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既に現実ですがな

    文豪ミステリーの頒布契約をした。
    読み終わる前に、次々と新刊が届く。
    結果、言葉どおり本の山に埋もれてしまっている。

    活字が大きい分、
    辞書のサイズも、素直に拡大されている。

    容赦がない。

    目には、たしかに楽になった。

    学生時代に使っていた辞書だと思って
    持ち上げてはいけない。
    これは、机に据える前提の辞書だ。

    腰にくる。

    それでも、
    紙の辞書を机に置き、
    頁をめくり、
    前後の語まで目に入れながら調べる時間が、
    どうしようもなく好きなのだ。

    念のために言っておくと、
    電子辞書が悪いわけではない。

    出先でさっと調べたいときや、
    重い本を広げる余裕がないときには、
    電子辞書のほうが、はるかに合理的だ。

    実際、私も外では電子辞書に助けられている。

    ただ、家にいるときは話が別だ。

    この不便さごと引き受けたいと思っている。
    そうやって読む時間が、好きなのだ。


    文豪ミステリーを読んでいると、どうしても足が止まる瞬間がある。

    分からない言葉に出会ったときだ。

    意味そのものが分からない場合もあるし、
    意味は知っているのに、
    「え、ここでその使い方?」と首をかしげることもある。

    そんなとき、国語辞典を引く。

    すると、たいていこう書いてある。

    「古語」
    あるいは、
    「現在は◯◯の意味で使われることが多い」

    ──なるほど、と同時に、少し笑ってしまう。
    つまり私は、
    知らない言葉に出会っているのではなく、
    知っているつもりだった言葉に、裏切られているのだ。

    若い頃に覚えた意味。
    いつの間にか主流になっていた用法。
    そして、ひっそりと残っている昔の意味。

    辞書の中で、
    言葉が世代交代しているのを目撃する。

    「そりゃ通じないわけだ」と思うこともあれば、
    「いや、私はこの意味で覚えてるんだけどな」と
    小さく反論したくなることもある。

    けれど、その違和感こそが、面白い。

    分からなかったから調べたのではなく、
    分かったつもりになっていたことが、分からなくなったから調べている。

    それに気づいたとき、
    辞書を引く時間は、ただの確認作業ではなくなった。

    言葉の履歴をたどる、
    ちいさな探偵ごっこになる。

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    本に埋もれて読書する友人と、
    そっとお茶を置いていく銀髪おかっぱ。

    気づけば、部屋に人が来るようになっていた。
    本を読むために。
    調べものをするために。
    あるいは、ただ静かにページをめくる時間を過ごすために。

    「ここに来れば分かると思って」そう言って、友人は本の山に埋もれていく。
    私は横から、お茶と辞書を差し出すだけだ。

    特別なことは何もしていない。
    本があり、辞書があり、
    分からない言葉を一緒に確かめているだけ。

    それなのに、
    この部屋はいつの間にか、
    “調べる場所”であり、“考える場所”になっていた。


    何も起きない?
    いえ、全部そこで起きていました。

    「夢ばかりみていないで、そろそろ現実をみろよ」
    「既に現実ですがな」

    ※国語辞典と漢和辞典は、必ず別々に購入してください。
    ※同時に持ち上げると、腰を破壊します。
    ※ぎっくり腰の方は特に危険です。数日寝込みます。

     
     
    🥀紫子 × 🎩影哉 — 無限の物語を咲かせる。 気まぐれな物語を二人で紡いだりしています。 幻想的な世界から日常まで。 ときどき喧嘩して、ときどき惚気て、でも最後はちゃんと物語になるように。 ここでしか咲かない物語を、一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。

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