失敗したから気づけたこと
父は速記士でした。
速記というと、すごい速さで文字を書くイメージがあるかもしれません。
でも父はいつも言っていました。
コツは、まず一文字を五秒くらいかけてゆっくり書くこと。
それを辛抱強く繰り返すうちに早く書けるようになるのだと。
速く書こうとする人ほど、結局身につかないのだと。
子供の頃から「急がば回れ」を、
何度も聞かされて育ちました。
頭では分かっているつもりでした。
でも私は昔からせっかちで、
何をするにも急いでしまいます。
それが表れたのが、
家庭科の授業で作ったかぎ針編みのベストです。
自分なりに一生懸命編んでいたつもりでした。
でも早く先に進みたくて、目を数えるのがだんだん適当になっていたんだと思います。
出来上がりを見た母が、夜中にこっそりほどいて編み直してくれていました。
翌朝、形の整ったベストを見て、
恥ずかしかったけど、
その時は「自分は不器用だから仕方ない」
と思って、それ以上は考えませんでした。
その答え合わせができたのは、
大人になって刺し子を始めてからです。
刺し子は布に線が引いてあって、その通りに針を進めないと模様が出来上がりません。
ごまかしがきかない手仕事です。
最初は針目の大きさがバラバラで、
何度も糸をほどく羽目になりました。
それでも焦らず、
一針一針に集中することにしました。
何枚か仕上げていくうちに、ふと気づきました。いつの間にか、縫うスピードが上がっている。
急いだわけでも雑にしたわけでもありません。
ただ丁寧に線をなぞっていただけなのに、
自然と手が慣れて速くなっていたのです。
その時、あのベストが歪んだ理由が
やっと分かりました。
不器用だからじゃない。
急いで、目を数えずに手だけ動かしていたからです。
丁寧にやった先にしか、本当の速さはない。
父が言っていたのは、こういうことだったんだと思います。
失敗した直後は「才能がない」で片付けていました。
でも本当は、失敗の原因は急いだことそのものにありました。
何十年も経って、刺し子の一針一針が、
その答えを教えてくれました。
急がば回れ。
失敗したあの瞬間には分からなかったことが、
今ならはっきり分かります。
