中森明菜を目指して、香港人になった話|今なら笑える、若気の至り
コートの裏地は、ボロボロだった。
70年代の古着にハマっていたあの頃。
「これだ」という一枚を探して
古着屋を何軒も巡っていた。
あの日羽織っていったのも、
まさにそんな一着だった。
擦り切れ、ほつれ、あちこち破れた裏地。
当時は本気でそれを「味」だと思っていた。
年季の入った古着とはこういうものよ、と。
髪型にも謎のこだわりがあった。
中森明菜の「DESIRE」の頃のおかっぱ。
憧れて、ストレートパーマをかけてもらった。
その格好で、合コンに行った。
しかもコートは堂々とクロークに預けた。
隠すでもなく、気まずそうにするでもなく、
当たり前みたいに。
裏地がボロボロでも、
髪型が場に合っていなくても、
それが問題だとは思っていなかった。
「わかる人が見ればわかる」
なんてぬるいものじゃなく、わかってもらえる人としか付き合いたくなかった。
結果がどうだったかは、まあ、あえて言わない。
でも、今なら痛いほどわかる。
あのボロボロの裏地と、DESIRE仕様のおかっぱで
合コンに乗り込む女なんて、
どう考えても正気ではなかった。
あの服とあの髪型で選ばれる女なんて、
いるわけがなかった。
当時の自分に足りなかったのは、
ファッションセンスじゃない。
「今この場に何が求められているか」
を読む力だった。
古着屋の中ならあのコートは正解だったし、
美容室の椅子の上では
あのおかっぱも正解だった。
けれど、合コンの席では、
ただ浮いている人でしかなかった。
それでも、あの頃の自分は、
誰にも媚びていなかった。
選ばれるためじゃなく、
自分がいいと思うものを着ていた。
今の自分にはもう、あんなふうに、
「これが好き」って言い切る勇気はない。
コートをクロークに預けたときの、
あの堂々とした私。
思い出すと、少しだけ羨ましくもある。
ちなみに、あのおかっぱが
唯一威力を発揮したのは、
合コンじゃなくて後日行った香港だった。
街を歩いていたら、
現地の人に何度も道を尋ねられた。
……そう、観光客ではなく
「現地人」だと思われていたのだ。
中森明菜を目指してたどり着いたのは、
香港人だった。
DESIREの明菜には
一度も似てると言われたことはない。
……今思えば、
ただの「こけし」だったのかもしれない。
