
手本は、すぐそばに。〜母から教わった見極める目〜
私の手本は、すぐそばにいた。
母だった。
母は丸顔で、愛嬌のある顔をしていた。
私は卵型で、どちらかといえばシャープな顔立ちだ。
若い頃は、あまり似ていないと思っていた。
母は、大声で笑う人ではなかった。
何か面白いことがあると、ふっと目が細くなる。
その顔を見ると、母が笑っているのだと分かった。
母は、質素を心がける人だった。
家にはスナック菓子など置いていなかった。
おやつは、母と一緒に作るものだった。
来客用の日本茶も、いつもきちんと用意されていた。
母はよく言っていた。
「人には親切にしなさい。
でも、人に親切にしていただいて、それが当たり前だと思うようになったら、人としてお終いですよ」
そして、こう続けるのだった。
「見極める目を養いなさい」
あの頃は、その意味がよく分からなかった。
母は怒鳴る人ではなかった。
もし私が何か間違えると、まず理由を説明した。
「どうして今のが良くなかったのか、分かる?」
そう聞かれて、私は考える。
母は、怒っている理由をきちんと教える人だった。
言葉遣いにも気を配る人だった。
家では「お母様」と呼んでもいい。
でも、人に話すときには「母」と言いなさい、と教えられた。
言葉は、その場にふさわしいものを選びなさい。
それもまた、母の教えだった。
母が他界してすぐの頃のことだ。
親戚まわりのあれこれをしているとき、兄が私に聞いた。
「封筒、持ってるか?」
思わず心の中でつぶやいた。
――私は母か。
母がいなくなったあと、そんな場面が少しずつ増えていった。
鏡を見るたび、最近ふと思う。
顔立ちは似ていない。
けれど、表情だけは母に似てきた気がする。
目元が、少しだけ。
私は、貴女のようなレディになれましたか。
何も起きない?
いえ、全部そこで起きていました。
※この作品は「いまあなたに伝えたいこと」のお題に参加しています。