
出すべきところを、見極める
母の教えがある。
日頃は倹約しなさい。
でも、出すべきところでは惜しまず出しなさい。
それを見極める目を養いなさい。
その言葉を、私はずっと
「節約しろ、でも贅沢も許す」という意味だと思っていた。
けれど、大人になってから気づいた。
これは金額の話ではない。
お金の“行き先”の話だ。
安いか、高いか。
必要か、不要か。
それだけで決めてしまうと、どうしても見落とすものがある。
私が「出すべきだ」と思うのは、
あとから振り返っても
「やっぱり、これは必要だった」と言えるものだ。
たとえば――
滅多に行かない土地で出会った、一期一会のお土産。
大切な心友への誕生日や、クリスマスの贈り物。
ずっと探していて、ようやく見つけた本や資料。
どれも、生活必需品ではない。
でも、どれも自分の人生には必要なものだった。
知識。
経験。
人との縁。
心が動いた記憶。
それらは、使った瞬間に消えてしまうものではなく、
あとから何度も、自分を支えてくれる。
だから私は、
それを「浪費」ではなく、自己投資と呼んでいる。
……腰にくる重さの本であっても、だ。
何も起きない?
いえ、全部そこで起きていました。
たまには、
「これがなければ、心の潤いがなくなってしまう」
そんなものにも、お金を使うようにしている。
何もかもを削って、
無駄のない生活を続けた結果、
心が先に死んでしまっては意味がない。
ガチガチに締め上げた暮らしより、
少し余白のある生活のほうが、
長く、健やかに続けられる。
倹約も、浪費も、どちらも極端すぎないように。
今日も私は、
自分の「出すべきところ」を、
腰と相談しながら、見極めている。