち負けなど、そんなことはどうでもいい。
パーソナルゾーンは知られているようで知られていない。
現代社会でも物理的な距離感も大切なのだ。
車内という極限環境での領土防衛戦。
私は足早に、次なる戦場、食事処へと向かった。
【編集後記】
パーソナルゾーンを守る戦いは、今日もどこかの車内で行われています。もしあなたの隣に「領土侵犯者」が現れたら、どうか心の中で「PZ全開!」と唱えてください。発声することはお勧めしません。
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